第6話 襲撃

「何か御用でしょうか?」

「ご挨拶をと思いまして」


 こちらから問いかけると、中年の男は意外にも丁寧な口調で返してきた。

 しかし、話辛いのか後ろ頭に手をやって、短いぼさぼさの髪の毛をボリボリとかいている。

 彼の態度から、向こうに敵意がないものと判断。もちろん、「今は」という注釈がつくことを忘れてはいない。

 ヴィクトールならば平和ボケしているので、何ら警戒心を抱かなかったかもしれない。だけど、ダイダロスはそうじゃあないからな。

 

「それはご丁寧に。見た所、旅の人ではないように見受けられますが」

「お察しの通り、俺たちは冒険者。『依頼』を受けてここに来ています」


 首元に手をやり、ぶら下がった細いチェーンに手をかけた中年の男は、ぐいっとチェーンを引っ張る。

 続いて彼は首を傾けて俺に見えるようにチェーンに引っ付いた銀色のプレートを披露した。

 銀色ってことはシルバープレートの冒険者。

 これは熟練冒険者といってもいいランクだ。確か、第四階位か第五階位くらいまで使いこなすのだったか。

 男はこちらを見定めるように目を細めていたが、すぐに元の表情に戻る。

 

「なるほど。それでわざわざご挨拶に。こんな宿もない辺鄙な村までありがとうございます」

「村長宅に挨拶をしたところ、ご貴族様が隠棲されていらっしゃるとお聞きして。面倒事になるかもしれないからと村長殿に、ね」

「それは、わざわざご足労頂き。シルバープレートがいらっしゃるほど、難敵が出たのですか?」

「依頼では村に生贄を求めるモンスターが出現したので討伐に迎えとありました。東の山が騒がしくなっていると村長から聞いてます」

「ありがとうございます。冒険者さんがいらしてくださったら安心ですね」

「尽力します。では」


 と言いつつ右手をあげる中年の男だったが、後ろで控える若い男の目線が気になって仕方ない。

 彼は俺が手に持つフォレストアックスをチラリと見ては、元の目線に戻すといったことを二度繰り返した。

 言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 やれやれと内心で肩を竦めつつ、彼に問いかける。


「何か?」

「天下のノイラート家のお貴族様が何で斧なんて持ってんだ?」


 若い男は鮮やかな赤色のツンツン頭を揺らし、心底不思議がっている様子。

 村長め。俺が元ノイラート家の者だってことを喋っちゃったな……全く余計なことを。

 

「こいつは仮の武器だよ。自衛のためにね。この辺りは野山から近いし、イノシシだって出ることがある」

「それなら魔法でばーんとやっちゃえばいいじゃないか。わざわざ斧なんて。それもそんなに重たそうな」

「こら、ゲイル! お貴族様にだって事情があるんだ。俺には分かる。この人の『目』は……」


 ぽかりとゲイルと呼ばれたツンツン頭の肩をはたいた中年の男はペコリと頭をさげ、そそくさと踵を返す。

 意味深なところで会話を切られてしまったが、聞き返すにも彼は後ろを向いちゃっている。

 仕方ない。また会う機会があれば、聞くこともあるだろう。

 せっかく斧が手に入ったってのに、とんだ邪魔が入ったものだ。

 モンスターのことも気になるけど、まだまだ未熟な身。今は修行あるのみ。

 

 ん?

 サーヤが秀麗な眉をひそめ、指先が震えている。


「どうした?」

「あの子、ヴィクトール兄さまのことを……!」

「いやいや。ゲイルだったか。彼に悪意はなかったよ。純粋な疑問だろ」

「それでも! ヴィクトール兄さまがどれだけ研磨を積まれているのか、あの子は!」

「いやいや、戦いの場では歩んだ道なんて関係ない。生きるか死ぬか。残酷な現実が待っている。どのような言葉を尽くそうが、努力を重ねようがそんなもの関係ないんだ」

「ですが……あ」


 拗ねたように尚も食い下がるサーヤの頭をぽんと手を置く。

 そのままポンポンと彼女の頭を撫でると、ようやく彼女も落ち着いてきたようだった。

 俺のことを自分のことかのように憤ってくれることは、とても嬉しく思っている。だけど、本人がどうとも思っていないんだから、そんな顔をせずに機嫌を直してくれよ。

 「な」とばかりに微笑むと、彼女もつられて苦笑し「行きましょう」と言ってくれたのだった。

 

