底辺魔法使いの伯爵家長男は「剣聖」の記憶を思い出し最強に~流し斬りで全てを打ち砕く~

うみ

第1話 流し斬り

「お、おい! 兄ちゃん! 悪いこたあ言わねえ、逃げろ!」

「剣なんて持って……自殺志願者か……肉壁にもなりゃしねえ」


 背には身の丈ほどもある黒色の長剣を携え、真っ直ぐ前を見据える。

 逃げ惑う人々から口々に俺へ向け、野次が飛んできた。

 心配する者、小ばかにする者。

 しかし、誰もが皆、足を止めず災厄から必死で逃げていた。

 向かう先は、聞かずとも分かる。

 禍々しいまでの瘴気を体全体で感じるからだ。

 

 修行を終え、久方ぶりに故郷の街へ戻ってきたと思ったらこれなんだから、運が悪いったらもう。

 いや、逆だ。俺は非常に「ついている」。

 愛した街を守ることができるのだから。

 逆向きに進んでいるからか、人の群れにぶつかりそうになり中々速度をあげることができない。

 傍らにいる相棒の少女もまた秀麗な眉をひそめ、人並みをかきわけ俺と離れぬようついてきてくれていた。

 

 街の大通り、周囲の民家に被害はない。

 大通りから右手に折れたところで、燃え盛る一角が見えてきた。

 その手前で豪奢なローブをまとった魔法使いの集団が杖を構え、必死の形相で障壁魔法を連発しているところに出くわす。

 

 肩にある百合の花の紋章を見るにお抱えの魔法使いたちだな。さすが天下のノイラート家が抱える魔法使いたちだ。

 これほど禍々しい瘴気に当てられながらも、敵を進ませず持ちこたえているのだから。


「ヴィクトール様ではありませんか!」

「ヴィクトール様! 魔法の使えないあなた様が出る幕などありません。それに、気でも触れたのですか? その長剣……」


 魔法使いたちの物言いに傍らにいる少女がキッと目を細め、真っ直ぐに伸びた長い銀髪を揺らす。

 彼女はそのまま何か言おうとするが、右手をあげそれを制した。


「サーヤ。いいんだ。時間が惜しい。君は被害が広がらぬよう、彼らと協力して防壁を張ってくれないか」

「ヴィクトール兄さま、私もご一緒いたします!」

「気持ちは分かる。だけど、街が炎の渦に包まれでもしたら事だ。俺たちの愛す故郷だろ」

「む、むう。承知いたしました。ですが、絶対に無事に戻るとお約束ください」

「もちろん」


 軽く右手をあげると、俺たちのやり取りを聞いていた魔法使いたちのリーダーらしき優男が声を荒げた。

 

「お戯れもほどほどに。無能の烙印を押され隠棲したのでしょう? とっとと、お下がりなさい」

「第六階位が五人、第五階位が十人で何とか敵を押しとどめているのですぞ!」


 まくしたてるようにもう一人の魔法使いも乗っかってくる。

 対する俺は涼しい顔で彼らの間を押し通る。


「このまま半日以上粘ることができるとも思えない。危急を知らせ転移魔法で大賢者が来るまでもたないだろう?」

「く……それは。仕方なかろう! まさか、災厄級モンスター『リッチ』が突如街に転移してくるなど、誰も想像できぬものだ!」


 優男は丁寧だった口調も無くなり、吐き捨てるように俺を睨みつけた。

 俺に当たっても何も変わらないだろうに。

 

「お、おい! 待て」


 肩を掴もうとした優男の手をひょいっと躱し、一息にスピードを上げる。

 

 ◇◇◇

 

 いた。リッチだ。

 漆黒のローブをまとった人型の骸骨が大きなルビーがはめ込まれた杖を持ち両手を上に掲げていた。

 彼我の距離は僅か三十メートル。

 奴の周囲は元がただの地面だったとは分からぬほど、濁った紫色の瘴気で包まれ大地の様相を変えていた。

 このまま放っておくと、ここからアンデッドが幾匹も出てきそうなほどに。

 奴に寄れば寄るほど、禍々しい気が全身を痛いほど叩いてくる。

 常人ならば、この気に当てられるだけで気絶してしまうことだろう。

 さすが、アンデッドの中でも最高位に在る魔導王リッチ。

 かの者の魔法は人では到達できない領域にあるという。実際のところ、そんなことはないのだけどな!

 ほんのごく僅かではあるが、魔法対決で太刀打ちできるものもいるだろう。さっき話に出た大賢者みたいな者ならば。

 

 それはそうとこの気配……

 ――懐かしい。

 何度味わったか。このビリビリとくる痛いまでのプレッシャーを。

 自然と口元が釣りあがり、昂る心の内そのままに長剣をゆっくりと抜き放った。


「行くぜ!」


 体内に巡らせた魔力を加速、加速、更に加速!

