第29話 閑話 兄さま、兄さま!
――サーヤ。
男爵家の次女として生まれた私は何不自由なく幼少期を過ごしました。この時の私は無邪気に何も知らず幸せな時を過ごしていたのだ、と思います。
六歳になり幼年学校で学習を始めると幸せの時は終わりを告げます。
当時たった六歳の私は先生が戯れに見せてくれた「ファーストマジック ライト」を子供らしく真似しました。
ですが、ただ真似しただけの魔法もどきが発動してしまったのです。
驚く先生と学友たち。
その後も大して学習をしなくても、次々に魔法を習得することができました。
才女だ、数年に一度の才能だ、卒業後は宮廷魔法使いだ、などと先生方は期待し、学友も私のことを憧れの目で見ていたのです。
ですが、私はずっとそのことに違和感を覚え、いつしかそれが重荷になっていました。
出来過ぎるとか自分が天才だなんて思ってなんかいません。
初めて見る、学ぶ魔法であっても、いざ使ってみようとすると何故か勝手に体が動くのです。そうしろそうしろと訴えかけてくるんです!
事実、体の赴くままに魔法を使えば必ず発動しました。
奇妙な既視感。
これが魔法を使う時に感じたことです。
何故なのだろう。この感覚は一体どこから来るのだろう。
私は不安で不安で仕方がありませんでした。まるで私の中に別の何かがいるようで……。
その結果、盛り上がる周囲とは逆に、魔法そのものを忌避するまでなっていました。
その後成長した私は特待生としてノイラートにある魔法学校に進学します。
親の意向で寮に入るのではなく、親交のあったノイラート伯爵家で居候させてもらうことなりました。
ここで私は両親にお願いします。
客人としてではなく、どうか侍女として務めさせて欲しい。
学校の学習もあるだろうと心配する両親へ何度も学校で必ず上位の成績を収めるからと説得し、どうにか侍女となることができました。
これまで両親に一回も意見してこなかった私が侍女になると言ってきかないことに両親は困惑した様子でしたが、最後は笑顔で送り出してくれたのです。
私には何もなかった。
私以外の人たちは、みんな勉強し努力し、日々学生らしく魔法の習得という目的に向かって進んでいます。
両親にしても街の人たちにしても同じこと。
私だけが、何もしてこなかった。
自然と動く体をなぞるだけの毎日。本を読み始め、座学が始まり、「これで私も勉学に励むことができるんだ」と思った時期もありました。
ですが座学も同じことだったのです。
「覚えていることを思い出す」かのようで、理解できないこと初めて学ぶ興奮を味わうことは一切なかったのでした。
侍女としてノイラート家に務める私に転機が訪れます。
それが、ノイラート家長男ヴィクトール様だったのです! 兄さまと最初にお会いした時、彼はまだ17歳で学校を卒業したばかりでした。
涼やかな目をした優しそうな人というのが彼の第一印象です。
次男のジェラール様は彼に比べ鋭い目とシャープな顎をしたカッコいい方で、女の子からとても人気があるそう。
兄弟揃ってカッコいいって凄いですよね! で、でも、私は見た目でヴィクトール様に興味を持ったわけではありません。
コホン、話を当時の事に戻します。
ヴィクトール様はおよそ貴族らしくなく、市井の人にも子供にも老人にも分け隔てなく接しておられました。
お優しいよくできた方だなと感心したものです。不遜ではありますが、私もこうでありたいと思ったりしていました。
ですが、腫物に触れるような彼のお父様やジェラール様の態度に違和感を覚え、彼のことを勝手ながら調べることにしたのです。
分かったことは、魔法の大家ノイラート家にあってヴィクトール様は異質の存在だったということでした。
それも最悪な方向に。
彼は第一階位の魔法でさえ、発動させることが精一杯なほど致命的に才能がなかったのです。
学友にははやし立てられたと言います。お抱えの魔法使いさんたちからは影でいろいろ言われていた様子。
私だってメイドやノイラート家に雇われた人たちから何度もヴィクトール様がいかにダメなのかを聞かされました。
自暴自棄になってもおかしくない状況におかれても尚、彼は誰を恨むことなく、誰にでも優しく誠実に接していたのです!
