第7話 魔法剣士の魔力の使い方を見せてやる!

 最低限の装備を持って屋敷を飛び出す。

 シャールからだいたいの場所を聞いていたので、真っ直ぐ目的地に向かうことにした。

 

「もう少し早く走らないのですか?」

「今の俺にはこれ以上の速度だと、息が切れてしまうから」

「理解いたしました。ヴィクトール兄さま! 私も兄さまを見習わないとです」


 並走するサーヤがふんわりとした笑みを浮かべる。

 こんな危機的状況であるのに、彼女の変わらない表情に俺も緊張が少しほぐれた。

 村はモンスターの襲撃を受けている。シャールから場所を聞いたものの、どこにモンスターが潜んでいるか分からないんだ。

 だから、いつでも万全の態勢を取れるよう全力疾走をしてはいけない。

 接敵して息があがっているなんてことになったら、ただでさえ弱い自分達が万全の状態じゃあないなんて目も当てられない状況に陥ってしまう。

 

 しっかし、村を襲撃してくるモンスターか。

 村に興味を持つモンスターは極一部だ。というのは、大半のモンスターは知性が動物並みでしかない。

 動物並みの知性を持つモンスターは野生動物と変わらない行動をする。

 飢えて食糧がない状態なら村を襲うこともあるけど、稀だ。

 村は大概自衛組織を持っていて、村以外で食糧を確保するより襲撃側にとっては手間になる。自らが傷つくこともあるだろう。

 例外は人間かそれに類する生物に対し、惹きつけられる一部のアンデッドのようなモンスターである。

 他には人間の収奪を目的とするモンスター……例えばゴブリンとかオークとかだな。

 だけど、ゴブリンやオークなんかじゃシルバープレートに太刀打ちできないだろうし、ゾンビなど低級アンデッドでも相手にならない。

 ならば、何だ……?

 

 考えれば焦燥感が募ってくるが、なぜかサーヤの横顔を見ると落ち着きを取り戻すことができた。

 よし、根拠はないが何だかいけそうな気がしてきたぞ。

 

 ◇◇◇

 

 なるほど、こう来たか……。

 少しだけホッとするものの、今の自分の力を顧み背筋がゾワリとした。

 

 村の広場から右手に折れた道で冒険者三人とモンスターの集団が戦いを繰り広げていた。

 俺たちと彼らの距離はおよそ30メートルといったところ。

 村人を逃がすためなのか、シルバープレートの中年の男が魔法の土壁で敵の動きを食い止めている。

 残りの二人はけん制かな。風の刃と炎の弾が土壁から前脚を出した首のない犬に打撃を与えていた。

 最悪のパターンではなかった。しかし、侮ることなんて決してできない。

 敵は集団だ。

 集団を率いるのは首の無い馬にまたがったこれまた首の無い騎士。右手に自分の頭を抱え、左手に長剣を握りしめている。

 錆の浮いた全身鎧に身を包み、身の丈は三メートルを超えるだろう。左手に持つ剣は人間ならば両手剣に分類されるものなのだが、易々とそいつを振りぬく筋力も備えている上にスピードまであって厄介極まりない。

 騎士に群がるように四体の首の無い黒犬が土壁をガリガリとしている。

 地面には十体近くの黒犬が転がっていることから、冒険者たちがこれまで頑張っていてくれていたことが見て取れた。

 

「おぞましいアンデッドですね……」

「あの騎士のようなやつはデュラハン。村人に『死の宣告』を行って愉悦に浸るアンデッドだ」

「アンデッドとはそれほどまでに……」

「アンデッドは程度の差こそあれ、生きている者に執着する。デュラハンは人間並みの知恵を持つが、その思考は人間には理解できないおぞましいものだ……」


 奴らには奴らなりの理屈があるのだが、まるで理解できない。生者と死者は根本から在り様が異なるからだろう。

 仲間の二人はともかく、中年の男は熟練の冒険者だ。

 ざっと戦況を見た感じでしかないが、相当戦い慣れしていると判断できる。

 

 ま、まずい!

