第21話 リミット

『ソウルスティールは見たが最後、鋼の肉体を持っていても、魔法障壁があっても、必ず「決まる」うそ』

「受けたことも気が付かずに?」

『見えないことはないうそ』


 そう前置きしてからシーシアスはグジンシーとのやり取りを回想し始める。

 

 ◇◇◇

 

 グジンシーは空間魔法を使って、右手だけを出す必殺の態勢でダイダロスを待ち構えた。

 もしダイダロスがグジンシーより早く動こうが、右手を斬られても命に別状はない。

 彼はダイダロスに対し最大限の警戒をしていたのだ。

 ダイダロスという剣士は脅威である。邪龍さえも一撃で斬り伏せたのだから。

 

 グジンシーは木の下で眠るダイダロスに奇襲をかける。

 異空間の隠れ蓑から右手だけを出し――。

 

 ところが、完全に奇襲を受けた形であるダイダロスは突如起き上がると、邪龍をも斬った彼の身の丈ほどもある刀身が反った剣――刀を構えあらぬ方向に振るったのだ。

 

「剣技 第一の理 流し斬り!」


 空間をも切り裂き、グジンシーの肩口にざっくりと斬撃が奔る。

 しかし、彼の刃がこれ以上深く入ることはなかった。

 グジンシーが操る必殺のソウルスティールが彼の体に籠る力を奪い取ったからだ。

 そのまま崩れ落ちるダイダロスは――、

 

「流し斬りが完全に入った……のに」


 と茫然と呟きつつ崩れ落ちた。

 

 その後、体の傷を癒したグジンシーはアーチボルトとシーシアスに対峙する。

 ダイダロスとのことを自慢気に語るグジンシーに対し、沸々と煮えたぎるような怒りをおさえ彼の話に聞き入る二人。


「空間魔術とやらを使わぬのか?」


 アーチボルトの問いかけにグジンシーは嫌らしく首を振る。

 

「それが隙となるのだ。引っかからんぞ、魔法使いども。空間魔法をお前たちも使いこなすのだろう」

「さあ、どうだろうね」

「喰えぬガキどもだ。魔法使いなど脅威ではないのだ。とっとと逝け。テンスマジック ソウルスティール」


 次の瞬間、魔術的な目を光らせアーチボルトとシーシアスは確かに「見た」。

 角の生えた身の丈四メートルほどの赤い肌をしており、ゴブリンに似た姿をしたグジンシーの右手から巨大な魔力が迸ったのを。

 それは、脈打つ赤黒い魔力だった。

 

 これを回避することは不可能である。

 シーシアスがそう思った瞬間には、既にアーチボルトが犠牲になっていた。

 彼は確かに見たのだ。アーチボルトの体から太陽の光にも似た暖かな火の玉のようなものが抜けていくのを。

 これは……アーチボルトの魂に違いない。

 だが、これは絶好のチャンスである。

 術が発動した瞬間こそ、大きな隙だ。

 彼は封印術式を発動し、グジンシーを封じ込めにかかる。

 それでもグジンシーは最後の悪あがきとばかりに再度ソウルスティールを発動させシーシアスに向けた。

 

「それも、対策は打てる!」


 魂が抜かれることは避けられない。ならば、魂の飛び先をなんとかすればよいのだ!

 一か八かシーシアスはホムンクルスやゴーレムに力を与える魔法「アニメイト」を唱えた。

 

 ◇◇◇

 

『その結果、この体に入ることができたうそ』

「その身体ってゴーレムか何かなのか?」

『違ううそ。死亡直後のカワウソ……いやビーバーだったうそ……ビーバーの体に魂が吸い込まれたうそ。その後、自分の体を弄り今は殆どホムンクルスのような体になっているうそ』

「それは、長く生きるためにか?」


 こくこくと小さな頭を縦に振るシーシアス。


『そううそ。びばは研究する必要があったうそ。師匠の犠牲を無駄にするわけにはいかなかったうそ』

「グジンシーの封印を見守るためとかじゃあなかったのか」

『それもあるうそ。だけど、ソウルスティールで飛ばされた魂が何処に行くのか、その研究も重要だったうそ。魂は消滅せず何かの中に入るはずうそ。三百年経過したけど、ヴィクトール、チミがその証明になったうそ』

「そうか、シーシアスは師匠を探していたんだな」

『そ、それだけじゃないと言っているうそ! グジンシーの封印はびばが鍵になっているうそ。だけど、びばの体は限界が違いんだうそ』

「ホムンクルス化したとはいえ、三百年だものな……そこのエルフやグジンシーのように長命種ってわけじゃあないってことか」

『その通りうそ。だから、ダイダロス……いや、ヴィクトール。グジンシーを倒して欲しいうそ』

「願ってもない。一度敗れたが次は負けないさ!」

『今のままじゃあ、同じことうそ。ヒントは一つだけうそ、グジンシーは「魔法使いなど脅威ではないのだ」と言っていたうそ。逆に言えば剣士は脅威となりうるとも取れるうそ』


 剣士は脅威となる……果たしてそうだろうか。

 シーシアスの回想を聞いた限り、魔法使いの方が勝算がありそうではあるが……。

 魔法だと一撃で仕留め切れないから? いや、それなら魔法を乱射すればいいだけだ。

 ……もしかしたら、魔法を反射するとかそういう能力を持つのかもしれん。

 なら、シーシアスが封印に留めた理由も納得がいく。

 

「シーシアス様、犠牲は避けられませんが、封印を解除するタイミングは計れるのですよね? でしたら数十人の魔法使いで一斉攻撃してはどうでしょうか?」


 俺の疑問を代弁するようにサーヤがシーシアスに問う。

 それに対し、シーシアスだけじゃなくミネルヴァも首を横に振った。

 

『可愛らしい魔法使いさん、それは不可能うそ』

「そうなのですか」

『当時は今でいう「災厄クラス」のモンスターがそこらかしこに闊歩していたうそ。対応する魔法使いも第八階位くらいまで使いこなせる者も多かったうそ』

「理解いたしました。挑まれていたのですね……」

『グジンシーは攻撃魔法を無効化してくるうそ。封印魔法は相手を攻撃する魔法ではないうそ。だから、効いたのだうそ』

「申し訳ありません。多数の人の命が失われていることを……浅慮でした」


 肩を落とすサーヤの背中をそっと撫でる。

 ヴィクトールもサーヤも日々モンスターに脅かされる毎日を送っていたわけじゃあないんだ。

 だから、当時の人々の壮絶な戦いを予想できるはずもない。

 

「シーシアス。あのだな。えっと」

『あと二年うそ。それ以上は確実とは言えないうそ』

「分かった。ありがとう」


 さすがにシーシアスに対し、「後何年で壊れるんだ」なんて無粋なことを聞けなかった。

 彼から言ってくれて助かったよ。

 リミットはあと二年か。その間にソウルスティール対策を完成させないといけないってことか。

 

「兄さま。一緒ですからね」


 ギュッと俺の服の袖を握りしめたサーヤが不安気に顔をあげる。


「もちろんさ。サーヤと共にどこまでも行くと約束したじゃないか」


 サーヤに危険だから、と諭すつもりはもうない。

 彼女がいるから俺はもっと強くなれる。彼女と一緒ならば一人で戦うより強くなれるんだ。

 ソウルスティールがサーヤに向かったら? 

 そのようなことは起こさせない。

 ソウルスティールを完封し、サーヤと力を合わせてグジンシーを倒す。

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