第28話 七星剣

「おぞましさを通り越すと、何も感じ無くなるのですね……」

 

 サーヤが漏らした言葉は俺も同意するところだ。

 不快さ不気味さも許容範囲なら、怖気を覚えるし背筋がざわつく。

 だが、対峙するこの巨人に対しては不思議と不快にはならない。


「あいつはパロキシスマスで間違いない」

『オデの名を知っているのカ。そこの剣士いィ! オデを斬った、にくにくしいいいいいい』


 ぶよぶよした巨人ことパロキシスマスの周囲に緑色の霧が浮かび上がる。


「サーヤ! 頼む!」


 長剣を掲げ、両腕に力を込めつつ叫んだ。

 今の俺はダイダロス時ほどの肉体を持たない。あの頃のような冴えわたる技も動きもできない。

 それでも、あの頃より今の方が戦えると信じている。

 サーヤがいるのだから。

 

 どす黒いヘドロのような色をした霧が大広間全体を包み込んで行く。

 それでも俺は揺らぐことなく集中力を高める。

 

「オーバードライブ・ファーストマジック ピュリフィケーション」

 

 襲い来る霧はサーヤの魔法が浄化し、ただの水と化す。

 この隙に決める!

 逆手に構え掲げた長剣を、全力を持って振り下ろし地面を削りながら前へ押し出しつつ斬り上げた。


「剣技 第九の理 地ずり斬月!」


 地面から三メートルにも達する砂塵が舞い上がり、斬撃が霧を吹き飛ばしながらパロキシスマスへ直撃する!

 斬撃は別れ巨人の首を腕を脚をバラバラに切り裂く。

 

『いたくナーい。やはリ、あのケンは何かの間違いだっタ、オデはムデキなんだアアアアアア!」


 バラバラになった体躯から毒々しい緑の液体が噴水のように湧きだし再び一つに繋がる。

 それだけではない!

 右腕から噴出した緑の液体がブレスのような帯となって横に薙がれた。

 

 ぐ、ぐうう。

 動け! 何度もやったことだろう。

 このままでは俺だけじゃあなく、サーヤまで。


「ぐううあああ! 第二の理 ディフレクト!」


 サーヤの前に仁王立ちになる形で剣を横に振るう。

 緑の液体……腐食ブレスは剣で受け止め、弾き飛ばした。

 だが――。

 デュラハンの剣が煙をあげドロリと溶け根元から崩れ落ちてしまったのだった。

 

 続いて第二撃が俺たちを襲う。

 先ほどのブレスほどではなかったが、腐食の雨が頭上から降り注いできた。

 

「オーバードライブ・ファーストマジック ピュリフィケーション」


 これに対してサーヤの魔法が間に合い、凌ぐ。


「サーヤ」

「逃げません。兄さまが一緒でないのなら、サーヤはここで戦います」

「しかし」

「オーバードライブ・ファーストマジック ピュリフィケーション」


 会話をしている間にも腐食の液体が飛んでくる。

 ホッと胸を撫でおろした時、何かが動くかすかな音が耳に届く。

 ガラリ――。


「まずい!」

「きゃ」


 咄嗟にサーヤに覆いかぶさるようにして、数メートル先に彼女の体ごと転がる。

 その直後、腐食に耐え切れなくなった広場の天井にあった巨大な岩のつららが地面を叩く。


「兄さま、脚と腕が」

「これくらい大したことじゃなないさ。サーヤ、怪我はないか?」

「私は平気です。少し頭を打ったくらいで」

「それは平気じゃないだろ!」

「兄さまこそ、服が溶けて肌も火傷をしています」

「命に別状はないさ」


 といってもこのままじゃあジリ貧だ。

 素手であっても技を使う事ができる。直接拳を叩きつけなければならないが、地ずり斬月くらいの威力がある技ならば放つことは可能だ。

 しかし、それであいつを倒すことができるのか?

