第20話 その者の名は

「名前はシーシアスでいいのか? 俺はヴィクトール。君が言う通り、ダイダロスの記憶を持つ者だ」

『ようこそ墓標へうそ。チミの流し斬りを見て、勝手ながら魂の色を調べたうそ。ちょうど山脈に来たからカイザーパンダを遣わしたのだうそ』

「俺の推測は間違っていなかったってことか。主体がミネルヴァじゃなくシーシアスだったってだけで」

『その通りうそ。びばはチミをここへ案内したかったうそ。チミの推測通り、理由はたまたまチミが山脈に来たからうそ』


 シーシアスは俺というかダイダロスのことを知っているようだけど、こんな変な生物、俺の記憶にはない。


「祭壇ではなく、墓標なのか」

『そううそ。チミはびばのことを知らなくて当然うそ。アーチボルトなら知ってるかうそ?』

「ミネルヴァと並ぶ、いや、魔法だけに関して言えばミネルヴァ以上の大魔導士だったか? 第十階位まで使う事ができたとか」

『びははチミに聞かせたい話があるうそ。いや、チミは聞かねばならないうそ』

「聞かないとは一言も言っていないさ。別に急ぐ旅でもない。じっくり聞かせてくれよ」

『ダイダロス。チミはまだ何も知らない。これはアーチボルトとびばの記録から導き出した物語うそ。時は三百余年前。旧帝国の辺境から始まるうそ』


 語り口は立派だが、きいきい耳につく高音が残念でならない。

 シーシアスの語る物語は話があっちこっちに飛びまくり分かり辛かったけど、非常に興味深いものだった。

 

 ◇◇◇

 

 山に籠り修行を終えたダイダロスは三十数年ぶりに人里へおりてくる。

 彼はこの時知る由もなかったのだが、二十年前から魔物が活発化し平均的なレベルも日ましに高くなっていたのだ。

 当時の人間を中心とした勢力は帝国として一つにまとまり、襲い来るモンスターを必死に撃退していた。

 高レベルのモンスターがいくらでもいる状況によって、人間側のレベルもあがる。

 そんな中でも目立つ存在だったのはミネルヴァとアーチボルトだった。

 今と異なり、魔法剣士も多数モンスターと戦ってはいたが、成長途上で命を落とす者が多数という厳しい状況だという。

 魔法使いも魔法剣士と同じように志半ばで倒れた者が多数いたが、魔法使いのほうが魔法剣士より成長速度の面で優位であったのだ。

 結果的に、長い時間を山で過ごしていたことが幸いして魔法剣士としてはダイダロス唯一人だけ、ミネルヴァとアーチボルトの域にまで到達する。

 

 ともあれ、様変わりした世界など露知らぬダイダロスは辺境の村に姿を現す。

 辺境という言葉には様々な意味合いがあるが、帝国にとっての辺境とは「モンスターと対峙する最前線の防衛ライン」を示す。

 つまり、辺境と呼ばれる地域の村のすぐ外を精鋭兵士が順次巡回している。

 だが、帝国の領土は広大で護るべき防衛ラインもまた同じだった。侵入を繰り返すモンスター全ての相手をすることなど不可能である。

 辺境防衛軍、中央軍、地方軍と三軍編成の帝国は、侵入したモンスターに対して別の軍が対応する体制を取っていた。

 

 帝国の事情など知らぬ俺にシーシアスが説明してくれたが、正直今となっては知っていようが知るまいが変わらないよな。

 

 話を戻すとダイダロスが村に姿を現した時、村は火竜によって焼かれていた。

 人肉の味を知った火竜は次から次へと逃げ惑う村人を丸のみし、ノームの少年を手にかけようとする。


「剣技 第一の理 流し斬り!」


 野太いだみ声が響き、火竜は真っ二つになって地に崩れ落ちた。

 割れた火竜の後ろから姿を現したのは、ボロボロの服を着たぼさぼさの長髪の男。

 手に持つ身の丈ほどある幅広の剣はところどころ刃こぼれしており、伸びっぱなしの髭も相まって浮浪者にしか見えない。

 ただ、眼光だけが鋭く光っていた。

 彼によって救われたノームの少年こそシーシアスだという。

 

