第2話 放逐
一年前――。
「ヴィクトール。すまんが本日をもってお前をノイラート伯爵家から除籍する」
「承知いたしました。父上」
書物が壁一面に収められた蔵書部屋とも思わせる執務室に呼び出された僕は、父よりそう告げられた。
父に対し悔しさも、まして怒りなんて微塵もわいてこない。
逆だ。僕の胸には悲しさがこみ上げてくる。
だって、父の顔がこれまで見た事がないくらい苦渋に満ちていたのだから。
何か言わなければ、と思うが中々言葉が出てこない。
「あ、あの。父上」
「ノイラート伯爵家は魔術の名門。芽の出ぬお前をこれ以上置いておくことはできぬ」
「……父上」
「生活の心配はせずともよい。領地の外れにはなるが、住処は準備している。行くがいい」
違う。父上が悲しむことなんてない。
自分がふがいないばかりに。彼が苦しむことになってしまった。
言おうと思った。だけど、事務的に事を告げる父に対し何も言う事ができなかったんだ。
「失礼いたします。明日。すぐに出立いたします」
深々と頭をさげ、踵を返す。
扉口で立ち止まった僕は面と向かって言えなかった言葉を。
父に。
「父上。ありがとうございました」
ガチャリ。
扉を閉め、父の執務室から外に出る。
「兄上。いや、もう兄上ではないのですね」
扉の外で待ち構えていたのか、長い金髪に涼し気な顔をした長身の男が僕を呼び止める。
「はは。ジェラール。お前ならノイラート伯爵家も安泰だ」
「任せておいてくださいよ。ヴィクトールさんと違って、私はもう第四階位まで使いこなせます」
「僕は第二階位がせいぜいだ。ジェラールなら第七階位さえも極めることができると僕は信じている。頼んだよ」
「本当にあなたは私の兄だった人なのですか。魔法の能力は血が色濃く反映されると聞きます。それがあなたほどの『落ちこぼれ』なぞ、学園でも早々いません」
細い眉を寄せ憎まれ口を叩く弟のジェラール。
対する俺は彼にそっと微笑みかけ、スタスタと彼の横を通り過ぎる。
「達者でな。お前に全てを任せてしまってすまない」
「兄上……兄上はやはり私にとって兄上です。どうかお元気で」
ジェラールを通り過ぎてしまって確認できないけど、きっと肩を震わせているのだろう。
ジェラール。我が弟よ。お前なら父上に並ぶ、いや、凌ぐ才能を持っている。
すまないが、任せたぞ。そして、これまで不甲斐ない兄がいたことで苦労をかけたな。
◇◇◇
ノイラート伯爵家を出てから半年が過ぎようとしていた。
領地の外れに屋敷をあてがわれた僕だったが、特に不自由なく暮らすことができている。
こちらに来てからも魔法の練習をしているけど、結果は芳しくない。
座学と実習を繰り返しても、やはり魔法が発動しないんだ。魔法学園を卒業してもう四年も同じことを繰り返しているから、今更どうにかなるものでもないと思っている。それでも、やはり、諦めきれないんだよなあ。これでも他のことには目もくれず、ずっと魔法の修行に時間を費やしてきたんだけど……。
このままここで何もせぬままでいるというのは余りに不甲斐ない。
だけど、現実は非情である。
庭にある大きな木の下で座禅を組んだままの姿勢で、「はあ」とため息を吐く。
そこへスカートの短い白と黒のメイド服を着た少女が顔を出す。
すっと通った鼻頭と涼やかな目元も魅力的ではあるが、銀色の真っ直ぐに伸びた長い髪が特に目を引く。
大きなバスケットを右手に下げた彼女は、上半身を前に倒し、にこやかに僕へ向かって笑いかける。
「ヴィクトール兄さま。ずっと修行を続けられてはお体に障ります。休憩にいたしませんか?」
「サーヤ。君こそずっと働いてくれているじゃないか。休まないと。家事なら僕だってできるのだから」
「ヴィクトール兄さまは私からお仕事を取り上げなさると言うのですか!」
うるうると涙目になられたら、何も言えないじゃないか。
