第15話 もぎゃー
大山脈に入って三日になるが、獣道さえなく傾斜の激しい箇所がきたかと思えば、木々が生い茂る密林に出くわしたりとなかなか距離が稼げないでいる。
食糧に問題はないし、特段急ぐ旅でもないからノンビリと奥へ奥へと気楽に進んでいた。
「もうノイラート領は出たのかなあ」
「山脈を境にレイティン様の領地になるのですが、これではどちらがどちらか分かりませんね」
小枝を踏みつぶすパキリとした音を立てながら、呑気にサーヤへ声をかけると、彼女ものんびりした言葉を返す。
無警戒にぼんやりと歩いているのはもちろんワザとだ。
こうすることで襲い掛かってくるモンスターがいれば、それはそれでよし。
そいつがおいしく食することができる獣なら大万歳である。
警戒心を露わにして慎重に進もうが、いまのようにぼんやりとしてようが、一定以上のモンスターであれば結果は同じ。
上位モンスターともなれば、多少足音を立てぬように歩いていても変わらない。
だったら逆に風景を楽しみながら、散歩感覚で移動したほうがよいだろ?
せっかくの遠出だし、楽しんだ方がお得だ。
む。まだ見えないけど、この音は。
「お、サーヤ。聞こえるか?」
「川の流れでしょうか?」
「そそ。水の落ちる音がする。滝があるのかも」
「それは楽しみですね。そこでお昼にしませんか?」
「そうしようか」
どんな景色が広がっているのか、ワクワクしてきた。
歩くこと十五分ほど――。
切り立った崖の中腹から流れ落ちる見事な滝が姿を現した!
滝の幅は数メートルとそれほど大きなものではないけど、高さ30メートルくらいから落ちてくる水はそれなりに迫力がある。
ダイダロスの記憶だと、これよりもっと大規模な滝を見たことはあるけど、ヴィクトールとしては初の滝風景だ。
「わあ」
「お昼がとてもおいしくなりそうだな」
両手を胸の前組み歓声をあげるサーヤに笑いかける。
「滝は噴水と違って、とても高いところから水が落ちてくるのですね!」
「サーヤも滝を見るのが初めてなのかな?」
「はい! 山脈まで遠出するなんてこと、これまでありませんでしたから」
「確かに。学校を卒業して、ノイラート家の侍女だったものな」
「兄さまもずっと魔法の修行でしたし、一緒ですね」
キラキラと目を輝かせたサーヤは花が咲いたような満面の笑顔を俺に向ける。
「サーヤがこれほど喜んでくれるのだったら、ランドドラゴンを発見できなくてもよかったかなと思えるよ」
「だって、兄さまと初体験を共有できるのですよ!」
言ってからハッとなったサーヤは顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
微妙な空気が流れる中、彼女は降ろした俺のリュックをごそごそし始める。
だな、食事にしよう。
「子供扱いしないでください!」
「ニヤニヤしていたつもりはないんだけど」
しまった。顔に出ていたか。微笑ましい気持ちになったのは事実だけど、表面上は出してなかったつもりだったんだけどなあ。
むううと唇を尖らせながらもテキパキと食事の準備をするサーヤなのであった。
「サーヤ」
「きゃ、兄さま!」
サーヤに覆いかぶさるようにして、地面に両膝をつく。
突然の出来事に驚いて目を見開く彼女だったが、俺の顔を見てすぐに察してくれた。
何だこいつは!
ぞわりぞわりと背筋がささくれ立ち、咄嗟にサーヤを護ろうとしたのだが……。
確かに殺気を感じたのだけど、一瞬にして消えてしまった。
どこだ?
気配を、僅かな動きを感じ取れ!
彼女を背にして、ゆっくりと立ち上がり黒剣を抜き放つ。
サーヤはサーヤで杖を両手で握りしめ、俺の後ろから様子を窺っている。
「自分自身を護ることができるよう魔法を唱えてくれ」
「はい」
「この気配……サーヤにまで敵の攻撃が飛び火するかもしれないから」
チラリと感じた気配がまた消失きえた。
しかし、やはり俺の直観がこいつは危険だと告げている。
たらりと額から汗が流れ顎を伝って……落ちた。
次の瞬間。
滝のある崖の上から巨大な影が浮かび、滝の下に飛び込む。
バシャーーン!
「サーヤ、打って出る!」
「セブンスマジック 青の障壁!」
魔法を解き放ったサーヤがコクリと頷くのが見えた気がした。
後ろから漏れ出る青白い光が確かに魔法が発動しているのだなと分かる。
青の障壁は、軽い衝撃であっても一度でも攻撃を受けると消えてしまう。だが、どれだけ強力な攻撃であっても必ず相殺してくれる特性を持つ。
それで十分!
出会いがしらに広範囲攻撃を喰らったとしても二撃目はない。いや、させない。
体内に巡らせた魔力を加速、加速、更に加速!
爆発的に高まった魔力は体の周囲に白いオーラとなって湧きだし、再び自分の体に吸収されていく。
地面を蹴り一息に川岸に立つ。
『もぎゃー』
水面から浮かび上がってきた巨体はまるで水面を跳ねるようにこちらに向け跳躍してきた。
そいつは白地に黒のまだらがまじった熊のように見える。
全長はおよそ五メートル、らんらんと黒光りする両目を取り囲む黒い斑点が特徴的だった。
鋭いかぎ爪を振り上げ、俺に向け振り下ろす。
ガキイイイン!
剣の腹で受けたが、奴の勢いを留めるのが精一杯だ。
く、とんでもないパワーだな……。
「かわいい……」
こいつが可愛い? んなわけねえだろ!
ぐ、ぐうう。
「うおおおお」
両腕に力を込め、止まった剣を振り切る。
『もぎゃ……』
白地に黒斑点の巨大な熊が吹き飛び、背中から川にどぼーんと落ちた。
ハアハア。
「ヴィクトール兄さま、肉にするのは勿体ないです……」
「サーヤ、下がっていろ。危ない」
いつの間にか俺の真後ろまできたサーヤがそんなことをのたまう。
彼女にしては珍しく自分から俺の肩に手を乗せ、じーっと見つめてくる。
いや、そうは言ってもだな。
あの熊みたいなモンスターは、恐らくランドドラゴンより強い。
なので、簡単に手懐けることなんてできるとは思わない。
いきなり襲いかかってくるほど凶暴なモンスターだから、放置するのも難しいだろう。
水面から再び顔を出した白黒熊はのっしのっしとにじりよってくる。
サーヤの手前、剣を振るかどうか躊躇してしまう。
その時、白黒熊は思わぬ行動に出たのだ。
奴はひっくり返って白い腹を見せ両脚をゆらりゆらりと動かす。
不気味過ぎるぞ……。動物の一部には降参の意を示す時に自らの弱点である腹を晒す者がいるという。
こいつもそうなのか?
いや、油断させておいて近寄ったところをバサリとくるかもしれん。
「兄さま、ダメです。私もう……」
「サーヤ?」
「きゅんきゅんしちゃいます」
え、ええええ。
サーヤがその場で崩れ落ちてしまった。
彼女の様子に茫然としている間にも、白黒熊が起き上がり首を下に向ける。
奴は後ろ脚をペタリと下げ、まるで乗ってくれとでも言っているかのようだった。
「どこかに俺たちを導こうとしているのか」
最大の警戒心を持って奴の白い毛に触れる。
触れられても奴は大人しいままで、頭を後ろに向け顎を上下させてくるのだ。
いいじゃないか。
竜が出るか蛇が出るかここは一丁、こいつの思惑にのってやろう。
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