 爆発的に高まった魔力は体の周囲に白いオーラとなって湧きだし、再び自分の体に吸収されていく。

 

『忌々しき、剣士……。協定を結び、全て滅したと思っていたが、まだ残っていたのか。口惜しい、口惜しい、憎い、憎い!』


 独特な魔力の流れに気が付いたのか、ギリギリと歯を鳴らしたリッチの虚ろな眼窩に赤い光が灯る。

 呪詛の声を吐きながら、リッチは「構え」の姿勢に入ろうとしていた俺に向け杖を振るう。

 

『エイスマジック ダークスフィア』


 杖から半月型の黒い光が飛び出し、真っ直ぐに俺へ向かって飛んでくる。

 対する俺は構えた身の丈ほどある黒い刀身が特徴的な長剣を無造作に振るう。

 

「剣技 第三のことわり 弧月こげつ!」


 体に溜め込んだ気合を外へ吐きだすと、剣先から三日月型の黄色く輝く斬撃が射出される。

 飛び道具には飛び道具ってな!

 自分の斬撃を追うように唸るような風音を立てながら、駆ける。

 次の瞬間、黒と黄色の光がぶつかり合い、ぴいいいいんという音を立てお互いに消滅した。

 

『忌々しい。我が至高の魔術を……美しい魔法を……汚らわしい剣士め!』

 

 ギリギリと煙を立てそうなほど奥歯を鳴らしたリッチは、怖気の走る低い昏い声で呪文を紡ぎ始める。

 だが、もう遅い。

 侮ったな。剣士を。

 奴は俺との距離を取るべきだった。ダークスフィアなど唱える暇があれば、障壁の一つでも出して宙に浮かびあがりでもすればよかったのだ。

 リッチは高位の魔法使いである。

 それ故、自らの魔法に絶対的な自信を持っているのだろう。

 その慢心が、致命的な隙となるんだぜ。

 

 ――見えた。

 漆黒のローブの頂点から奔る「赤い線」が。  

 間合いに入った俺は、すうううっと全身を脱力させ、長剣を上段に構える。

 

『……な、何だと! この速度……そして……お前、「見えて」いるのか! ま、まさか……「剣聖」……!』

「剣技 第一のことわり 流し斬り!」


 振り上げた長剣を振り下ろす!

 水が高いところから低いところに流れるがごとく、流麗に驚くほど自然な動作で長剣が赤い線に吸い込まれて行く。

 導かれるように赤い線をなぞった剣筋は、終点まで一気に奔り抜けた。

 

『グギャアアアアアア!』

「完全に……入った!」


 赤い線を中心として真っ二つに割かれたリッチは、左右に別れ地面に崩れ落ちる。

 ゴロンと乾いた音を立てた奴の体から黒い煙があがり、消滅していく。

 

「ふう……」

 

 大きく息を吐いたところで、頭から血の気が引きグラリと頭が揺れてしまう。

 ぐ、ぐう。

 まだまだ修行が足りんな。二連発しただけで、もう体の中の魔力が悲鳴をあげているじゃあないか。

 揺れる視界の隅に息を切らせながら走る銀髪の少女が目に映る。

 

「ヴィクトール兄さま!」

「こら、サーヤ。待ってろって言っただろ」

「リッチの気配が消えましたので!」


 銀髪の少女ことサーヤが俺の肩を背伸びして自分の肩を押し付けて支え、俺が倒れぬようにしてくれた。

 続いてやってきた魔法使いたちは、剣でリッチを倒した事実を受け入れられないのか茫然として表情が抜け落ちている。

 

「俺はノイラート家の屋敷に向かう。元々ここに来たのは父上に会いにくるためだったから」

「しょ、承知いたしました。ほ、本当に、剣でリッチを?」

「杖はもっていないからね。それに、知っているだろ? 俺が無能な魔法使いだってことを」

「……そ、それは……」


 先ほどの発言もあって、何も言えなくなってしまった魔法使いの優男は、困ったように小さく首を振ることしかできなかった。

 故郷に戻ってきたのは父に俺のために用意してくれた屋敷はもう必要ないと告げるため。

 俺は魔法剣士として、強さを極めたい。そのためには、ずっと屋敷に引きこもってなどいられないのだから。

 

「兄さま、お屋敷に行った後、どうされるおつもりなのですか?」

 

 息がかかるほどの距離でサーヤが顔を上に向け、問いかけてくる。


「そうだな。まずは武器が欲しいかな。もうこの剣も限界だ」

「デュラハンの剣でも、足りませんか」

「この剣は大きいだけで、品質も良くない。次に振れば折れそうだよ」


 苦笑したところで、膝から力が抜ける。

 突然バランスを崩した俺にサーヤも対応できず、二人揃ってそのまま地面に倒れ込んでしまった。

 しっかし、ノイラート家から放逐されて一年か。

 まさか、俺がこんな風になるなんてあの時は思いもしなかった。

 世間知らずで、体力さえつけずに魔法ばかり修練していた俺が、魔法剣士になるなんてな。

 そう、あれからまだたった一年しかたっていない。

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