第3話 覚醒
僕は一体……何だかふわふわと心地よい。空中に浮いているかのようなふわりとした感覚が眠気を誘う。
えっと、確か。
「道を極めた」のだったか、それもまた自惚れに過ぎなかったのだっけ。
巨人を斬り、邪龍を斬り、魔族も、ヴァンパイアも……全て斬り伏せた。
しかし、虚空より舞い出たただの右手に敗れたのだ。
流し斬りが完全に入ったはずだったのだが、奴に傷一つつけることができなかった。
「そう『俺』は……」
「ヴィクトール兄さま、よかった!」
あれ、俺は敗れたんじゃ。いやいやそうではない。
暴れ牛に体当たりされて、激しく頭を打ったんだった。
目元に涙をためたサーヤがヒシとベッドのシーツを握りしめ、喜びを露わにする。
「一体、僕はどうしてしまったんだ」
「二日も寝ていたのですもの。ぼんやりとなっても当然です。何か飲み物と軽食をお持ちします」
ぼんやりとサーヤの後ろ姿を眺めながら、自分の身に何が起こっているのか飲み込めていなかった。
途切れた記憶が「二つ」ある。
どちらも自分のものであることは確かなのだが、どうやらサーヤのいる方がこの肉体の方の記憶なのだと理解できた。
頭をぶつけたことで、ハッキリと思い出したんだ。
前世の記憶になるのだろうか。以前の俺の肉体は確実に消滅したと言える。敗れたあの時で記憶が途切れているのだから、あの後事切れたに違いない。
俺こと魔法戦士「ダイダロス」は戦いに敗れ、死亡し、「ヴィクトール」として新たな生を受けた。
そして、今、ダイダロスの時の記憶を取り戻したのである。
ガチャリ。
扉が再び開き、お盆に湯気のたつコップを乗せたサーヤが戻ってきた。
体を起こし、ベッドの上に腰かけた俺に彼女はコップを差し出してくる。
「白湯です。冷ましてはいますが、お気をつけください」
「ありがとう。サーヤ。ぶつけたところも痛くないし、もう大丈夫だよ」
ごくりと白湯を口に含み喉を鳴らす。
水だから味はしないはずなのだけど、心が温まる。彼女の思いやりがそうさせるのだろう。
思えば彼女にずっと甘えっぱなしだった。
三つ年下の彼女は大変優秀な成績で魔法学園を卒業した才女だ。それが、老人が余生を過ごすような屋敷でずっと暮らすなんてことがあってはいけない。
彼女がついて来てくれたのをいいことに、俺は彼女の才能をここで腐らせることになってしまっていた。
そんなこととっくの昔に分かっていたさ。だけど、魔法の才が無い俺を家族以外で親しくしてくれた彼女と離れたくなかった。
無能無能と揶揄された俺にとって、彼女は癒しだったのだ。
「サーヤ」
「まだ寝ておられた方がよろしいかと思います」
彼女の名を呼ぶと、ふんわりとした笑顔を浮かべた彼女が俺にそんなことを言ってくる。
「サーヤ。今までありがとう。君は国元に帰るべきだ」
「ヴィクトール兄さま。私のことがお嫌になられたのですか……」
悲壮な顔になった彼女は目を伏せ、拳をギュッと握りしめた。
「そんなわけないだろう。魔術の才能に優れた君はここに留まるべきじゃあない。それに、俺は分かったんだ。自分ってやつが」
「分かったとはどのようなことでしょう?」
「ヴィクトールの身は魔法を使うようにできてはいない。俺はこの先、数十年研磨しようとも第三階位がせいぜいだろう。父に少しでもと思い、これまで研磨していたが、無駄だと分かった」
「そのようなことは。努力するお姿ことが尊いのです。研磨を重ねるヴィクトール兄さまに少しでもお力になれたらと、サーヤは思っているのです」
サーヤ。
そんなことを思っていてくれていたんだな。
不覚にも胸に熱いモノがこみ上げてくる。
ひたむきに研磨を繰り返すことは尊いと俺も信じている。