 ◇◇◇

 

 ここで一旦言葉を切ったシーシアスは昔を懐かしんでか、浮かぶ大剣を見上げる。

 

『びははかつてのチミに命を救われたうそ。火竜によって家族全てを失ったびばは、一匹でも多くのモンスターを滅ぼすことを誓い、魔法を習得するために帝都まで行ったうそ』

「それでダイダロスのことを知っていたんだな」

『そううそ。あの時、ダイダロスの瞳はびばなんて見ていなかったうそ。それでも、びばはダイダロスに憧れたうそ。だけど、ノームの体では魔法剣士として大成できないと分かっていたうそ。でも、魔法を習うもうまくいかなかったうそ』


 シーシアスは再び過去のことを語り始めた。

 魔法を学ぶシーシアス少年は、自分の才能に絶望する。何故なら彼の持つ色は無色だったからだ。

 無色はよりどころの無い色である。きっかけがつかめないから魔法を習得することが非常に困難で大成した例がない。

 そこで彼はアーチボルトに出会う。無色の者を探していたと彼女は言った。

 藁にもすがる思いでアーチボルトに弟子入り……という名の付き人を申し出るシーシアスに彼女は快く頷き、アーチボルトとシーシアスの旅が始まる。

 

 アーチボルトの手ほどきにより才能を開花させたシーシアスは彼女と共にモンスターを狩る日々を続けた。

 そんな折、ダイダロスが敗れ命を落としたとの報が入る。

 この報にシーシアスは相当なショックを受けた。たった一度だけだが、鮮烈に残っているあの記憶。

 火竜をボロボロの剣で一刀の元に斬り伏せたあのダイダロスが敗れるなんて、信じられなかった。

 

 シーシアスはすぐにダイダロスを破った者がどのような者かアーチボルトと共に調べ上げる。

 その者の名は「グジンシー」。最上位魔族であり、此度、モンスターが活性化した原因の一助であることが判明した。

 

 世界のどこでも見渡せる「遠見」と一瞬にしてどこにでも移動できる「転移」の魔法を使いこなす二人にとってグジンシーの場所を特定し、奇襲をかけることも容易い事である。

 いざグジンシーに挑むときになってアーチボルトはシーシアスに思ってもないことを告げた。


「見守れ、ただ、何が起こったのかを分析しろ。私がグジンシーを滅することができたのならそれでいい。お前はかなわなかった時の保険だ」

 

 抗議しようとしたシーシアスだったが、アーチボルトへの恩から彼女の言葉に従うことになる。

 その結果、アーチボルトは死亡し、隙を付いたシーシアスの封印術式が決まりグジンシーは地の底へ封印されたのだった。

 こうしてモンスターの活性化は幕を閉じることになる。

 

 ◇◇◇

 

『チミを破った者は「グジンシー」うそ』

「あの右手がそうなのか」

『グジンシーもまた空間魔法を使ううそ。右手以外は隠れていたんじゃないかうそ。グジンシーは自慢気にチミを倒したことを語っていたうそ』

「あ、あの野郎。だが、奴はもういないのか」

『……。チミは何故グジンシーに敗れたのか興味はないかうそ?』

「是非聞かせてくれ!」

『チミと師匠、そしてびばをも仕留めた術の名は「テンスマジック ソウルスティール」』

「ソウルスティール……」


 何も分からぬままに敗れた。

 あの時、流し斬りが完全に入ったはず。だけど、そいつは幻想だったのか?

 決まったと思った幻覚を見つつ、俺はソウルスティールとやらに敗れた……?

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