第5話 念願の斧を手に入れたぞ
「ぶはあああ」
本日二度目の走り込み完了……。き、きつい。
足がガクガクで生まれたての小鹿のようになってしまっている。いや、この表現は小鹿に失礼だな。
しかし、足がダメなら腕や腹筋、背筋、首回りだって鍛えることができるのだ。
大き目の石を持って腕をゆっくりと上下に、木にさかさまにぶら下がることはまだできないので地面に寝そべり腹筋を。
脚のシビレが回復してきたところで、足腰を鍛えるために丸太を押したり……そんなことをしているとあっという間に日か陰ってきた。
「ヴィクトール兄さま」
「だな。そろそろ終わりにしよう。最後は走り込みだ」
「お付き合いいたします」
筋力を鍛える修行は俺の傍でペタンと座り静かに見守っていたサーヤだったが、これには付き合うと申し出てくれた。
三度目となるのに彼女はやはりまるで息を切らしていない。
ぜえはあ……自分で考えていた以上に貧弱な体にめまいがする。気持ちの上でも物理的にも……。あ、ちょっとオーバーワークだったかも。
って、んなわけあるかあああ!
予定していた修行項目の半分もこなせていないじゃねえか。とにかく走り込みを中心に体力をつけないと話にならん。
これじゃあ、剣を二振りしたら息があがって、となりかねんぞ。
◇◇◇
――二日目 昼下がり
無理して二回目の走り込みに行ってしまったのがまずかったな。せっかくサーヤが昼食を作ってくれたというのに、ぐばあしそうになってしまった。
気合で水と共に飲みこんで事なきを得たのだけど。
腹も膨れたところで、大木の下であぐらをかき座禅修行を開始する。
「昨日はただ座っているだけだったけど、今日からはちゃんとした座禅修行をやるよ」
「魔力を巡らせることだけでも、十分練習になりますよ」
「魔力を巡らせることは確かに全ての土台となるから魔法剣士にとっても、必要不可欠だ。ここが不十分だと上から何を積み上げてもうまくいかない」
「そのために『一日待って欲しい』でしたよね」
「その通り。待たせてしまって退屈だったろう。本来の座禅修行は体に痛みを伴うこともある。魔法使いにとっても良い修行だと思うのだけど、サーヤは痛みを感じたら無理せず力を緩めるようにして欲しい。サーヤは魔力の扱いに長けているからその辺はうまく調節できると思う」
「いえ、こと魔力の扱いに関して言えば、ヴィクトール兄さまの方が」
「それは買い被り過ぎだよ。よっし、じゃあ、やり方を説明しよう」
あぐらをかいたまま、隣で正座するサーヤに向けて説明をはじめる。
「人は呼吸や食事によって体内に魔力を取り込み、魔力を蓄える。リラックスしている時ほど魔力を取り込みやすくなる」
「はい。ですので睡眠状態である時が最も魔力が回復いたします」
「人それぞれ魔力量――MPと呼ばれる体内に蓄積できる魔力量の限界値があって、それ以上の魔力を体内に溜めることができない」
「はい。MPが全快ですと、それ以上の魔力を取り込むことができず取り込んだ分だけ体から魔力が流れていってしまいます」
ここまではヴィクトールとダイダロスの知識は一致していた。
座学でも優秀だったサーヤも、この辺の基本はちゃんと抑えている様子。回りくどいかもしれないけど、認識齟齬がないように最初から説明することにしたんだ。
「体の成長、魔法を使い続けること……なんかでMPは少しずつ増えて行く。しかし、自然な増え方では元々MPの少ない者だと全然足りない。魔法剣士は魔法使い以上にMPが要になるので、MPを無理にでも増やさないと戦うことすらできなくなってしまう」
「座禅修行でMPを……? そんなお話、聞いたことがありません!」
両手を胸の前で組んだサーヤが恋焦がれる乙女のように頬を染め、目を輝かせる。