なんて心の強い方なのだろう。どうして昏い心を持たずにいられるのだろう。
私はヴィクトール様の在り方に興味を惹かれたのです。
でも、この時私はまだ彼の素晴らしさを理解しきれていませんでした。
なんと彼はできる限り多くの時間を作り、その全てを魔法の修行にあてていたのです。
「ヴィクトール兄さま。学校を卒業されてからも魔法の修練をしているのですか?」
「うん。だけど、なかなかうまくいかないんだよな。はは」
朗らかに後ろ頭をかき笑うヴィクトール様の顔はいつもと変わりません。
こっそりと彼の修練の様子を見たことがありますが、本当に真剣そのもので手を抜いているようには見えなかったのです。
毎日、毎日、毎日、彼は修練を繰り返していました。
それでも、彼の魔法が上達することは終ぞなかったのです。
最初は興味でした。ですが、彼の真剣な横顔を見ていると、いつしか私は彼に惹かれていったのです。
彼の強さに、柔らかな心に、折れない強靭さ、気高い心に……。
何もない私と逆だ。
そう思いました。そんな私のことに対しても兄さまは真剣に将来のことを考えてくださり、卒業後の進路まで斡旋しようとしてくださったりしました。
でも、私はもう決めていたのです。
兄さまがノイラート家から出ることが決まったので。
私もついていく。兄さまは心の中で嫌がるかもしれない。でも、兄さまはお優しいから無理に私を遠ざけようとしないだろうことが分かっていて。
ずるい私です。
それでも、私は兄さまを見ていたかった。この方の行く末を見たかったんです。
空虚な私にはないものを持っている彼のことを。大好きな彼のことを見ていたかったんです。
◇◇◇
時は流れ、兄さまは剣士としての記憶を思い出し、私も彼と一緒にモンスターを討伐することになりました。
剣という別の道を見出し才能を開花させた兄さまでしたが、以前のようにお優しいままでやっぱり兄さまは兄さまだと感動したものです。
そうそう、お恥ずかしいことに意地を張ってお酒を飲んだことなんかもありました。
あの時は兄さまが私を抱えてくださったのに、何も覚えていないんです! 兄さまの手が私のどこに触れたのでしょう。
いけないところに触れていたり?
……ベッドから目覚めた時、少しだけドキドキしましたが、やはり兄さまは兄さまでした。
でも、布団をかぶる自分の姿を見られると兄さまのベッドをお掃除する際に……いえ、何でもありません。一度だけです。一度だけなんですから。
兄さまの匂いが残っているのかなという疑問に対する回答が知りたかっただけなんです!
そして、かつてない強敵と戦うことになった兄さまと私。
ドロドロした腐臭漂う巨人パロキシスマスは、兄さまの必殺の剣を受けても元の姿に戻ってしまいました!
私も必死でピュリフィケーションを唱え、毒水を浄化します。
ですが、天井から岩が落ちてきて、兄さまに護られ、また護られ。
それでも情けない私は兄さまに護られているのに彼越しの衝撃で頭を強くぶつけ――。
「サーヤ!」
「……」
ああ、兄さま。兄さまが私を呼んでいます。はやく、体を動かさないと。
でも、私はふわふわとした青空の中に浮かんでいて兄さまがどこにいるかも見えません。
行かないと。行かないとダメなんです!
兄さまが怪我をされている。私を護って。
このままでは私を護り続けた兄さまが倒れてしまう!
必至でもがきますが、空から動くことができません。
「兄さま! 兄さま!」
悲痛な叫びに応じてくれたのか、小さな小さな扉が出現しプカプカと浮いていました。
自分の手の平くらいしかない扉をくぐることなんて、と思いましたが、何もしないよりはマシだと言い聞かせ扉を開けます。
そこで私は全てを理解しました。
長い長い記憶の奔流に脳をやかれそうになり、私の意識はそこで途絶えてしまったのです。
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