 ◇◇◇

 

 その日の晩、サーヤの作ってくれた夕食をもしゃもしゃしていたら、ふと思い出したかのように彼女が口を開く。


「譲っていただいた斧を使われないのでしょうか?」

「すぐにでも使いたいところなんだけど、体力が無さ過ぎて斧を振る時間が取れないんだ。あと、一ヶ月くらい頑張れば少しは……」

「そうだったのですか。走り込みと丸太の訓練時間が短くなれば、なのでしょうか」

「うん。時間がかかりすぎだよ。もう一セット追加しなきゃ何だけど、さすがにそうも言ってられないので今の訓練に加えて斧の鍛錬時間を、で考えている」

「この二ヶ月で見違えるように体力がついたのではと思っています! ヴィクトール兄さまなら、一ヶ月と言わず半月もあれば斧を振るうようになるのではないでしょうか」

「ある程度まではすぐに到達できるんだけど、そこから先は緩やかな成長速度になっちゃうからなあ。MPみたいにね」

「MP! ヴィクトール兄さまの修練を教えていただけましたので、私もMPが倍ほどになりました」

「まだまだいけるさ。頑張ろう」

「はい!」


 えいえいおーとお互いに片手を上にあげ、気合を入れる。

 

 コンコンコン――。

 その時、屋敷の扉を叩く音が響く。

 

 扉の前に立っていたのは、茶色のくせっ毛が可愛らしい少年だった。

 彼のことは俺もよく知っている。暴れ牛の時に俺がかばった少年なのだから。

 彼は非常に取り乱した様子で、息を切らせ訴えかけるように俺の目をじっと見つめてくる。

 

「はあはあ……トール兄ちゃん。逃げて!」

「どうしたんだ? 突然」

「冒険者の兄ちゃんたちが頑張ってくれているけど、抑えるのが精一杯みたいなんだ」

「それって、まさかモンスターが村に……?」

「そうなんだ! みんな、見たこともないモンスターだって言ってる! 冒険者の兄ちゃんたちが頑張ってくれている間に逃げるんだ!」


 焦る少年とは裏腹に俺には別の感情が生まれていた。

 依頼を受けたのだから仕事なのだろうけど、それでも自らの命の危険を顧みずに村人を先に逃がそうとする冒険者たちに対し、畏敬の念を抱く。

 まるで物語の騎士のようだ。ヴィクトールだったのなら、自らの犠牲を厭わぬその行為にいたく感激し涙を流したことだろう。


「分かった。シャール。君はすぐに逃げろ。一人で行けるか?」

「うん。父ちゃんと魔法使いの爺ちゃんが待っててくれてるんだ。だから、トール兄ちゃんも一緒に」

「いざとなったらそうする。俺だって命が惜しい。だけど」


 敵も見ずに逃げるなんて選択肢なんかない。

 あの冒険者たちはモンスターを押しとどめるだけ押しとどめた後に、逃げる算段があるのかも。

 だけど、いくら修行中の身であるからといって俺は「ダイダロス」でもある。

 ダイダロスは敵も見ずして逃げるなんて選択肢はないのだ。シルバープレートの冒険者もいることだしな。

 逃げ出した後、村人はどうなる? 

 撃退できるものなら、モンスターは撃退しなきゃ後々の生活が真っ暗になってしまう。

 

「サーヤ。君はシャールと一緒に」

「嫌です! 私はヴィクトール兄さまと共に。これでもそれなりに戦えるのですよ」


 そう言うと思ったよ。

 彼女の想いは「俺の行く末を見届けたい」こと。だから、ここで離れ離れになることには断じて否を唱えるだろうってね。 


※7/28夜に一話目を追加いたしました。これまでの一話目は二話目となっております。読まずともお話し自体は理解できますのでご安心を。

ということがありましたので、第六話の公開日が7/30となってます。

引き続きよろしくお願いします!

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