第23話 昨日はよくお休みでしたね
冒険者ギルドに併設している……いやむしろこちらがメインかもしれない。
食事は日替わりメニューと豊富な一品料理が多数揃えられており、お酒も提供しているようだった。
ギルドのだいたい三分の二くらいは食堂なのだから、レストランに併設しているギルドという見方もできる。
看板が冒険者ギルドと記載があるので、食堂も冒険者ギルドに必須の施設なのだろうか?
「お待たせいたしました!」
ってこの子は受付にいたポニーテールの女の子じゃないか。
それにしても、値段は普通だなと思っていた「今日のおすすめ」なる料理は量が俺の記憶するレストランの倍くらいある。
なるほど。冒険者は体力勝負だから、安く量のある食事を提供することで冒険者をサポートしているってわけか。
「受付のお仕事はよいのですか?」
「はい。ヴィクトールさんたちで本日の受付は終了でしたので! 夜からはこっちが忙しくなるんですよ!」
鍋とパンの入った籠、サラダの入った大きなボール、焼いた肉にソースがかかった大皿……とよく持ってこれたなと思う量の食事がテーブルに所狭しと置かれていった。
全て置き終わると、彼女はぶどうジュースとビールを持って戻ってくる。
「これで全部です。追加があればお声がけくださいね!」
にこやかな笑顔を浮かべ、ペコリとお辞儀したポニーテールの女の子はパタパタと別の冒険者らしきパーティにお呼ばれしたようだった。
「食べよう。もうさっきから腹が鳴って仕方ないんだよ」
「はい! いただきます!」
サーヤもお腹が空いていたようで、しばらくの間二人揃って無言で食事をとる。
お、おお。鍋に入っているのもメインが肉か。
こちらはよく煮込まれていて、ほろりととろけそうなほど柔らかい。
唐辛子をふんだんに使っているようで、多少辛いがパンとよく合う。
何て感じで無我夢中でもしゃもしゃしていたら、あっという間に食べきってしまった。
あれだけの量があったというのに、俺も余程腹が減っていたのかな。
いや、それだけじゃない。
久しぶりに食べる手の込んだ料理がおいしかったんだ。うんうん。
でも、サーヤの作る料理ほどじゃあない。
上品にもぐもぐする彼女を見やり、ふふんと心の中で冒険者ギルドに向かってこっそり自慢する。
見られていることに気が付いた彼女は食事の手をとめ、俺と目を合わせてきた。
「もう食べ終えられたのですね。私もそろそろお腹一杯なのですが、まだ半分ほど残っています……」
「食べきれない分は俺が食べちゃうよ」
「これほどの量が出てくるとは思っておらず。それでも私が思った以上に食べることができていますけど」
「俺もおんなじことを思ったよ」
ビールの残りを飲み干し、追加を頼む。
すぐにやってきたおかわりのビールへ口をつけようとしたら、今度はサーヤが俺の方をじっと見ていることに気が付く。
「兄さま、それ、おいしいのですか?」
「仕事の後に飲むとなかなかいける。サーヤはまだダメだぞ」
「サーヤはもう子供じゃありません。アルコールだって大丈夫です」
「……あ、サーヤ。さっきから視線を感じないか? サーヤが綺麗だってことだけで視線が集まっているんじゃあないと思うんだ」
「き、綺麗など……そのようなことは……ミネルヴァ様のような方をお美しいと言うのです」
かあああっと耳まで真っ赤になってジュースを取り落としそうになったサーヤ。
うまく誤魔化すことができたけど、注目が集まっていると感じるのは事実だ。
理由はやはりこれかなあ。
首からさげたプラチナプレートを引っ張り裏に書かれた文字を確認する。
食事に夢中で外に意識が向いていなかったけど、耳をそばだててみたら俺たちのことを噂する声は確かに確認できた。
「すげえ、あの二人、プラチナプレートなんだってよ」
「そうそう。俺もクレアから聞いたぜ。超大型新人なんだってさ」
「クレアから聞いたわ。あの男の子、プラチナだって! 涼やかな顔も素敵だわ。声をかけようかしら」
「ダメダメ。向かいにいる子を見てみなさいよ」
好き勝手言っているなあ。
クレアって誰だ。大方予想がつくけど……。
「クレアさん! ビールをもう一杯ください!」
「はい! ヴィクトールさん、私の名前を覚えてくださったのですね」
クレアがやってきた。うん。そうだろうね。ポニーテールの受付嬢だよね。
よくよく見てみたら胸にネームプレートがついてるよ。
噂の原因はこの子だったってわけだ。
だけど、プラチナプレートの冒険者として名が知れる分には大歓迎だ。
ミネルヴァと異なり、一から自分たちが築いていくものだから。
さて、追加が来る前にビールを飲んでおこう。
ごきゅごきゅ。ぷはー。
「お待たせしました!」
「ありがとう」
トンとビールが置かれ、クレアは頭を下げた後、次の注文を取りに行った。
ビールに手を伸ばすが、サーヤの手とぶつかってしまう。
「ん? 飲むの?」
「兄さまが私に頼んでくださったのかと……」
「一口だけだぞ。酔いつぶれでもしたら明日から動けなくなっちゃうからさ」
「はい!」
嬉しそうに顔を綻ばせるサーヤであったが、ビールに口をつけると眉間に皺をよせた。
「苦いです……」
「お子様にはまだはやいってことさ」
「そ、そんなことないです!」
ぐいぐいぐいと一気に飲んじゃったよ!
「だ、大丈夫か……」
「大丈夫れす。兄さまはいつも私のことを心配してくださるのに……ううう」
「酔うのが早過ぎだろ!」
「酔ってなんていません! 私がこんなに兄さまに……兄さまの鈍感ー」
うわああ。悪い方向に酔っ払っちゃったみたいだ。
トロンとした目になったサーヤはまだ何かブツブツ呟いているが、言葉になっていない。
「サーヤ」
「なでなでしたい、のです……すやあ」
まだパンダに未練があったんだな。
ミネルヴァに頼んで、崖の中にある墓標まで連れてってもらうか。
机の上につっぷして寝てしまったサーヤにそっと微笑みかける俺なのであった。
◇◇◇
――翌朝。
「……こ、ここは。兄さまが運んでくださったのですか」
「うん。冒険者ギルドの隣がちょうど宿だったから、借りたんだよ」
簡素な部屋だけど休むには十分だ。
クローゼットと二人掛けのソファーにテーブル。あとはベッドが一床。
荷物を置くスペースもちゃんと確保されているから、大きな荷物を抱える旅人でも快適に過ごすことができる。
目覚めたサーヤは起き上がった座った姿勢でベッドの布団を握ったまま顔を真っ赤にしていた。
昨日のアルコールがまだ抜けていないのかも?
「調子が悪かったら今日一日休もうか」
「い、いえ。そのようなことは。あ、あの。兄さまもここでお休みに?」
「うん。そこのソファーで寝たよ」
「……兄さまは兄さまでした……」
よく分からないが、健康に問題がないことが一番だ。
「準備をして出ようか。依頼を見つつ朝食をとろう」
「はい!」
ソウルスティールの対策はもちろん必須だが、俺とサーヤはまだまだ未熟な身である。
実戦経験を積み、鍛えあげないとな。
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