第12話 出立
お世話になった村を出て、父上に屋敷と援助はもう必要ないと挨拶しようと彼の居城があるノイフリート領ノイフリートに来た。
のだが、リッチが暴れていて今に至るってわけだ。
修行を終えたってのに相も変わらず地面に膝をついているのは情けなくもあるけど……。
「サーヤ。もう大丈夫だ。自分で立てる」
再び俺に肩をかそうとしていたサーヤに向け軽く首を振り、一息に立ち上がった。
少しくらりときてしまったけど、腰についた埃を払う仕草で誤魔化す。
そんな俺の態度に気が付いているのかそうじゃないのか分からないけど、彼女はくすりとなりつつも横に並ぶ。
「サーヤ」
「け、決して強がる兄さまも可愛いなんて思ったりしておりません」
「そ、そうか。それはともかく、このままここにいては騒ぎに巻き込まれそうだ。行こう」
「は、はい」
じとっと彼女を見たのがいけなかったのか、思わぬ心の内を聞いてしまった。
彼女と並んでノイラート家の屋敷へ向かう。
◇◇◇
屋敷の門番は俺の顔を見るや血相を変えて奥にいる者へ状況を伝える。
すぐに門が開き、中に通され、そのまま父上の執務室へ。
しかし、ボロボロになっているとはいえ黒剣を持ったまま中に案内するとは少し不用心じゃあなかろうか。
いや、俺が伯爵の息子であるからか。
俺の姿を見た父は革張りの椅子に腰かけたまま、顎で座るよう示す。
ソファーの横に荷物を置き、長剣を倒さぬよう片手で支えつつ腰を下ろす。
続いて立ったままだったサーヤの手を引き、俺の右隣りに座ってもらう。恐縮したように小さく首を左右に振って抗議する彼女だったが、俺が引かないと分かると動いてくれた。
彼女は俺と対等な相棒なんだ。彼女だけ立たせて俺が座るなんてことはやりたくない。
もちろん彼女がかつてこの屋敷の侍女だったことは心得ている。でも、彼女はもう雇われてはいないし、問題ない。
「ヴィクトール。もう一年になるか」
「はい。父上。本日はお伝えすることがあり、放逐された身でありながら参じさせていただきました」
ペコリと頭を下げると、父は一瞬だけとても優しい目になってすぐに元の厳格さを取り戻す。
そして怪訝そうに俺が支える長剣を見るのだった。
「して、何用だ? 今は危急の時、用が済んだらすぐに街を退去しろ、ヴィクトール」
「……父上から賜った屋敷を出て、真の意味でただのヴィクトールになることをご報告に参りました」
リッチは既に討伐しているのだが、父はまだ知らぬのだろう。
なので、退去しろという言葉は流し、目的のことだけを父に告げる。
「……魔法のできぬお前がどのようにして身を立てるのだ? 商売の勉強でもしていたのか? だが、悪い事は言わん。お前のような純真な者が海山千万の商人どもとやっていけるとは思えぬ。呑まれるだけだ」
「いえ、私は冒険者として生きて行こうと思っております」
「な、何……まさかその『剣』でとは言わぬだろうな」
「いえ、剣で、この剣に誓い、私は父上に恥じぬ男になると誓います」
「杖には見えぬと思っていたが、本当に剣だったとは。ヴィクトール……」
複雑な表情を浮かべる父だったが、目には悲哀が籠っている。
俺の気が触れたとでも思っているのだろうか。
父はずっと俺のことを気にかけていてくれていた。だから、そのような目を見ても馬鹿にされたなんてことはもちろん思わない。
父は知らぬのだ。魔法剣士を。
だから、杖の一つも持たずに冒険者などと豪語する俺がただただ心配なだけなのだろう。
コンコン――。
「失礼いたします!」
「入れ」
そこへ弟のジェラールが現れる。
彼は俺がいたことに驚いた様子だったが、何も言わず父に向け報告を行った。
まずは任務からってことだな。真面目なジェラールらしい。
「街に突如出現した災害級モンスター『リッチ』は討伐されました」
「よくやった。大賢者様が来てくださったのだな」
「いえ、黒き剣を持った剣士がリッチを一刀両断したと報告が入っております」
「ま、まさか……」
「はい。その者の名は『ヴィクトール』。その剣、我が兄で間違いありません」
父と弟の目線が長剣に集中する。
そういや、お抱え魔法使いたちと顔を合わせていたんだったよな。
ようやく剣から目を離した父は、真っ直ぐに俺を見つめ厳かに口を開く。
「ヴィクトール。お前はその剣でリッチを斬ったのだな」
「はい。おっしゃる通りです。私はあの屋敷で過ごしながら、ずっと修行をしておりました」
「そうか。ならもう何も言わん。行ってこいヴィクトール。だが……」
そこで口ごもる父は、俺から目線を逸らし、右を向いたままぼそりと呟くように告げる。
「疲れたらいつでも戻ってこい。いや、そうでなくてもたまには顔を出せ。よいな」
「はい! ノイラート家に恥じる行いは致しません。サーヤと共に私は道を進みます」
「大人になったな。ヴィクトール。魔法は使えぬとも、お前は我が息子。我が息子なのだからな……放逐してすまなかった」
「いえ、放逐していただいたからこそ、今の私があります。ノイラート家は魔法の大家。必ずやジェラールが立派についでくれることでしょう」
サーヤと二人揃って立ち上がり、胸の前で右こぶしを左手で包み込む騎士風の礼を行う。
サーヤもまた令嬢風の礼を父に向けた。
「兄上……」
隣で会話を聞いていたジェラールが誰にも聞こえぬほど小さな声で呟く。
「ジェラール。二度目になって締まらないけど、頼んだぞ」
「はい。兄上。それと、キグナスが改めて謝罪したいと」
「キグナス……ああ、魔法使いの人か。必要無いさ。誰だって剣士が向かうとなると、ああなるのは分かる。彼は俺の命を心配してくれたわけだしな」
「ですが」
「いいんだって。彼はあの場で自らの命を懸けてリッチを押しとどめていたんだ。それは気高く賞賛に値する」
ポンとジェラールの肩を叩きはにかみと、彼も「分かりました。兄上にはかないません」と苦笑し矛を収めてくれたのだった。
「では、父上、ジェラール。私はこれにて失礼させていただきます」
「しばし待て。ヴィクトール」
父がパンパンと家の召使を呼び、何やら耳打ちする。
「金銭でしたら不要です」
「少しだけでも持っていってください。兄上。兄上は冒険者になられるのでしょう?」
「そ、そうだけど」
「冒険者ならば、討伐した魔物の報酬を受けるものです」
「だ、だが俺はまだ冒険者じゃ、ないし」
「金銭に清い兄上の姿勢は美しいものだと思います。ですが、それでは生きていけませんよ」
懐から金貨を二枚取り出したジェラールが俺にそれを握らせた。
仕方ない。ここは甘んじて受けとろう。
だけど、これで充分な報酬だ。
「父上、ジェラールから報酬をいただきました。これ以上は不要です」
「ふむ。冒険者たるもの適正な報酬を受け取ることも肝要だと思うのだがな。お前はまだ報酬額も分からぬ身、仕方あるまい」
苦笑する父はやれやれと言った風に召使を引き下がらせたのだった。
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