第14話 むせた

「え、これが第六階位……向け?」

「紛れもなくゴールドプレートの方にお願いする案件です」

「そ、そうなんですか、は、はは」


 顔が引きつる俺に対し、受付嬢は「ほれみたことか」といった感じで別の依頼書を準備しはじめた。

 お、おお。

 ちゃんとしたのが出てくるのかなと期待したんだけど……。

 

「えっと、これは」

「シルバープレートの方にお願いする案件です。これでも、まだ、難しいとは思いますが」

「いえいえ、じゃあ、もうさっきのでいいです」


 最初に出てきた二枚の依頼を受付嬢に先んじて引っ張りぬく。

 まじまじと再び依頼書を見つめるが、やっぱり間違いじゃあなかった。


「サーヤ。どっちにする?」

「兄さまのお好きな方で」

 

 ため息交じりにサーヤへ問いかけたが、彼女も興味がないらしい。

 サイクロプスかランドドラゴンのどっちか……どちらもデュラハンとそう変わらない強さのモンスターである。

 うーん、どちらかと言えばランドドラゴンか。

 サーヤは巨大なモンスターと戦ったことがないだろうし、よっし、ランドドラゴンにしよう。

 場所もいい感じに山の奥地だから、ひょっとしたら強者に出会えるかもしれないものな。うん。

 

「こっちにします」

「後悔しないでくださいね。それと」

「はい」

「絶対に絶対に生きて帰ってきてください! 私の寝ざめが悪くなります」

「もちろんです」


 言い方は素直じゃないけど、彼女は俺たちのことを心配してくれてたんだな。

 ようやく理解したよ。彼女は俺が最初の依頼に眉をしかめていたことを勘違いしていたのだってことを。

 相手が強すぎて引いていたと思われてたのか。逆なんだけどね……。

 でも、心配してくれた彼女に悪い気はしない。事務的に仕事をこなすだけじゃなく、本気で冒険者たちのことを思いやってくれているのだなと好感が持てる。

 

 ◇◇◇

 

 出立するため、街で準備を整えたのだが……。


「兄さま、そろそろ機嫌を直されては」

「いくらなんでも酷くないか。こんな装備しかないなんてさ」


 街の武器屋を数件回ってようやく見つけたのが、ロングソードと幅広のダガーだけとは品揃えが少なすぎるだろう。

 しかも、質の悪い鉄しかないのだからなあ……。これなら刃こぼれしたデュラハンの長剣の方が余程マシだよ。

 途中から品質のいいものとか、銀やミスリル製の武器は諦めて、身長くらいの長さがある武器を買い求めたのだが……誰も持たないとかいう理由で置いてさえいなかった。

 護身用や獲物の剥ぎ取り用なら、大振りの武器は必要ないってのは分かるのだけど、いくら何でもあんまりだ。


「いっそ、杖にすればよかったのではないでしょうか」

「それは……俺の剣士としての矜持に反する……」

 

 眉根を寄せたサーヤが身も蓋もないことを言ってしまった。

 俺だって喉元まで出かかったさ。杖ならば鋼鉄もあるし、ミスリル製のものまであったんだ。

 先端についている宝石を外し、バトンとして使うなら……正直、このロングソードより威力が出ると思う。

 だが、斧や弓ならともかく魔法使い用の杖はダメだろ。

 

「ヴィクトール兄さま」

「ん?」

「めっ! ですよ!」


 俺の右手を両手で握ったサーヤが可愛らしく舌を出す。

 しかし、言った自分が恥ずかしかったのか彼女の顔から冷や汗が流れ落ちた。

 

「そうだな! 鉱石から準備して武器を作ってもらえばいいんだ。うん、そうしよう」

「はい!」

「それなら、サーヤ用の宝石も獲得したいところだなあ」

「嬉しいです。兄さまからプレゼントしてくださるなんて」

「ちょうど山に行くことだし、ついでに探してみるか!」


 そうだそうだ。街にいても仕方ない。

 馬を用意するか迷ったけど、徒歩で行くことにしたんだ。

 目標のランドドラゴンが生息する場所は、西にある大山脈だから馬を乗り捨てることになるかもしれないと思って。

 置いていかれた馬が山の奥地で生きていけるはずがないからさ。

 

 街を出て一時間ほど歩くと石畳の道以外に人の手が入ったものが見当たらなくなり、背の低い雑草が一面に広がる野原だけとなった。

 向かう先に薄っすらと山脈が映り、あと何日歩くのだろうとげっそりするのかと思うだろう?

 俺もただ目的地まで歩くなんて退屈だろうと思っていたんだけど、実際に歩いてみると逆だった。

 サーヤと二人並んでてくてくと歩き、時折立ち止まって周囲の風景を眺めているとただ自然があるだけだというのに不思議と飽きがこない。

 それどころか、稀に発見する鹿やウサギといった動物の姿に二人揃って指をさしはしゃいでしまったほどだ。

 

 三時間ほど歩いたところで、昼食がてらに少し休むこととなった。

 疲労感は無いが、腹は減る。サーヤもそろそろ空腹なはず。

 あれだけ走り込みをしていたのだから、俺もサーヤもこの程度じゃあ全く疲れなくて当たり前なのだ、ははは。

 

「もぐもぐ……街で聞いた情報によると、街から西の山脈の入り口まではおよそ三日。奥地まで行くのに更に二日か三日くらいかかるのじゃないかってさ」

「途中で狩りをいたしますか?」


 あぐらをかいて街で購入したサンドイッチをほうばりつつ、街で聞いたことを思い出しつつ喋る。

 一方でサーヤはペタンと座り小さく口を開けてもぐもぐしながら、顔をあげて問いかけてきた。


「森に入る前に肉を補充しておきたいな。塩はちゃんとここに」

「(塩が)多すぎじゃないでしょうか」

「足りなくなるより余程よいさ。水を持ち歩く必要がないから、荷物に開きがあるし」

「お水はお任せください。毎日行水だってできますよ!」

「その時は頼む。でも、いくら魔法があるとはいえ山に入ったら節約しなきゃだな」

「せ、節約……兄さま、見たいのですか?」


 突然顔を真っ赤にしてもじもじしはじめたサーヤに対し、頭にハテナマークが浮かぶ。

 山の入り口ならまだしも、奥地まで行くといつ何時強力なモンスターが襲ってくるとも限らない。

 サーヤの魔法で水はいくらでも出せるとはいっても、MPを消費するだろ。いざという時に備えてMPの減りは抑えたい。

 

「そうだな。見たいかも」

「ひゃああ。あ、あの。明るいと少し……」

「明るい時の方がよく見えるだけど、夜は夜で悪くはないな」

「わ、分かりました。は、恥ずかしいですが、兄さまがお望みでしたらサーヤは、あ、あの」

「恥ずかしい? 怖いならまだ分かるけど」

「え?」

「奥地にはランドドラゴンより強いモンスターがいることは間違いない。サーヤも見てみたいんだよな?」

「え、ええと。私はできれば、穏やかな方がいいかもです。も、もちろん戦いを忌避するわけではありませんが。修行ですものね」


 あせあせするサーヤは勢いよくサンドイッチをほおばり……むせた。

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