第19話 私のダイダロス

「おおおい! 祭壇に乗っているじゃねえか! こいつはこれでいいのか、ミネルヴァ」

「構わぬ」


 ミネルヴァに即殺されるか懸念したが、特に問題ないらしい。

 さて、思わず突っ込んでしまったわけだけど、次に現れた声の主は浮かぶ大剣の円形祭壇にいた。

 それにしても、これほど奇妙なモンスターを俺は今まで見たことが無い。

 背丈は俺の膝上くらいで、手足の短さからして普段は四足歩行で間違いない。

 全身が短い茶色の毛で覆われ、猫をもう少し犬っぽく……イタチに近いか。


 何者だろこいつと首を捻っていたら、サーヤが解説してくれた。


「私、見た事があります。カワウソという水辺動物です」

『びばはビーバーうそ。カワウソじゃないうそ』


 うわあ。

 こいつもミネルヴァや白黒熊と同じようにメンドクサイ奴だな。きっと……。

 

「よし。決めた。一つ一つ整理していこう」


 ポンと手を打った俺はカワウソとかいう生物を無視して、ミネルヴァのことから解決することを決めた。

 

 彼女は新緑の髪と目にピンと伸びた長い耳が特徴的である。特に大自然の緑をそのまま切り取ったような髪は思わず見とれてしまうほどの美しさだ。

 彼女はエルフという長命種族で、実年齢は少なくとも三百は超えるはず。

 だけど、人間の見た目から判断し推し量った場合、二十代後半くらいに見える。

 まじまじと彼女を下から上まで値踏みするように見ていたら、いつの間にか俺の傍まできていたサーヤが「むむむ」と唇をかみしめているじゃあないか。

 

「サーヤ、話は後で聞く。俺から離れないでいてくれよ」

「は、はい。私もお聞きしたいことがあります」


 サーヤと頷き合った俺はミネルヴァへ顔を向ける。

 彼女は胸の下で腕をくみ、こちらの様子をじっと窺っていた。

 

「ダイダロスという剣士の名を聞いたことがあるか?」

「ほう。かの者の名を知っておるとは、だが、ダイダロスという名は一人だけではあるまい」

「かつて、修行に生涯をかけ、流し斬りを極めたと勘違いしていた魔法剣士がいた。その者の名はダイダロス」

「し、知っているのか。かの者を」

「その反応。君はダイダロスを知っているな?」

「もちろんだとも。伸びっぱなしの髭と髪。手入れなどされておらず、ぼさぼさで全身も不潔そのもの。いつ洗ったか分からぬボロを纏っていた」


 我ながら酷いが、その通りだ。

 ダイダロスであったころの俺は、自分の剣技にしか興味がなかった。

 いや、興味を持たぬようにしていたんだ。

 剣以外のことは剣を磨く時間を奪い、自らの剣を曇らせると信じて。


「その物言い、ダイダロスと直接会ったことがあるんだな」

 

 知っていて、あえて問いかけてみたら期待通りの反応が返ってきた。


「そうだ。ダイダロス。ノミの湧いていそうなあの体……抱きしめたかった! 愛おしかった。だが、彼は……」

「この変態め!」


 変わってない。

 ミネルヴァの謎の嗜好はそのままだ。

 彼女の好みは汚らしいおっさんらしい。

 

「へ、変態とは何だ。私はこう見えて一途なのだ。ずっとダイダロスに焦がれ、三百年の時が過ぎてしまったほどなのだぞ」

「三百年も経過しているのか。ダイダロスの事は諦めて、そこらの髭もじゃの中年を想えばいいだろうに」

「私を愚弄するか! 何もかもを切り捨て、剣だけに生きるダイダロスは壊れやすく儚い。そこいらの者に彼のような生き方はできまい」

「ただ汚い中年だったらよかったんじゃなかったのか」

「そこは最低限だ。それだけじゃあないということだ」


 うわあ。恥ずかし気もなく自分の好みを言いきっちゃったよ。

 もういい、分かったから、もういい……。

 ミネルヴァはダイダロスの記憶にあるミネルヴァだった。

 空間魔法を操る新緑の賢者だったか。第九階位の魔法まで使いこなす。

 特に風と土の魔法を得意としていた。

 ああ見えて手先も器用で魔道具なんかも作っていたはず。だから、賢者と呼ばれていた……と思う。

 

「よし、ミネルヴァのことは整理できた。次はそこの謎生物だ」

「待て。随分と偉そうにここを取り仕切っているではないか。お前はいつでも弾き出される側の立場だと理解が足らないようだな」


 勝手に話を切り上げられたのが気に障ったらしいミネルヴァが食って掛かってくる。

 確かに、彼女からしたら俺は侵入者だ。それがここまで横柄な態度を取られたら怒る気持ちも分かる。

 だけど、次から次へと対応しなきゃならないのだから我慢して欲しい。

 我ながら酷い奴だとは自覚しているけどね。

 

 待てと言われて待つ者などいるわけもなく、カワウソとかいう謎生物に声をかけようとしたら、またしてもミネルヴァが割って入ってきた。

 

「それにお前、随分と私のダイダロスのことについて詳しいのだな。いくら故人とはいえ、気に食わない」

「いつからミネルヴァのものになったんだよ!」

「兄さま、兄さまはミネルヴァ様の……そんな……」


 すぐさまミネルヴァに突っ込むが、今度はサーヤがどよーんとうつむいてしまったじゃないかよ。

 ミネルヴァの勝手な勘違いだし、彼女も言っている通りダイダロスの肉体はもうこの世にはいない。

 故人を偲ぶのはご自由にしてくれたらいいが、本人の記憶を持っている俺の前で言われちゃあ看過できないな。

 

「知った風なことを。もういい。風の刃でバラバラにしてくれよう。ダイダロスを愚弄したお前にはそれが相応しい」

『待つうそ。その男の魂はダイダロスうそ』


 親指を人差し指でパチリと音を鳴らしたミネルヴァに対し、祭壇上にいたカワウソとかいう謎生物が待ったをかける。


「このような優男がダイダロスの心を持っているだと。そんなわけなかろう。涼やかな瞳にふわふわの髪の毛、髭も生えていなければ、服も破れていない」

「俺だっていろいろ思うところがあったんだよ!」

「精悍な顔をした若い人間の男など反吐が出る。いくらダイダロスの心を持っていたとしても……無理だ。私には愛すことはできない。どうだ。今からでもいい、30……いやせめて20歳くらい歳をとってくれないか」

「無茶を言うな! ダイダロスになんぞ構っておらず、モンスターに困っている人たちを救ってやってくれ」

「……ダイダロスの偉業を引き継いだに過ぎん。お前が戻ってきたのなら必要無いだろう?」

「あるさ。俺は転移魔法が使えない。ミネルヴァにしかできないことだ」

「そうか。うんうん。そうだろう、そうだろう。ははははは」

「しかし、俺がダイダロスの記憶を受け継いでいると聞いて、すぐに信じてしまうんだな」

「疑う余地はない。魔導王シーシアスの言葉に偽りなどないのだから」


 さっきから何か言いたげなサーヤに目で「後で説明する」と伝え、興奮するミネルヴァを放置し今度こそカワウソらしき謎生物に問いかける。

 

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