 体の一部を貫くと、腐食ブレスがくるかもしれない。

 あれはピュリフィケーションではふせぐことができないだろう。

 しかも最悪なことに、技の連発で俺の魔力に余裕がないときたものだ。

 後一発なら何とか放つことはできるけど……何を使うのか慎重に選ばねばならない。

 

 ガラリ――。

 またかよ!

 連続して二回、岩のつららが降ってきた。

 転がってそいつを躱すが、地面に付着した腐食液のためにどんどん体に傷がついていく。

 それでもサーヤだけは傷つかないようにすることはできた。

 だけど、三度目のつららで彼女を護ったものの、岩の勢いが強く俺を挟んで広場の壁に彼女が打ち付けられてしまった!


「サーヤ!」

「……」


 岩程度では俺の体はビクともしない……と思っていたが腐食液があるとそうでもなかった。

 背中に焼けるような痛みを感じるが、そんなことまるで気にならない。

 サーヤの無事をただただ願う。衝撃で気を失っているだけのはずなんだけど……早く目を覚ましてくれ!

 そこへ襲い来る腐食の雨。

 彼女に覆いかぶさり、自分が焼かれることでそれを凌ぐ。


「剣さえあれば……」

 

 奴を仕留めるにはやはりあの技でないと……赤い線を斬ればきっと。

 

「剣ならここにあります。お使いください」

「サーヤ! 目が覚めたのか!」

 

 サーヤの目は確かに開いているが、虚ろでどこも見ていないようだった。

 無表情のまま口だけが動き、ミネルヴァのように杖も構えぬまま呪文を紡ぐ。


「星よ。今一度、その理を紐解き形となりて顕現せよ。ウェイクアップ スターバースト」


 太陽と見紛うばかりの眩い光に思わず目をつぶってしまう。

 その時、手にズシリと何かが乗る感触がした。

 

「こ、これは」

「星の光を束ねた刀――そうですね、七星剣とでも名付けましょうか。一振りで消えますのでご注意ください」


 俺の手にのっていたのは美しい薄紫の光でできた剣……いや、この刀身は刀か。

 実体はなく、光のみでできた刀ではあったがズシリと重く確かにその存在を感じとることができる。

 

 そこへ再び襲い掛かる腐食の雨。

 

「ファーストマジック ピュリフィケーション」


 またしても杖を握らぬまま、サーヤの魔法が発動し雨を水へと変える。

 一方で俺は腐食の雨には目もくれず、静かに光の剣――七星剣を下段に構えていた。

 見えたぞ! パロキシスマスに奔る赤い線が!


「剣技 第一の理 流し斬り!」


 水が高いところから低いところに流れるがごとく、流麗に驚くほど自然な動作で七星剣の紫の光が赤い線に吸い込まれて行く。

 導かれるように赤い線をなぞった剣筋は、終点まで一気に奔り抜けた。


「完全に……入った」

『いダイいいいいいいい! ケン、やはりケンがああうあアアアア!』


 斜めに奔った線を中心に真っ二つになり崩れ落ちるパロキシスマス。

 今度は緑の腐食液が噴出することもなく、ずぶずぶと腐臭を放ちながら体が溶けていったのだった。


「見事です」

「サーヤ!」


 勝利の余韻に浸る気持ちも吹き飛ぶ。

 サーヤが再び気を失ってしまったのだから。

 彼女の名を呼び、肩を揺するが目覚めることはなかった。胸が上下していて呼吸もあることからただ気を失っているだけで間違いないだろうけど……。

 それでも、目覚めないかもしれないという懸念に不安を覚え、押しつぶされそうになってしまう。

 

「放心している場合じゃないだろ! 早く動かねば」 

 

 腐食によって天井から何度も岩のつららが落ちてきていたんだぞ。

 いつここが崩れ去るとも限らない。

 彼女を抱え、腐魔城最深部から急ぎ立ち去ることにした。

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