第4話 修行開始
「ぜえはあ……ぜえはあ……」
「あ、あの。これが魔法剣士になる修行なのでしょうか?」
「ぜえはあ……何事もスタミナが基本だからな……」
「魔法にも通じるものがありますね」
「魔法使い以上に体力が必要になるから……」
翌朝、朝日が昇ると共に着替えて外に出た。
朝食の前に体をあたためておこうと思ってね。これから毎日続ける予定だ。
何をって?
朝と言えば、「走り込み」だよ。起きて、走り込みをしてから朝食を食べる。これが一日のリズムを整えるのだ。
そんな訳で走っているのだけど、分かっていたとはいえ、ヴィクトールの体は貧弱に過ぎる。
魔法を覚えることに躍起になっていたから仕方ないと言えば仕方ないのだけど……。
サーヤは息も切らせず並走しているってのに、情けないったらありゃしねえ。
昨日あれだけ啖呵を切っておいてこの体たらくとは……ぐうう。
愚痴を言っても体力が付くわけじゃあない。
息を整えつつ、走る。それだけに集中しろ。
「一度、休憩をした方がよろしいのでは?」
「も、もう少し……あと二周。屋敷の周りを」
眉根を寄せて顔を向けてくるサーヤに対し弱々しくかぶりを振ることしかできない。
ええい。あと一周!
足がつりそうになってきたが、ここで止まってしまってはもう動けなくなってしまう。
別に休んでからまた走ればいいじゃないかと思うかもしれない。だけど、もうひと頑張りができないといざという時に差が出るんだ。
戦いとは紙一重で決着することも多い。そんな時、重要なカギを握るのは集中力の最後のひとかけら。
最後まで集中力を切らさず、最善の行動を取り力を出し切る。
これが出来なければ、同格どころか格下の相手にだって遅れを取ってしまうのだ。
あと一歩だけでも前に。なんて、とても小さくくだらないことに思えるかもしれないけど、こうした何気ない小さなことが大事につながると俺は思っている。
「よ、よし」
走り切った。
その場で倒れ込んでしまうが、重い体を起こし両足を前に投げ出した姿勢でお尻を地面につける。
痙攣し始めた脚をブラブラと揺らし、何とか元の状態を保つことができた。
続いて大きく息を吸い込み、吐きだすことを繰り返しようやく息が整ってくる。
「ぶはー」
「お水をどうぞ」
「ありがとう。生き返るよ」
用意の良いサーヤが桶で水を注ぎ、コップを手渡してくれた。
半分ほど飲み干して、彼女にコップを戻す。
「サーヤも」
「はい。頂きます」
にこやかにほほ笑んだサーヤが残りの水をコクコクと飲み干した。
小さく息を吐いた彼女は頬を桜色に染め、はにかむ。
「水も運動の後だとおいしいよな」
「はい。ご自分がそのような状態であっても、相手を気遣うヴィクトール兄さまに改めて感激いたしました」
「ただの水じゃないか。それに気遣うならまず最初にサーヤが飲んでって言うものじゃあないかな。俺は褒めれれるようなことをしちゃいないと思う」
「窮地に陥った時、疲れ切った時ほど、人は本来の姿を見せるものだと思っています。ヴィクトール兄さまはきっと……」
とても気になるところで言葉を切ったサーヤは虚空を見上げ、コップをギュッと胸に抱く。
彼女の真摯な眼差しを見ていたら、これ以上彼女に聞くのも野暮だと思い俺も彼女のように空を眺めることにしたんだ。
空の青さはダイダロスの時と変わりはない。風も、鳥の囀りもまた同じ。
だけど、心が穏やかになるはずの空の景色は何故か俺の不安を掻き立てる。何故なのかは分からない。
ひょっとしたら「アレ」が俺を観察しているのかも、などと一瞬考え心がささくれ立つがすぐに違うだろうと思いなおす。
何故なら、俺は歯牙にもかけられぬほど弱い。
話にならないほどに……。
◇◇◇
朝食後は丸太を押し、切り株を抱えては降ろす修練を繰り返す。すぐに腕だけじゃなく足腰もパンパンになってしまって膝がガクガクするが、休憩を挟んで同じことを淡々と修練を続ける。地味な訓練だけど、これはこれで筋力と体幹を鍛えるのによいのだ。
