第22話 プラチナプレート

「ヴィクトールだったか。私も力をかそう。グジンシーは私のダイダロスの仇だからな」

 

 胸の下で腕を組んだまま鼻を鳴らすミネルヴァだったが、後半のセリフに対しては無視を決め込むことにした。

 

「ありがとう。昔ほどじゃあないかもしれないけど、リッチやデュラハンとモンスターの脅威に晒されている人はまだまだいる。君の元にも声がくるのだろう?」

「そうだな。稀にだが」

「二つ、お願いしたいことがある。一つは移動の時間が惜しい、足代わりで申し訳ないけど転移魔法で俺たちの移動を手伝って欲しい。もう一つは脅威となるモンスターが発生した時、俺が戦闘に出ていなければ誘って欲しい」

「それくらいならお安い御用だ。そこの小娘、遠話の魔法は使えるのか?」

「小娘じゃあない。サーヤだ」

「こだわるな。それほど小娘に惚れておるのか?」

「……詮索はするな」


 汚いおっさん好きの変態が俺の恋路を詮索するなど、もってのほかだ。

 嫌らしい顔で見つめてきやがって。

 

 キッとミネルヴァを睨みつけ、俺の服を後ろから握りしめたままのサーヤへ声をかけ……。

 お、思いっきり手に力が入っているぞ。服がちぎれそうなほどに。

 

「あ、あの。兄さま、あう。な、何でもないです」

「お、俺はある」

「え! サーヤもあの……」

「サーヤ。遠話の魔法を習得している?」

「兄さまのことが……え、あ、はい。遠話の魔法はどの属性の魔法使いでも使いこなすことができる魔法の一群にありますので、習得しております」


 なら、問題ないか。

 しかし、サーヤが何だか機嫌が悪そうな気がする。

 ミネルヴァの嫌らしい顔のせいだ。きっとそうに違いない。

 

「サーヤが遠話の魔法を使うことができる」

「ふむ。なら、サーヤにこれを持たせておくとよい。私に『繋がる』」


 ミネルヴァがひょいっと何かを投げてよこす。

 パシっと受け取ったものは小さな笛だった。竹を細工して作ったものかな。

 フルート型の笛を小さくした感じだ。

 サーヤに受け取った笛を握らせ、ミネルヴァに礼を述べた。

 

「ありがとう。早速で悪いけど、街まで送ってもらえないか?」

「お安い御用だ。どの街だ?」

「ノイラート領ノイラートで頼む」

「そこならば行ったことがある。問題ない」


 サーヤの手を引き、ミネルヴァの元へ行こうとしたのだけど、彼女はまだ何か気になっている様子。

 なるほど、そう言う事か。

 遠慮せずにハッキリと言ってくれていいのに。

 

「サーヤ、エンペラーパンダだったっけ。思う存分触れてから移動しよう」

「あ、ありがとうございます。シーシアス様、パンダさんに触れてもよいでしょうか?」

『好きなだけ触るとよいうそ。餌の問題で連れて行くのは難しいと思ううそ』


 変わったものを食べるのかな、エンペラーパンダって。

 白黒熊もといエンペラーパンダに抱き着き幸せそうな顔をしているサーヤに癒され、ほっこりした気分になれた。

 

 ◇◇◇

 

 ミネルヴァにノイラートの街へほど近い荒野に転移してもらい、そこで彼女と別れる。

 時刻は既に夕方になっていたが、ここからなら街までゆっくり歩いて三十分もかからないだろう。

 街中ではなく、街の外にしてくれた彼女の配慮に感謝しつつ街の門を目指す。

 いきなり転移魔法で街の中心地になんて出現したら、目立って仕方がない。変な意味で噂になると、俺を通じてミネルヴァを利用しようとする輩が出てきたりなんてこともあるからな。

 

 そんなこんなで夕食時には冒険者ギルドに入ることができた。

 久々に手の込んだ料理を食べたいところだけど、グッと我慢してまずはサーヤと並んで報告に向かう。

 

 お、いたいた。

 今日も彼女が受付をやっているのだな。

 ポニーテールの受付嬢に右手をあげ挨拶をする。幸い、他の冒険者が並んでおらずそのまま彼女の向かいにある椅子に腰かけることができた。

 彼女は俺とサーヤのことを思い出したのか、にこやかな笑顔を浮かべ労いの言葉を述べる。

 

「よかったです! 無事に帰ってこられて。先日は焚きつけてしまったことをお詫びいたします。私がちゃんとアイアンプレートレベルの依頼をご案内していれば……」

「これでいいですか? 討伐証明って」

 

 ゴロリとランドドラゴンから取得した緑色の宝玉を二つ机の上に転がした。

 ん? と俺とサーヤの顔を交互に見た受付嬢は宝玉に目を落とし、再び俺の顔を見る。

 

「ま、まさか、本当に討伐されてきたのですか!」

「は、はい」

 

 あまりの大声に耳がキンキンしたぞ。

 それほど驚くことなのだろうか。自分で案内しておいて、いざ達成したら目玉が飛び出るほど驚くって変わった人だよ。

 

「か、確認してまいります! し、しばしお待ちください。き、貴重なものですから一つだけお預かりいたします!」


 焦って宝玉を取り落としそうになりながらも、彼女は奥の部屋へ引っ込んで行く。

 扉の奥でバッタンバッタンする音が聞こえてきたけど大丈夫かな。転んだんじゃあないだろうか。

 この音にはサーヤと顔を見合わせ苦笑し合う。

 

「お、お待たせしました! 確かにランドドラゴンの宝玉で間違いありません! す、すぐに冒険者登録させていただきます。し、しばらくお待ちください」


 出てきたかとおもったらまた扉の奥に引っ込んでしまう受付嬢であった。

 今度は妙な音も響くことはなく、彼女は元の表情に戻り手に二つのプレートを乗せて戻ってくる。

 プレートの色は金色ではなく銀色だ。やはり、一度の討伐だけだとゴールドまでは行かずシルバーどまりだったってことかな。

 なあに、冒険者登録することが目的だったんだ。依頼をこなすことができるようになるのなら、文句はない。

 

「シルバーですか」

「い、いえ。こちらはプラチナプレートになります。第一階位も使いこなせないお方が冒険者になることも前代未聞ですし、最初からプラチナプレートというのも十年ぶりだそうです」

「え、えっと。プラチナプレートとはゴールドプレートではありませんよね?」

「はい。ゴールドプレートの一段上のランクとなります。ギルドマスターからお聞きいたしました。リッチを討伐されたのもあなたで間違いないと」

「そう言うことですか。ようやく合点がいきました」


 ギルドのお偉いさんは剣でリッチが討伐されたことをどこかで聞いていたんだな。

 それで俺が魔法を使えないけど、冒険者登録がしたいとやってきたものだから、まさかと思って依頼を許可したのだろう。

 そしてランドドラゴンを討伐して戻ってきたことで確信に変わったといったところか。

 リッチの分と合わせて1ランク上のプレートを発行してくれたってわけだ。

 

 プレートは首からさげるチェーンがついていて、裏に俺の名前が彫り込まれていた。

 決して無くなさいように肌身離さず持っていてくださいと受付嬢から釘を刺される。

 更に特例となるが、冒険者登録前だったけど依頼達成の報酬が出ることになった。

 何と金貨三枚もいただけたのだ。

 

 このお金でこのままここで食事をしようかな。

 そう考えた途端に腹の虫が悲鳴をあげて歓迎してくれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る