第26話 第九の理 地ずり斬月
「ありがとう。ミネルヴァ。こいつは……急がないとな」
「私も助力しよう。広範囲に渡ることは魔法使いの方が得意なのだからな」
「助かる」
ミネルヴァの転移魔法で出た先は、レイティンの街外れだった。
彼女は街中に突然転移魔法で現れることをせず、ちゃんと街の人に配慮しているのだなと感心する。
一見して、世の中を超越したふうに思えたのだけど、人との関わり合いをどうすべきか考えているんだな。
ほんわかした気持ちになったが、街の様子を見た瞬間、そんな気持ちは全て吹き飛んでしまった。
レイティンの規模は街を取り囲む城壁から推測するにノイラートと同じくらいだろう。
ノイラートに比べ、街の施設が整っている。二メートルを超える石造りの城壁、城壁の周囲には水こそ入ってはいないが堀まであり堅牢さが窺えた。
レイティンに来るのは初めてだけど、モンスターや野盗の襲撃から身を護る必要性があったのか、犯罪者に対する威嚇なのかは不明。
備えあれば患いなしというが、備えがあった方が断然よい。
これがパロキシスマス以外のモンスターであったなら……と悔やまれる。
城壁の中は街になっているのだろうけど、外からでもハッキリ見えるのが城だ。
小高い丘の上に城が立っていて、街の外まで見渡すことができるようになっている。
なるほど、城は監視塔も兼ねているってことか。よく考えられている。
レイティン侯爵はいざという時に備え、こういった設備を整えていた。彼の心の内は分からないけど、領民をちゃんと護ろうとする気持ちがあったことは間違いない。
だが……。
今はもう見る影がないのだ。
城を含む街の三分の二までが毒々しい黒に近い緑色の蔦で覆われている。
蔦からはしゅうしゅうと白い煙がそこかしこであがっていて、腐敗が進んでいる様子が見て取れた。
中にいる人は……。
悲劇が起こっていることは確実。だけど――。
大きく首を振り、ふううと大きく息を吸い込む。
「サーヤ。水の魔法を。ミネルヴァは必要ないのかな?」
「はい。フォースマジック ウォータースクリーン」
ミネルヴァの答えを聞く前にサーヤが魔法を発動した。
薄い水の膜が俺たちを囲み、すうっと体の中に消えていく。
彼女も痛いほどギュッと杖を握りしめ、何かに耐えているようだった。
このような惨劇、彼女は体験したことがない。
サーヤ、このままここで待っていてくれてもいいんだぞ、という言葉が喉元まで出かかったがそれをグッと飲み込む。
そうじゃないだろ。
「水魔法の使い手のサーヤがいると心強いよ。腐魔城を探そう。俺の予想に過ぎないけど、きっと街の中に入り口があるはずだ」
「地下に腐魔城を形成するのでしたね。サーヤはどこまでも兄さまと共に」
彼女の手を握り、頷き合う。
「全く、私もいるというのに目の前で発情するとは。まあよい。お前がダイダロスというのなら、この困難、易々と乗り切ってみせよ」
「言われなくても、やってやるさ」
駆け出すと共に、体内に巡らせた魔力を加速、加速、更に加速していく。
爆発的に高まった魔力は体の周囲に白いオーラとなって湧きだし、再び自分の体に吸収されていった。
◇◇◇
腐食能力のある黒緑の蔦を避けつつ、街中に入る。
居ても立っても居られなかった俺は、速度差を考えずに全速力でここまで来てしまった。
サーヤたちが追いつくまで待たなきゃな。
それにしても、浸食速度が速い。
無事な辺りを選んで街に突入したつもりだったが、もうウネウネと蔦が浸食してきている。
活気ある商店街だったのだろう大通りは閑散としており、逃げ惑う人の姿も……あった!
果物がならぶ露天の裏にある家の壁に頭をつけ自分の体を抱くようにして座り込んでいる小さな背中が。
体格から推測するに10歳前後の子供だろう。
ガタガタと震えているようで、身動きできないでいるみたいだった。
無理もない。突然の出来事だっただろうものな。
早く逃げないと蔦がくるぞ!
急ぎ、子供の元にかけつけ声をかける。
「ここにいたら危ない。早く逃げないと」
ガバッと体を起こした子供は10歳に満たない少年だった。
彼はガタガタと震え、涙を流しながら叫ぶ。
「ママとパパが!」
「……大丈夫だ。大丈夫だから」
少年を抱きしめ、ポンポンと彼の背中をさする。
彼の両親について問いかけることはしない。最悪のことを想定し、彼に思い出させることでパニック状態になることを懸念したからだ。
背後に気配を感じたかと思った時、少年が悲鳴をあげた。
「あいつが! あいつが! ママとパパを!」
「ここでじっとしていろ。俺が……倒す」
ふつふつと煮えたぎる気持ちを抑え、振り向くと共に背中の長剣を抜き放つ。
こいつは大物だな。
蔦と同じ色をした巨大な龍がこちらを見下ろしていた。
焦るでもなくいつでも縊り殺せると言わんばかりに短い前脚を広げ俺を威嚇してくる。
後ろ脚で直立し背にはコウモリのような翼を持つ全身から白い煙を放つ毒々しい龍だった。
腐魔に取り込まれた生きとし生けるものは、時に融合し巨大なモンスターへと変貌を遂げることがある。
この龍もそうかもしれないし、腐魔城の中で形成されたのかもしれない。
「トキシックドラゴンか」
追いついてきたミネルヴァが腰に手を当て巨龍を睨みつける。
「手を出すな。こいつは俺がやる。空からも何かくる。そいつはサーヤに任せてくれ」
「やれやれ。ならば私はその間、周囲を監視しておくとしよう」
首を回し少年の横に立つミネルヴァ。
一方でサーヤは困惑したように杖を握りしめたまま、俺の横顔をじっと見つめていた。
「サーヤ。浄化すればいい。攻撃魔法なんて必要ない。サーヤの水魔法ならば大丈夫」
「浄化……私は聖女様や聖騎士様のようには」
「アンデッドを浄化するんじゃないさ。サーヤがやるのは毒水を水にすること」
「……! 分かりました! 空からのモンスターはお任せください!」
よっし、これで腐食龍……トキシックドラゴンに集中できる。
「こっちだ。俺はここにいるぞ!」
右斜め前方に走り、挑発するようにトキシックドラゴンに向け剣を突きつけた。
分かりやすいくらいこちらにひきつけられたトキシックドラゴンは、ごぼごぼと水の中から声を出すような咆哮をあげ口から紫色の液体を吐き出す。
対する俺は剣を腰だめに構え、一息に振りぬく。
「剣技 第四の理 逆風の太刀」
剣から暴風迸り、液体を吹き飛ばす。
飛び散った液体は白い煙をあげ家屋や地面を溶かした。
やはり、直接触れると剣がただじゃあ済まないな。
だが、問題ない。
触れなきゃいいだけのことだ。
トキシックドラゴンが硬直している今こそが好機!
内に秘めた魔力を湯水のように流し込み、両腕に集中させる。
逆手に構えた長剣を高々と掲げ、全力を持って振り下ろし地面を削りながら前へ押し出しつつ斬り上げた。
「剣技 第九の理 地ずり斬月!」
地面から三メートルにも達する砂塵が舞い上がり、斬撃となりトキシックドラゴンへ襲い掛かる。
奴に直撃した斬撃は更なる刃となり、頭、胴、脚、尻尾に至るまでバラバラに切り裂く。
ドオオンと大きな音を立てて、奴だったものの欠片が地面に崩れ落ちた。
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