もう少し慣れてきたら岩も使おう。
合間合間に木の枝にぶら下がって懸垂も実施。情けないことに三回体を持ち上げたところで、枝から手を離してしまった。
昼食後は庭にある大木の下であぐらをかき、目をつぶって体の中に魔力を巡らせる座禅修行だ。
「これは集中力を高める訓練ですか?」
隣で正座したサーヤが片目を開け、問いかけてくる。
彼女に向け頷きを返しつつ、目を閉じたまま言葉を返す。
「集中力はもちろん。魔力を体に巡らせ、慣らす。ここまでが第一段階だ」
「魔力を巡らせる、ことは魔法使いと同じですね。以前のヴィクトール兄さまもやり方は違えど、同じことをされていました」
「うん。サーヤも知っている魔法学園で教えてもらえる手法だな。第一段階はあれと一緒。意識を体の内に内へと持っていく。あぐらをかくのも自分がやりやすいからに過ぎない」
「第一段階となりますと、第二段階もあるのですね」
「うん。そのための大木の下なんだ。サーヤならもう第二段階に入れるかもしれない。でも、明日まで待って欲しい。今日中に俺も準備を整えるから」
「楽しみにしておきますね」
屈託なく笑うサーヤには俺の事を微塵も疑う様子が感じられなかった。
ヴィクトールは余り世間のことを調べず、魔法学園で習った修練方法を繰り返していたんだ。
だから、俺の今のやり方が現在一般的であるかは不明である。
サーヤの言葉から察するに、たぶん……奇怪なやり方なんだろうなと思う。
それでも彼女は俺のやり方を信じてくれている。
たった一人でも、こうして信頼してくれている人がいるだけで、こうも落ち着くとは不思議なものだ。
ダイダロスの時に三十余年、同じ修行を繰り返していたけど、あの時は不安で不安で仕方なかった。
本当に俺は強くなれるのかと。
あの時もこうして信じてくれる人がいてくれたのなら、結果も少しは違ったのだろうか。
いや、今、過去の自分を振り返っても詮無き事。
ダイダロスは自分の信じた道を貫き、最後敗れはしたものの竜さえ斬ったじゃないか。それでいい。
大きく息を吐き、吸う。
集中力の高め方は人それぞれだけど、俺の場合は深呼吸をすることで深く深く自分に入っていくことができる。
肉体や魔力についてはヴィクトールの体を鍛え直さないと何ともできないが、精神の問題ならば話は別だ。
「慣れ」さえすれば、すぐに適応することができる。
よし、入った。
極限まで集中力を高めると、体の隅々まで細い血管の先端まで魔力が流れていることを知覚できるようになる。
今日は「魔力の巡り」を隅から隅まで把握することに務めるつもりだ。それと同時に自分の中にある魔力量もミリ単位、いやもっと微細な量まで確認する。
「よし」
一時間ほど集中したところで、ぐっと拳を握りしめ立ち上がる。
俺の突然の動きにピクリと肩を震わせたサーヤが目を開き、俺を見上げてきた。
「もう良いのですか?」
「座って体を休めたことだし、走り込みをしてくるよ。サーヤはこのままで」
「しかし、驚きました。失礼かと思ったのですが、つい気になってしまい、ヴィクトール兄さまの魔力の動きを見ていたのですが……感激いたしました!」
「そ、そうなのかな」
「はい。これほど流麗に魔力を巡らせる方を私はこれまで見たことがありません。ヴィクトール兄さまは魔法を使う才能がないとおっしゃいましたが、これだけ魔力の扱いに長けていらっしゃるのでしたら、上を目指せるのでは、と」
「いや、魔法を使うことは難しいよ。それはサーヤに任せてもいいかな。君ならきっと」
「そんな……ヴィクトール兄さまの魔力の扱いに比べれば、私など赤子も同然です」
「慣れの問題だよ。俺はずっと同じことを繰り返してきたから。どれだけへたくそでも多少はうまくなる」
はははと白い歯を見せ、親指を立てる。
そのまま彼女と目を合わせぬまま、駆けだす俺であった。
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