第38話 最終決戦

 サーヤの顔がいつもと違う。凛とした厳しさの中に僅かながら優しさを称えていると表現すればいいのか。

 普段の彼女は優し気でふんわりとした柔らかい雰囲気なんだ。

 

「シーシアス。私の中にいるアーチボルトとして、あなたに伝えたいことがあります」

『師匠。記憶が戻ったうそ?』

「はい。あなたは立派に務めを果たしてくれました。本当に本当に感謝しています。一番辛い役目をあなたにかしてしまったこと、本当に申し訳なく思っています」

『びばは嬉しかったんだうそ。師匠に託されて。師匠に認められて。びばはずっと師匠の背中を追っていたうそ。だけど、師匠の背中は遠く、まるで手が届かなかったうそ』

「そのようなことはありません。あなただからこそ、私は後事を託すことができたのです。あの場でグジンシーを滅ぼすことこそ至上でしたが、私の力及ばず」

『師匠。未熟なびばだったけど、務めを果たせていたうそ? 本来なら永遠にグジンシーを封印する術式を。この身を投じればできたはずうそ。師匠ならばきっとそうしたうそ』

「あなたは立派です。あなただからこそ、限られた時間とはいえ封印することができたのです。誇りなさい、シーシアス。あなたは間違いなく大魔導士なのですから」

『師匠!』


 中腰になったサーヤとシーシアスがぎゅっと抱き合う。

 愛おしそうに彼の背中を撫でるサーヤは地母神のようだった。

 シーシアス。君は本当にすごい奴だよ。心からそう思う。

 三百年の長きに渡り、グジンシーを封印し、ずっとソウルスティールを破ることができる者を探していたのだろう。

 壊れ行く自分の体を見つめながら……。

 それがどれだけ辛い事か。絶望を感じることか。俺には想像もつかない。

 間違いなくシーシアスこそ、対グジンシーの英雄である。彼がいてこそ、全ての歯車がガッチリと回ることができたんだから。

 

「シーシアス。ソウルスティールは見切った。だから安心してくれ。必ずやグジンシーを滅ぼしてみせる。奴の封印を解いてくれ」

「分かったうそ。チミと師匠をグジンシーの間に送るうそ。その後、封印を解くうそ」


 サーヤから体を離したシーシアスが右前脚をうえにあげ、力強く応じる。

 そこへずっと俺たちの様子を見守っていたミネルヴァが口を挟む。

 

「私も行こう。二人より三人の方がよいだろうから」

「いや、ミネルヴァはここで待機で頼む。ソウルスティールがミネルヴァに向けられると対処のしようがない」

「……私では足手まといだな……」

「そうじゃあないさ。万が一の時はミネルヴァ。君に託さなければならないから。一番辛い役目を負わせてしまうことになるけど……」

「封印か。術式は知っているが、封印を施すためにグジンシーの眼前に立たねばならぬが」


 ミネルヴァが封印の魔法を使うことができるってことに対しては想定内だったのだけど、条件は想定していなかった。

 それでも、彼女をグジンシーの元へ連れて行くつもりはない。

 俺とサーヤは勝つつもりでいくんだ。いくら封印術式を使うためだとはいえ、むざむざグジンシーの魔の手にかかりにいく必要なんてない。

 ミネルヴァに向け応答しようとした時、今度はシーシアスが割って入った。

 

『問題ないうそ。封印の間、そのものを閉じることができるように作っているうそ。グジンシーを外に出しさえしなければ問題ないうそ』

「分かった。遠見の魔法で俺たちの様子をみていて欲しい。俺たち二人が倒れた瞬間に封印を頼む」

「承知した。だが、封印をするつもりなんてないぞ。私は。戻ってこい。二人とも」


 ミネルヴァとがっちり握手を交わし、不敵に笑いあう。

 

 ◇◇◇

 

 浮かぶ大剣の真下五百メートルにある大きな空間。そこにグジンシーが封印されていた。

 見えない糸のようなものでがんじがらめにされた巨体が宙に浮かんでいる。

 巨体はおよそ四メートルくらい。ゴブリンのような顔をしていて口から長く太い牙が生えていた。

 肌の色は薄紅色で、頭には二本の角。角と角の間に逆立った黒い毛が伸びている。

 体に対し、手足が大きく、人間の比率に換算すると人間の手足と比べ三倍以上はあった。

 あれが俺の記憶している巨大な手……なのだろう。

 目にしてみてもハッキリとは思い出せない……。

 

「封印が解けるまで、こちらからもグジンシーからも何も手出しができません」


 俺の手を握りしめたサーヤが眉をひそめグジンシーを真っ直ぐに睨みつけながら、そう言った。

 

「俺には封印が見えない。合図はサーヤに任せる」

「はい! 最初に展開する魔法は作戦通りでよろしいでしょうか?」

「うん。魔力消費が多いだろうけど、まずやらなきゃだしな」

「はい! お任せください」

 

 サーヤが力強く頷いたその時――。


『グ、グガアアアアアアア』


 グジンシーの口から腹の底に響く重低音が漏れ、奴の右手の先がピクリと動いた。


「まだです……。いましばらく……」


 月下美人の柄に手を当てた俺をサーヤが制止する。

 続いて彼女は術式の準備を始めたのだった。

 

『ようやく、解けた。この時を待ちかねたぞ! 小虫どもめ! よくもよくも、この俺様を!』


 動けるようになったグジンシーが最初にとった行動は呪詛の声。

 長年の封印で危機感がなくなっていたのか、そもそも自分が最強だとの自負からくる余裕なのか、どちらかは分からない。

 だが、その油断の隙に行かせてもらうぞ。

 柄から月下美人を引き抜き、構える。

 時を同じくして、サーヤの術式が完成したようだった。

 

「テンスマジック アンチゲートフィールド」


 サーヤの力ある言葉に応じ、キイイインと澄んだ高い音が響き渡りガチャリと扉が閉じるような音が耳に届く。


『カカカ。小虫どもは相も変わらず涙ぐましいものよなああ! いかな転移を封じても術者が死ねば意味がないものをよくもまあ、無駄な魔力を。それでこそニンゲン。無駄なことに力を注ぐ!』

「弱い奴ほどよく吠えるってな!」

『そっちは剣士か。剣士は油断も隙も無い。だあああああいいきらいだああああ! ソウルスティール!』


 うお。前動作なしでいきなり放つことができるのか。

 今度はハッキリと見えたぞ。確かに赤い線が俺に纏わりついてきたことを!

 ゾワリと背筋が粟立ち、死ぬ直前に見るという走馬灯を幻視する。

 だが――。

 サーヤから伸びた魔力の手が、赤い線をなぞろうとするグジンシーの魔力を断ち切った!

 

『な……』

 

 驚愕し、一瞬動きが止まるグジンシー。

 その間にサーヤが俺の背に飛び乗り、彼女の体重を感じた瞬間、爆発的に加速し一直線に奴の下へ駆ける!

 すぐに終わらせてやる。


『超絶賢い俺様が、このことを予想しないとでも思っていたのか。おめでたい奴め』

 

 グジンシーが何やら囀っているが、見えているぞ。

 お前の体に奔る赤い線が。

 構わず下段に構えた月下美人を斬り上げる。

 

「剣技 第一の理 流し斬り!」

『闇より尚昏い深淵よ。束ねて出でよ。ソードバリア』


 月下美人が赤い線に到達する直前にグジンシーの魔法が発動した。

 赤い線が黒い筋に覆われ消失する。

 そのまま赤い線の代わりに黒い筋に触れた月下美人はキイインという音を立て弾かれてしまう。

 

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