「『魔力のオーバーフロー』。体のどこか一点に魔力を集中させ、バルーンを膨らませるかのようにぐぐぐぐっと押してやるんだ。すると、魔力を入れる器というのかな。目に見えないけど、体内にあるMPを溜める器を無理やり膨らませるんだ」
「そんなことが……?」
「膨らませた状態で保つ。次はもう少し膨らませる。深呼吸して魔力を取り込みながら。それだけじゃあ吸収が追いつかなくなってきたら、今度は大地から魔力を取り込む。こうすることでMPを急速に増やすことができるんだ」
「夢のような修練方法ですね!」
「といっても、限界点はある。限界点まで鍛えたら、後は自然に任せる方法しかない。つまり、魔法を使ったり、することだね」
「素敵です! ヴィクトール兄さま。さっそく試してもよろしいでしょうか?」
感極まった様子のサーヤは俺の返答を待たず目を閉じ集中状態に入ってしまった。
今の説明だけで実行できるのか疑問ではあるが、できないようだったら聞いてくるさ。俺は俺の修行を行わねば。
せめて
◇◇◇
――二ヶ月後。
毎日修行を続けること二ヶ月の時が過ぎた。
修行というものは始めた頃は「キツイ」「辛い」だけなんだけど、そのうちそれにも慣れてくる。
体力もついてくるから、以前より疲れなくなってくることも大きい。次にやってくるのは慣れからの惰性だ。
数年続けていると、飽きや惰性さえもなくなり無心で完全な動作をすることができるようになってくる。
だけど、今回はダイダロスの時とは違う。
やはり、一人でするより二人でする修行はそれらの負の感情が和らぐ。いやむしろ、充実感さえ覚えるのだからサーヤの存在は非常に大きい。
といっても、まだ最初の「キツイ」を通り越してさえいないんだけどね。
まだ一日の修行項目をこなせてさえいないから……。
「ぜえはあ……」
「はあはあ……」
全力疾走をするとすぐに息があがってしまった。
サーヤも俺と同じように息を切らせているから、やり過ぎたかもしれない。
まだ朝一の走り込みでこの後もあるというのに。
だけど、今日はいつもの屋敷周回じゃあなくて、俺の館と村の中央を挟んで反対側にある木こりのおじさんのところに顔を出している。
簡素な丸太小屋の扉をトントンと叩こうとしたら、先んじて扉が開く。
「ヴィクトール様。こちらからお伺いすると言ったではないですか」
「い、いえ。せっかく譲っていただくのです。こちらから馳せ参じるのは当たり前のことです」
「本当にあなたは貴族様らしくないですな! 使い古した斧で本当によろしいので?」
「はい。両手で構えることのできる武器であれば。ただの棒よりは断然修行になります!」
「修行……ですか。最近東の山が物騒になってきたと噂を聞きます。村の魔法使いも戦々恐々としておりますぞ。ヴィクトール様もお気をつけてくだされ」
「ありがとうございます!」
木を切るためのフォレストアックスと呼ばれる小ぶりの刃が備え付けられた両手用の斧を木こりのおじさんから受け取り、深々と頭をさげ礼を述べる。
戻りも走って屋敷に向かい、到着したところで二人揃って大木の下に倒れ込む。
「着いた!」
「はい!」
大木の下で片膝を立てていただいた斧を眺め、目を細める。
サーヤとコップの水を半分ずつ飲んで、ようやく息が整ってきた。
ん、敷地との境界にある柵のところに見慣れない人影が三つ。
何者だろうと訝しみ、立ち上がるとサーヤも俺の後に続く。
三人のうち一人が若い女性で、一人が若い男。もう一人が中年の男だった。
彼らは旅装で、腰に杖と片手剣を携えている。
俺と目が合った中年の男は会釈して、無精ひげの生えた口元だけに笑みを浮かべていた。
しかし、彼の眼光は鋭く、この人がただの旅人ではないと感じさせる。
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