第27話 腐魔城
「はあはあ……」
地ずり斬月は……今の肉体だとまだまだキツイ。
剣技の中で最も魔力を使うこの攻撃は直接斬る攻撃ではなく、斬撃を飛ばすものである。
斬撃としては最高威力なのだけど、俺は好きじゃあない。
何故なら、地ずり斬月、弧月は自分の腕を活かす余地がないからだ。
魔力の消費量に応じて決まった威力を発揮する。紛れがなくて計算しやすいのかもしれないけど、全くもって面白くないだろ。
習得すればそれで終わりって技なのだから。
魔力の大量消費にくらくらしているけど、まだ気を抜くには早い。
「サーヤ!」
過呼吸で倒れそうになる。
長剣を杖代わりにして何とか体勢を保つのが精一杯だ。
頷く彼女の顔を見て、にこやかにほほ笑みかけた。
そんなやり取りが交わされている時、空から一匹の飛竜がけたたましい咆哮をあげながら姿を現す。
こいつも先ほどのトキシックドラゴンと同じような体色をしており、全身から白い煙があがっている。
ワニのような顔に細身の鱗で覆われた胴体から長い尻尾が伸びていた。
頭の先から尻尾の付け根までの大きさはおよそ六メートルといったところか。長い翼をばっさばっさと動かし、その場でホバリングしている。
殺気で分かる。
こいつの狙いは俺だ。
完全に息があがっている俺は動かぬまま肩で息をすることが精一杯だった。
だけど、不安など微塵もない。
俺にはサーヤがいる。だから、このまま彼女に任せればいいだけだ。
『ガアアアアア』
飛竜の口からトキシックドラゴンよりは小さくはあるが同じような色をした液体が吐き出される。
「オーバードライブ・ファーストマジック ピュリフィケーション」
凛とした澄んだ声が響き、サーヤの杖から指向性のある力が真っ直ぐ飛竜の吐きだした液体へと直撃した。
その瞬間、見る見るうちに液体の色が透明と化し――。
バシャーン。
俺に振りかかった。
「ご、ごめんなさい。兄さま!」
「問題ない。汗をかいたし、ちょうど水浴びをしたいなんて思っていたところだよ」
髪の毛から水をドバドバしたたらせながら、カッコよく決めようとしたのが失敗だった。
まるで締まらない……。
飛竜が間髪入れず液体を吐きだしてくるが、サーヤの魔法で無効化される。
同じ攻防を数度繰り返すと、ついに飛竜が息切れしホバリングしたままこちらを睨みつけるだけになったのだった。
「今だ、サーヤ」
「はい! オーバードライブ・セブンスマジック リヴァイバ!」
なるほど、考えたな。サーヤ。
柔らかな水のせせらぎが飛竜の頭を包み込んで行く。
シュワシュワと飛竜の頭から水泡が浮かび上がりみるみるうちに骨と化していく。
悲鳴をあげることもなく、頭が骨だけになった飛竜が地面へと落下した。
水の持つ癒しの根源を引き出し、対象を「癒す」魔法こそリヴァイバだ。(サーヤから聞いた)
兄さまに万が一のことがあったら、癒しますと彼女が嬉しそうに語っていた。
それがここに来て生きたってわけだ。
「兄さま!」
杖を放り出し、俺の元へ駆けつけてきたサーヤが横から俺を支えてくれた。
「ダメだろ。サーヤ。杖を離したら、またモンスターがくるかもしれないんだぞ」
「ご、ごめんなさい。つい。兄さまが」
「もう大丈夫だ。息も整ってきた」
やんわりと彼女から体を離し、ひょいっと長剣を背中の鞘に納める。
パンパンパン――。
ミネルヴァが手を叩き、感心したように何度も頷き体を揺らす。
「見事だった。地ずり斬月を見たのは三百年ぶりだろうか。あの汚らしい髭と髪を思い出したぞ」
「失礼な……」
「それと、サーヤ。まさか第七階位まで既に使いこなすとは小娘なとど言って済まなかった。改めて非礼を詫びさせて欲しい」
「ミネルヴァ様! 褒めて頂きとても光栄です」
ぱああと顔を輝かせるサーヤとふふんと鼻を鳴らすミネルヴァを交互に見やり真実を告げるか迷う。
だってサーヤは第八階位まで使いこなすんだもの。
彼女の魔法の才能は百年、いや二百年に一人の逸材じゃあないだろうか。
これまでは魔法だからそんなものかと思っていたけど、魔力が足りてさえいればすぐに使えるようになるものじゃあないのでは?
理由はどうであれ、短期間で第四階位から第八階位までレベルを上げるなんて通常じゃあ考えられない。
「二人の実力は見させてもらった。私は裏方に回ろう。パロキシスマスの討伐は任せたぞ」
「ミネルヴァ、他の冒険者が到着するまでは無理せず立ちまわってくれよ」
「何を言うか。天敵という言葉をお前も知っておろう?」
「そらまあな」
「腐魔にとって私は天敵なのだよ。まあ、見るがよい」
そう言って顎を上にあげたミネルヴァは、目を閉じ両手を胸の前で組む。
彼女の中にある魔力の奔流が高まっていく。物凄い魔力量に尻餅をついてしまいそうなほどに。
「オーバードライブ・ナインスマジック
ミネルヴァの体全体から新緑の光が溢れ出したかと思うと、暖かな木漏れ日の下にいるかような心地よさが全身に染み込んでくる。
毒々しい緑の蔦を瑞々しい新緑の蔦が覆い、勢力を拡大していく。
毒の緑は新緑にどんどん駆逐されていき、腐臭漂う魔境と化していた街全体を包み込んでいった。
「す、すげえ。小鳥のさえずりまで聞こえてきそうだ」
「これほど穏やかな気持ちになったのは、兄さまと屋敷の庭の木の下にいた時以来です」
二人揃ってのんびりと感想を述べていたら、呆れたようにミネルヴァが口を挟む。
「維持をするためには盛大に魔力を消費する。故に私はここから動けない。頼んだぞ。剣聖、大魔導士候補よ」
「任せてくれ。パロキシスマスを必ずや討伐してみせる」
サーヤと頷き合い、腐魔城の入り口を探し始める俺たちであった。
◇◇◇
腐魔城の入り口はレイティン侯爵の居城の地下で発見する。
元は食糧庫だったのだろうか、今はミネルヴァの緑の聖域によって浄化されて何もないけど、いるけどつい先ほどまでここは腐臭漂う部屋になっていたのだろうな。
地下にまでミネルヴァの聖域が手を伸ばしているのかは分からない。
サーヤに頼み、ウォータースクリーンをかけてもらってからいよいよ腐魔城へ突入する。
幸いなことに、腐魔城の中にまで聖域の力が及んでいてあっさりと最深部まで辿り着くことができた。
最深部はぽっかりと開いた大きな空間になっていて、そこにぶよぶよした人型の巨人がふしゅーふしゅーと不気味な音を立てながら玉座らしき場所にでーんと座り込んでいる。
トキシックドラゴンと同じ肌色をした巨人は全身が肥え太っており、今にも破裂しそうな風船のようだった。
俺たちが踏み込んだことに気が付いているはずだが、立ち上がろうとさえしない。
『剣、ケンではないカ! オデを切り裂いたケン! ニクい憎いニクいいいいいいいい!』
見た目とは裏腹に高音の金切り声をあげる巨人が玉座から立ち上がり、両手で頭をかきむしる。
皮膚を突き破った指の隙間からドロドロした濃い緑色の体液が流れ落ちた。
奴の頬を伝って地面に落ちた体液がしゅうしゅうと白い煙をあげる。
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