第16話 止まれと
「い、いいんですか、乗っても?」
「乗れと誘っているわけだし」
ひょいっと白黒熊にまたがってみる。
『むぎゃ』
出会いがしらの時と異なり、小さく声をあげる白黒熊。
鳴き声には興奮したものはなく、俺たちを受け入れようとしているのだと感じ取れた。
「サーヤ、何しているんだ?」
「兄さまが、良いと言ったじゃないですか!」
サーヤは白黒熊の背中に顔をうずめすりすりしつつ、両手を彼? の毛皮の中にうずめぺたーっと張り付いている。
普段、どちらかといえば凛とした彼女なのだが、完全に頬が緩み目じりも下がりきっていた。
そんなにこいつが気にいったのか。
こんな生物見た事がないけど、魔物使いに聞けば何か分かるのかな……。もし街まで連れ帰ることができたら、冒険者ギルドで聞いてみようか。
あくまでついてきたらだ。俺から積極的に無理に連れ帰ろうなんて気は微塵もない。
何だかこいつ、信用できないんだよな。
有無を言わさず襲い掛かって来て、逆に跳ね返してやったらいきなり態度をガラリと変えたのだもの。
裏があるとしか思えない。
それも承知の上でこいつの背に乗るのだけどな。
でも、ま。
サーヤがこれだけ喜んでくれたのなら、何が待ち受けていても構わないか。
こいつが強敵の元に連れて行ってくれるならそれでよし。自分の仲間が大量にいる罠にハメようってのなら、それもまたよし。
全員まとめてとっちめてやる。
「サーヤ。楽しんでいるところ悪いが、そろそろ行こうか」
「……楽しんでなどいません! 仲良くなろうとしていたのです」
「そ、そっか」
『むぎゃ』
鳴き声が可愛くねえ。
うきうきなサーヤの手前、どういう態度を取っていいものか迷う。
俺とサーヤの準備が整ったと判断したのか、白黒熊は下げていた首と後ろ脚をあげ大きく息を吸い込んだ。
『もぎゃー!』
無駄に大きい咆哮と共に、ふわりと飛び上がる。
って。勢いよく跳躍するのはいいが、飛び過ぎだって!
「うおおお、ぶつかる!」
川を軽々と飛び越えた俺の視界に崖が迫ってくる。
そこで体を傾けた白黒熊は、崖を後ろ脚で蹴り更に高く跳躍した。
続いて白黒熊はジグザグに崖を蹴り、ついに崖の上にまで到達してしまったのだ。
「俺たちを乗せたまま、こんな動きができるとはやっぱりこいつかなりのパワーがあるな」
「でも、兄さまにはかないません。うふふ」
「お、おう……」
「凛々しい兄さまと愛らしいこの子と一緒なんて、サーヤはもう倒れてしまいそうです」
「頼むから気を確かにしてくれよ……」
馬と違って上下の動きが激しいから、しっかり掴まっていないと振り落とされてしまう。
こいつは素人を乗せるべきじゃあないな……。
怪我人なんて乗せてしまったら、酷いことになりそうだ。
崖の上に降り立った白黒熊はどうだと首を後ろに向けて「むぎゃー」とか鳴いた。
めんどくさいやつだな。さっさといけよ。と心の中で呟きながら、しっしと手を振ったら突然走り出しやがった。
木々が生い茂る悪路だというのに、馬と同じくらいの速度で走る白黒熊は、たまに幹を蹴って枝を蹴ってと激しい動きで駆ける。
グルグル回る視界と上下左右に胃が引っ張られることで、気持ち悪くなってきた。
「サーヤ、俺は降りて走る。荷物だけ持っててもらってもいいかな」
「モンスターに警戒して、ですか? 確かにこの子に掴まっていると両手が塞がります」
「安心してくれ、何か来たら俺が必ず撃退するから」
「はい! しかと張り付いておきます!」
どうやらサーヤは平気らしい。
ダイダロスの時に、スレイプニルという馬のようなモンスターに乗ったことがあるけど余り気分のいいものじゃあなかった。
俺は根本的に騎乗が好きじゃあないみたいだな。
自力で走った方が早い事の方が多いしさ。空を飛ぶなら話は別だけど。
白黒熊はさすがに飛べないだろうから。
「よっと」
白黒熊の背を蹴り、奴と同じようにアクロバティックな動きで並走する。
ちょうどいい運動になりそうだぜ。荷物も気にしなくてよいしさ。
◇◇◇
あっという間に密林を抜け、切り立った山脈に突入。
道なき道を蹴り上がり、斜面を駆け上がる。
きっと立ち止まって振り返ったら、密林が一望できるのだろうなと思いつつも白黒熊と共に進む。
お、ようやく平地だ。
草木一本生えていない岩ばかりの場所だったけど、よくよく見てみたら急斜面だけじゃなく普通に歩いて登ることができそうな細い道もあるじゃないか。
ま、まあ、大幅にショートカットできたからいいのか?
すとんと地面に降り立ち、ふうと息をつく。
しかし、白黒熊は止まらない。
え、ええええ。ここは一旦休むところじゃねえのかよ。
せっかくのだった広い何もない平面なのだから、もう少し落ち着け……っておいていかれる。
こ、こいつめ。
「待ちやがれ!」
『もぎゃー』
白黒熊を追っかけていたら、不自然なくらい大きな岩が道を塞いでいた。
「待て! その岩」
聞くわけねえか。
白黒熊はどうなってもいいが、サーヤが乗っているんだぞ。
岩まであと15メートルほどの距離まで白黒熊が迫った時、突如大きな岩が震え岩で包まれた首と尻尾がにょきっと出てきた。
ガアアアアアアアア!
物凄い咆哮をあげ、大岩が体を揺する。
小さな岩……といっても一抱えほどある岩が高く飛び上がり、降り注いできた。
一方、大岩だったものは脚が生え、首が伸びて頭となり、大きな口を開けている。
全長七メートルにも及ぶ大岩だったものは、竜のような形に変わっていた。
「ランドドラゴンだ! 止まれ!」
『もっぎゃああああ!』
あいつ、あのままランドドラゴンへアタックするつもりかよ。
だから、サーヤが乗っているんだってば!
ち、ちいい。
長剣を抜き放ち、瞬時に集中状態に入る。
意識は内へ内へと向かっているが、体は自然と動いていた。
白黒熊を追い抜き、駆け抜ける勢いを持ったまま剣を振り上げる。
ランドドラゴン、俺は見えているぞ。
赤い線が!
「剣技 第一の理 流し斬り!」
水が高いところから低いところに流れるがごとく、流麗に驚くほど自然な動作で長剣が赤い線に吸い込まれて行く。
導かれるように赤い線をなぞった剣筋は、終点まで一気に奔り抜けた。
「完全に……入った」
悲鳴をあげることもできず、赤い線に沿って真っ二つに分かれたランドドラゴンはそのまま地面に崩れ落ちる。
余韻に浸るでもなく長剣から手を離した俺は、くるりと真後ろに体の向きを変え腰を落として両手を前に突き出した。
むぎゅうう。
追いついてきた白黒熊の顔を両手で押さえ、その場に押しとどめる。
「とまれと言っているだろ!」
『うぎゅう』
可愛い声を出そうとしても誤魔化されないぞ。
サーヤの全身からお花畑が広がった気がしたが、俺は見ていない何も見ていないんだからな。
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