過去の俺……ダイダロスは三十余年の歳月をただただ自己研磨に費やしたのだから。
だけど、ヴィクトールの願いは叶わない。
できることならヴィクトールの願いを叶えたい。だけど、ダイダロスの記憶が不可能だと告げているのだ。
生まれ持った体質が魔法の限界点を決める。
限界まで能力を引き上げることで、限界点まで成長することはできるのだが、それは第三階位までに過ぎない。
魔法とは残酷だ。持って生まれた体質に加え、限界点まで引き上げる修行を行わねばならない。
どちらが欠けても魔法を極めることは叶わないのだ。
「サーヤ。俺は自分を鍛え上げることをやめるつもりはないんだ」
「ならば、何をなされるのです?」
「剣を。我が手に剣を」
力強く宣言する。
ヴィクトールの願いは叶わない。ならば、ダイダロスの願いを。
あいつに。虚空から現れた「巨大な右手」に今度こそ勝ってみせる。
あれは何かを超越した存在、長い時が過ぎようとも、必ずこの世界のどこかに「在る」。あれはそのようなものだ。
ところが、サーヤは呆気にとられたようにぽかーんと首をかしげおずおずといった調子で言葉を返す。
「剣ですか……それなら、まだ第三階位までを習得された方が」
「魔法剣士を目指す」
「魔法剣士……文献でしか読んだことがありません。本当に魔法剣士になることが可能なのでしょうか」
「なあに。俺が第四階位の魔法を習得するよりは遥かに可能性はあるさ」
サーヤの物言いからして、過去と異なり今は魔法剣士の姿を見なくなっているようだ。
ヴィクトールとなってからずっと魔法のこと以外は興味がなかったからなあ……まさか魔法剣士がいなくなっていたなんて思いもしなかった。
魔法剣士ならば、持って生まれた体質は一切関係ない。自己研磨あるのみ。
修行方法は全て「知っている」。
「魔法剣士……伝説に謳われたその力を本当に習得できるのでしょうか。王国でも冒険者でも剣はいざという時の身の備えにしかなっていません」
「やってみないと分からないさ。今からさっそく修行を開始しようと思う」
「ダメです! 本日はお休みください!」
普段自己主張をほとんどしないサーヤが珍しく強い口調で返してきた。
むううっと口をギュッと縛り、俺から目を離さぬといった様子の彼女に向けて苦笑する。
「分かった。今日は休むよ。修行は明日からにする」
「よかったです」
途端に笑顔に変わるサーヤであった。
その時、ぐううと腹の音が。
お互いに顔を合わせ、くすりと笑う。
「ははは。材料は何か残っていたかな」
「お作りしております。ここで食事をとられますか?」
「いや、ここじゃあなんだし。食事室まで行くよ」
「畏まりました。ご一緒いたします」
パンと膝を叩き、一息に立ち上がると少し頭がくらりときた。
うーん。まだ衝撃が残っているんだろうか。いや、きっとずっと寝ていたからに違いない。
そのまま数歩進んだところで、後ろからサーヤが独り言のように呟く声が聞こえてくる。
「信じます。ヴィクトール兄さまのお言葉を」
「ありがとう。突拍子もない話だったよな」
「ですが。見届けさせてください。あなた様の行く末を」
「でも、サーヤには」
「それが私の望みです。私はあなた様がこれまでどれほど努力をしてきたのかを知っています。報われずとも、清い心をもったままひたむきに。それがどれほど私にとって眩しかったか。だから、私は見届けたいのです」
「分かった」
ありがとう、サーヤ。
そんな風に俺のことを思っていてくれて。
言葉には出せずにいたが、心の中で彼女に再び感謝の言葉を述べる俺なのであった。
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