第37話 見えたぞ! ソウルスティール
たっぷり一時間ほど経過したところで、ようやくサーヤが元に戻る。
布団をどーんとはいだ彼女はおもむろに「リンゴ」とだけ呟き、体を起こしたのだった。
「分かった。少し待っててくれ」
リンゴを食べたら復活するなら安いものだ。
いそいそと宿を出て向かいにある露店でリンゴを購入し戻る。ついでに、俺の分も買って帰ることにした。
宿のご主人からミルクを頂き、部屋に戻る。
「ただいまー」
「も、申し訳ありません。兄さまにお手を煩わせてしまいました」
「いやいや、これくらいならお安い御用だよ。いつも転移魔法だけじゃなく、食事までサーヤが準備してくれてるんだから」
「ではさっそく。修行開始にいたしましょうか」
「ん。リンゴで?」
「はい。テーブルの上に一個置いてください」
サーヤに言われた通りにリンゴを設置し、手を離す。
すると彼女が目で自分の隣に座るよう合図してくる。
ベッドに腰かけて修行とは、一体どんな修行なんだろう?
彼女の隣に腰かけたら、彼女は俺の膝に手のひらを添えてくる。
何と無しに彼女の手に自分の手を重ねたら、どうやらそれが正解だったようだ。
「感覚共有の魔法をかけます。星よ。この者と私を繋ぎ給え」
この呪文の文言はどこかで聞いたような。そうだ。星を束ねた剣を出した時にもこんな感じだった。
第一階位から第十階位の魔法はそれぞれファーストマジック、テンスマジックといった風に頭に階位をつける。ところが、星が何とかの魔法は階位をつけない。
階位外の特殊魔法ってことかな。剣技で言うところの奥義のような。
「兄さま。テーブルの上にあるリンゴに赤い線を奔らせていただけますか?」
「うん。赤い線を奔らせるには剣に触れてないとダメというわけかな」
失礼して立てかけてあった月下美人をサーヤと反対側に置き、柄に手をやる。
もう一方の手は俺の膝の上に乗った彼女の手に重ねた。
よし、入った。
「どうだ? サーヤにも見えるか?」
「見えます。これが赤い線……。もっと禍々しいと思ったのですが、綺麗な赤い光の線なのですね」
「うん。とてもなぞりやすいと言えばいいのかな。浮かび上がるような感じなんだ」
「では、やってみます。ソウルスティールを」
「え?」
「一度でうまくいくとは思えませんが、練習あるのみです。お付き合いくださいね」
「も、もちろんだよ」
あっさりとグジンシーの必殺「ソウルスティール」を実践するとか言うから、ビックリした。
そうか、赤い線に魔力を通すことを実践できれば、その逆もできるようになるという考えなんだな。
魔力の扱いという点では方向が違うだけだから、理にかなっていると思う。
そうだよな、うん。魔力を通すことは、ソウルスティールと同意なんだった。
彼女がずっと追いかけてきたその名をこともなげに言ってのけたことで思考停止してしまったよ……。
お、おお。
サーヤから青白い紐のような光がするすると赤い線に伸びていく。
しかし、赤い線は消えずそのままだった。
「失敗です……」
「斬ったら赤い線は消えるんだ。今のは赤い線に触れることができていないように見えた」
「もう少し魔力を込めてみます」
「うん」
今度は紐のような光こそ変わらないものの、倍くらいのスピードで赤い線に触れた。
だけど、まだらに赤い線を消すことができたものの、すぐに赤い線が元に戻ってしまう。
その日はご飯も食べずに深夜まで頑張ったが、一度たりとも成功しなかった。
しかし、繰り返すこと一週間。ついに赤い線を消すことができて、リンゴが真っ二つになって崩れ落ちたんだ。
一度成功するとさすがかつて大魔術師と言われただけあるセンスを持つサーヤである。
この後、20回くらい試したんだけど、全て成功した。
「兄さまと私が一緒ならば、ソウルスティールはもう恐れるものではなくなりました」
力強くサーヤがそう宣言する。
「俺は赤い線を見ることしかしてないけど、サーヤのお手柄だよ」
「そのようなことはありません! 二人で一つなんです!」
「お、おう」
すごい勢いでギュッと拳を握ったサーヤに対し、たらりと額から冷や汗が流れた。
ともあれ、これでグジンシーと戦う準備は整ったぞ!
奴の持っている手がソウルスティールだけとは思っていないけど、少なくとも奴とまともに戦えるだけの力をつけたはずだ!
◇◇◇
十分な休息を取った俺とサーヤは、大剣が浮かぶあの墓標へ転移する。
前回きた時と同じで、間もなくミネルヴァとシーシアスが転移魔法で姿を現した。
墓標に誰かが入ったら彼らに知らせる魔法か何かを仕込んでいるようだな。
ご主人のシーシアスが参上したことで、エンペラーパンダものっしのっしとやってきた。
途端にサーヤの顔がだらしないものになってしまう。
アーチボルトの記憶が戻ってから初めてシーシアスに会うというのに、彼女の意識はパンダに持っていかれている。
その様子に少しだけシーシアスに同情してしまった。
『チミたちがここへ来たということは、ソウルスティールを克服したということうそ?』
サーヤ曰くカワウソな見た目、シーシアス本人はビーバーという生物を模していると主張する見た目は、以前会ったときのままだった。
生きているようにしか見えないけど、これでもゴーレム……じゃなかったホムンクルスだというのだから彼の技術の高さがうかがえる。
ダイダロスの記憶にはゴーレムもホムンクルスも残っていた。だけど、ゴーレムは人型だけど、四角い石を組み合わせて積み上げたようなものだったし、ホムンクルスは精巧な人形だったんだ。
彼の高い技術をもってしても体の限界があるのだと言うのだから、驚きだよな。
ソウルスティールで魂を抜かれるという特殊事情があったから、シーシアスはホムンクルスの体を使った。
魔法使いの中には永遠の命を求める者は一定数いる。俺の知る限り、「永遠の命」を実現する魔法はない。
だが、永遠の自我を保つ方法はある。
それは、自らの体をアンデッドに作り替えることだ。
魔法によりアンデッド化した魔法使いはリッチと呼ばれるようになる。リッチは物理的に破壊されない限り、永遠の時を重ねることができた。
理論的には永遠の自我を保つことができるわけなんだけど、数百年の時を経ると精神そのものが変質してしまうことが殆どだ。
人間であった頃の精神を保つにはやはり人間の体が必要なのだろうと俺は思う。
最終的に知能こそ高いものの、生きる者を襲うそこらのアンデッドと変わらぬ精神性へ変わっていってしまうんだ。
その点からしても、シーシアスは規格外じゃあないだろうか。
彼は人間の体を捨てたにも関わらず、以前のような高潔な精神性を保っているのだから。
言葉遣いがかなり変になっていたことについては、目をつぶろう……。
「うん。サーヤ」
「……っつ! す、すいません。兄さま。つ、つい。愛らしくて」
「封印を解く前に存分に触るといいんじゃないかな……だけど、その前にパンダの主人にさ」
「そ、そうですね」
パンダに心を奪われていたサーヤがようやくごろんごろんするパンダから目を離してくれた。
可愛らしくコホンとワザとらしい咳をした彼女は、すううっと目を細めてシーシアスの方へ体を向ける。
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