第8話 剣技 第一の理

 デュラハンはモンスターにしては珍しく、個体によるレベル差が激しい。

 だけど、奴の強さを推し量ることは容易いのだ。

 弱い(といってもデュラハンの中ではという但し書きがつくが)デュラハンは単独である。

 少しレベルアップすると黒犬を連れ始める。更に強くなるとヘッドレスホースにまたがるのだ。

 こいつはそれだけじゃなく、これだけ大量の黒犬を連れていた。

 さっきの一撃を見ても、中年冒険者の言う通り「歴戦」なのだろう。

 俺一人じゃあ厳しい相手であることは確か。

 だけど、俺は一人じゃない!

 

 ここで全力を使い切り、倒れたとしてもデュラハンを倒し切ればサーヤが俺を助けてくれる。

 だから、全てをここで出し切ってこいつを打ち倒す!

 

「ヴィクトールがひきつけてくれている間に、一気に行くぞ! ゲイル、カティノ!」

「おうさ! ヘクターのおっさん!」

「はい!」


 中年冒険者――ヘクターの気合の入った掛け声に若い二人も元気よく応じる。

 すぐに詠唱に入る三人。

 それに反応するデュラハンだったが、よそ見してていいのか?

 漲れ、我に力を。

 両手を更に強化し、フォレストアックスを思いっきり振りかぶる。

 魔法使いには魔法があるように、魔法戦士にも武技というスキルがあるのだ。

 

「斧技 第二のことわり トマホーク!」


 デュラハンの前に躍り出るなり、両腕を振りぬきフォレストアックスを投擲する。

 ぐるんぐるん回転しながら目にも止まらぬ速度で飛翔するフォレストアックスは長剣を握るデュラハンの左手首に刃を突き立てた。

 ゴトリ、カランカラン――。

 握りしめた長剣ごとデュラハンの手首から先が落ちる。

 一方でフォレストアックスはそのままデュラハンの後方まで飛んでいき地面に突き刺さった。


「サーヤ! 一瞬でいい。デュラハンの動きを止めてくれ!」

「はい! この魔力尽きるまで、ヴィクトール兄さまのお手伝いをいたします!」


 叫ぶようにサーヤに言葉を向けると、彼女も同じように精一杯の声量で返してくれる。

 

 ヒュン。

 風が唸る音がして、ヘッドレスホースの左前脚が俺に襲い掛かる。

 しかし、ゴロリと前転してやり過ごし、デュラハンの持っていた長剣を右手の指先に引っかけ手元に引き寄せた。

 続いて、ヘッドレスホースが肩で俺を突き飛ばそうとするも、横っ飛びで回避。

 その程度の速度じゃあ、体勢を崩していようが余裕だぜ? 倍以上速度域が違うのだから当然だ。

 ひょいっと腹筋の力だけで宙がえりした俺は無事、元の位置に戻りデュラハンの正面で対峙する。

 

 ヘッドレスホースの攻勢の間にデュラハンが口を咥えて見ているだけなんてことはもちろんない。

 奴のもう一方の手に抱えた首から上……赤さびの浮いた兜の目に当たる部分が赤黒い光を放ち始めている。

 

 あれを受けては「次がない」。もちろん、俺のだ。

 MPがもう……身体能力の爆発的向上を続けているだけでもMPがどんどん減っていく。

 もちろん、デュラハンは自分の手首だけじゃなく剣まで奪い取った俺に真っ直ぐ狙いを定めている。

 

 大きく距離を取って受け止めるのではなく、回避する?

 違う。

 逆だ。

 その場で長剣を上段に構え、深い集中状態に入る。

 サーヤなら必ず、デュラハンに先んじて動く。

 だから、俺はそれを信じて「構える」のだ。

 大きく息を吸い込み、残ったMPを全て自らの体に注ぎ込め!

 今までにない白いオーラが全身から吹き出し、再び全身に吸収されていく。

 

「兄さま! オーバードライブ・フォースマジック アイスウィップ!」


 先ほどデュラハンの閃光であっさり切り裂かれたストーンウォールと同じ第四階位の水魔法「アイスウィップ」。

 だけど、サーヤは持てる限りの魔力を注ぎ込める「オーバードライブ」を選択してきた。

 彼女にとってまさに全身全霊をかけた氷の鞭は、ヘッドレスホースごとデュラハンをがんじがらめにする。


『ぐうううおおおお!』

 

 デュラハンに蔦のように張り付いた水の鞭がピキピキと音を立てて剥がされていく。

 

「今……少しだけでも!」


 サーヤが更なる魔力を込めると、氷の鞭が再びデュラハンを包み込む。これがオーバードライブ!

 魔力在る限り、いくらでも発動した魔法を強化することができるのだ。

 

 まだ見えない。

 ヴィクトールの肉体では不可能なのか?

 いや、そんなことはないはずだ。

 振るう事数十万回を超えたところで「見える」ようになった。ダイダロスの経験があれば必ず「見える」!


「見えた!」


 デュラハンの肩からヘッドレスホースの蹄に至る一本の斜めに通った赤い線が。

 経験は修練は決して俺を裏切らない。

 

 行くぞ。とくと見よ。

 ダイダロスが極めし、剣を。

 この剣は第一の業であるが、研磨に研磨を重ねた結果、最強に至ったわざ

 

 高く跳躍し、叫ぶ!

 

「剣技 第一の理 流し斬り!」


 水が高いところから低いところに流れるがごとく、流麗に驚くほど自然な動作で長剣が赤い線に吸い込まれて行く。

 導かれるように赤い線をなぞった剣筋は、終点まで一気に奔り抜けた。

 

「完全に……入った」

『ガアアアアアアア!』


 デュラハンの絶叫が響き渡る。

 デュラハンとヘッドレスホースは赤い線を境に真っ二つに別れ、地面に崩れ落ちた。

 すぐに黒い煙をあげはじめ、二体は霧散していく。

 

 一か八かだったが、何とか倒し切ることができた。

 サーヤの頑張りが俺をここまで導いてくれたのだ。

 

「剣聖……」


 カッと目を見開いたまま固まっているヘクターが茫然と呟く。

 限界までMPを使い切った俺は息絶え絶えで全身から汗が流れ落ちながらも絞り出すように彼へ問いかける。

 

「黒犬は……どうなりました?」

「もうすでに仕留めましたよ。俺たちは、いや、あなたは勝ったのです! 難敵に!」

「いえ、『俺たちは』ですよ。ヘクターさん」


 にこやかにはにかむがすっと血の気が引きくらりとその場に倒れ込んでしまう。


「ヴィクトール兄さま!」


 ふわりといい香りが鼻孔をくすぐったかと思うと、サーヤが俺を両腕で支えて立たせてくれた。


「そのまましばらく休んでいてくれていいぜ。このまま警戒態勢で俺たち待機するから、な」

「はい!」

 

 目を見合わせ親指を立てるゲイルと両手をぐぐっと握りしめるカティノの二人。


「そいつは心強い。俺はもうしばらく動けそうにない」

「すごかった! すごかったよ! ヴィクトールの兄貴!」

「伝説に聞く『剣聖』とはヴィクトールさんのような方に違いないわ!」


 興奮した様子で二人が声を荒げるが、大きな声に頭がガンガンくる。

 だ、ダメだ。これ以上意識を保っていられない。

 サーヤの腕からするりと抜けた俺は、そのまま地面と熱い抱擁を交わしてしまうのだった。

 

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