サーヤは元々侍女としてノイラート家に出仕していた。彼女はメイドではなく侍女である。それもノイラート家の。
然るべき日数経過後は自家に戻ることになっていたんだ。
それが、ノイラート家の人間ではなくなってしまった僕に付き従ってくれている。
なので僕とサーヤはご主人様と侍女じゃあなく、同居人という関係性であるべき。
それが、彼女ばかりに家事を任せているとあっては、余りよろしくないだろ。
「ハウスキーパーを全て父の元に送り返したのがいけなかったなあ……」
「このお屋敷でしたら、私一人で十分です」
「ま、まあ。食べようか」
「はい!」
サーヤが持つバスケットに目をやると、彼女はふわさと布を地面に敷きその上にバスケットを置く。
どうやらバスケットの中身は野菜と肉をパンで挟んだもののようだな。
もしゃもしゃ。
「うん! おいしい!」
「ありがとうございます。ヴィクトール兄さまは本当においしそうに食べられるので、作り甲斐があります」
「そ、そうかな。はは。さて、食べて元気が出たところで」
「修行を再開されるのですか? ヴィクトール兄さまの色は特殊です。急がば回れとも言うではありませんか」
「だな。たまには散歩でもしようか」
「はい。ご一緒いたします!」
バスケットを片付けたサーヤはパタパタと屋敷に戻っていく。
彼女の言う通り、僕の『色』はあまり見ない。
人はそれぞれ魔力の色を持って生まれてくる。サーヤはスカイブルー。ジェラールはオレンジ色といった風に。
ところが僕の色は「無色」だったんだ。
色がないということは指向性がなく、魔法を発動させる時に取っ掛かりがなくなってしまう。暗闇の中に手を伸ばすのと、一筋の光に向かって手を伸ばすのでは難易度が変わるといったら分かってもらえるだろうか。
「お待たせいたしました!」
「走らなくて、ゆっくりでいいからー」
遠くから声を張るサーヤに向かって、僕も同じように大きな声で返す。
二人並んで屋敷から出て一本道を進んで行く。右手には畑。左手には牧場とノンビリと風景が広がっている。
僕の住む屋敷は村はずれにあり、土を踏み固めた真っ直ぐな道を進んで行くと村の中央広場まで行くことができるのだ。
中心部といっても200人くらいの人しか住んでいない小さな村だ。すぐに村の中央広場までついてしまう。
本当にのどかな村で、ここにきてから一度たりとも事件らしき事件を目撃したことはなかった。
ところが――。
ぶもおおおおお!
牧場の柵に体当たりをした暴れ牛が突如道に侵入して来たかと思うと、真っ直ぐに突進を始めたのだ!
「サーヤ。一旦道から脇に逸れよう」
「はい」
このまま道を進んできたら暴れ牛とぶつかってしまうから。はやめに対処しておこう。
だが、見逃せない事態に気が付く。
「あ、あ……」
ペタンと地面に腰を落としたまだ幼い少年が暴れ牛を指さしながら声にならない声をあげているじゃあないか。
彼は僕たちと暴れ牛の間に陣取るような形になってしまっている。
暴れ牛は真っ直ぐに進んでいるから、ゴロリと道から脱出させしてくれれば安全にやり過ごせるのだけど……彼は動けそうにない。
どうしたものかと思う前に体が動いていた。
足先にぐぐぐと思いっきり力を込め、全力で駆け始めたものの微妙な距離だ。
間に合ええ!
「少年! 逃げろ!」
叫ぶも彼は腰を抜かしているようで首を左右に振るばかり。
ドサアアアア。
覆いかぶさるようにして少年を抱え、ゴロリと転がる。
だけど、背中に強い衝撃を感じ暴れ牛に突き飛ばされてしまった。
ガツン!
したたかに頭をぶつけてしまい、意識が朦朧としてくる。
「大丈夫か……」
「うん。ありがとう。お兄ちゃん!」
「ヴィクトール兄さま!」
遠くでサーヤの声が聞こえたような気がした。
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