 デュラハンが長剣を振りかぶった姿勢で静止した。


「サーヤ。彼らに加勢する。君はここからサポートに回ってくれ」

「私もご一緒します!」

「一緒だよ。俺には俺の、サーヤにはサーヤの間合いってものがあるじゃないか。サーヤは水の魔法使い。ここからでも届くだろ」


 ニコリとサーヤに笑いかけ、手に持つ斧をくいっと掲げてみせる。


「ご武運を」


 サーヤはサーヤで杖を構え、きゅっと口元を引き締めた。

 

 そうこうしているうちに、デュラハンの長剣に青白い光が現れ始める。

 その行く末が赤い線となってハッキリと俺の目で確認できた。

 奴の狙いは――。

 間にある遮蔽物は魔法の土壁か。

 

 魔力が勿体ないのでぶっつけ本番でやるしかなかった。だけど、幾度となく息を吸うようにやってきたことだろう? なあ、ダイダロス!

 一歩踏み出すと同時に深い集中状態に入り、体の中に魔力を巡らせる。

 深く深く、体の隅々まで密度を高め、ぐうう。MPが低いとこれだけでも結構辛いな。

 魔力の奔流が俺の体から溢れ出さんばかりに吹き出されて行く。過剰な魔力は体から白いオーラのようになって溢れ出す。

 溢れ出た魔力、体内に巡らせた魔力を全て――。

 自らの体へ魔力を変換する!

 身体能力の爆発的向上。 

 これが、魔法剣士の魔力の使い方だ。

 そして、両手に握りしめたフォレストアックスの刃も淡く輝きを放ち始め、すぐに光が霧散する。

 

 その時、デュラハンが長剣を振りぬく。

 長剣から青白い光が衝撃波となって一直線に奔る!

 あっさりと土壁を切り裂き、全く勢いが衰えぬまま青の閃光が直進していく。

 

「フォースマジック・ストーンウォール!」


 この機を窺っていた中年の男の土の魔法が発動し、新たな土壁が閃光を遮る。

 だが、ダメだ!

 閃光が、抜ける!

 

 閃光の行き先は赤いツンツン頭だ。

 彼は何が起こったのか理解できないでいるのか、茫然と光を見つめるばかり。


「しゃがめ!」


 力の限り叫び、跳躍した俺は大きくフォレストアックスを振りかぶり、ツンツン頭の目前に着地すると同時にフォレストアックスを振り下ろす。

 ガギイイイイン!

 鋭い金属音をたて、閃光とフォレストアックスの刃が衝突する。


「ふんぬう!」


 更なる魔力を注ぎ、斧を振りぬき閃光がはじけ飛ぶ。


「大丈夫だったか」

「お、おう。お、お貴族様! 今の魔法すげえ! ストーンウォールを抜いた閃光を!」

「斧だって役に立つだろ」

「斧? 魔法じゃあないのか」

「その話は後だ。今は奴を倒すことに」

「だな。ありがとう。お貴族様」

「それはやめてくれ。ヴィクトールって名前があるんだ」

「ありがとう、ヴィクトール」

 

 ツンツン頭ことゲイルの手を握り、彼を立たせる。

 そこで、前を向いたままの中年の男が俺に向け声をかけてきた。


「助かりました。もう耐えきれず、逃げようとしていたのですが奴が手強く」

「何とか危機を乗り越えましょう。全員で協力すればできないことはないはずです!」

「し、しかし、未だに信じられません。斧で『斬る』なんて。このような魔法、見たことも聞いたこともありません!」

「黒犬をお任せしてよいですか? それまで、デュラハンは俺が引き受けます!」

「あのデュラハン、歴戦です。シルバープレートでは手に余ります……」

「黒犬さえ倒すことができれば、最悪逃げることだってできます。それまで何とか耐えてみせますよ」


 とは言ったものの、MPが十全でない俺に長期戦は無謀だ。

 MPが尽きれば身体能力の爆発的向上も終了してしまうのだから。

 危険な賭けになるかもしれないけど、ここは一発やるしかない!

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