第36話 し、仕方なかったんです!(サーヤより)
「兄さま!」
笑顔を浮かべ駆け寄ってくるサーヤに右腕をあげ応じる。
「サーヤ。見守っていてくれてありがとう」
「何度、青の障壁を兄さまにと思ったことか。でも、サーヤは信じていたのです。兄さまの勝利を」
サーヤが俺の元まで辿り着き、頬を上気させ褒めたたえてくれた。
彼女は両手を左右に思いっきり広げていたけど、すぐに手を元の位置に戻す。
「わがままを言ってすまなかった。だけど、掴んだよ。ソウルスティールの秘密を」
「兄さま! すごいです! 赤い線とソウルスティールに深い関係があると睨んでいたのですか?」
「うん。だから、赤い線を自分の身に受ける必要があったんだ。自分で自分に赤い線を奔らせることはできないから」
「兄さまのお考えを教えていただけますか?」
静かに頷くと、俺は彼女へ自分の推測を述べる。
「赤い線はそのままでは何ら肉体に変化を起こさない。俺やセキシュウサイの場合は赤い線を斬ることで対象を完全に滅ぼすことができる」
「はい。先ほどの兄さまは赤い線を身に受けておられましたが、斬撃を消すことで対処されておりました」
「ソウルスティールは肉体から魂を剥がす。赤い線を何らかの力でなぞった結果、魂が剥がれる事象が起こったんじゃあないかと思ったんだ。赤い線を身に受けた時、死を幻視した」
「なるほど。その考えは理にかなっていると思います。ソウルスティールは発動したが最後、どのような魔法であっても防御不可能です」
「剣であれば青の障壁などで防御可能。魔法であれば……ええと」
「一度限りではありますが、魔法の攻撃を無効化する魔法があります。ですが、それでもソウルスティールを無効化することはできません」
そらそうだよな。魔法で防御可能ならとっくに誰かがやっているはずだ。
ううむ。
となると、魔法でも物理攻撃でもない。
だが、ソウルスティールを発動するには、必ず赤い線に何らかの力を加えなければならないんだ。
首を捻る俺に対し、サーヤが半ば確信したようにギュッと右手を握りしめた。
「兄さま。私に赤い線を向けていただけますか?」
「それはさすがに……」
「きっと分かります。ソウルスティールの最後の謎が」
俺の手を取り、両手でぎゅーっと握りしめるサーヤ。
「一秒で外す。それ以上は嫌だ」
「それで十分です」
右手でサーヤの手を握り、左手を月下美人の柄に添える。
流し斬りの応用で、彼女に向け赤い線を発動。
一つ数え、すぐに解除。
ゆっくり瞬きするくらいの時間であったにも関わらず、サーヤの顔が蒼白になり指先が小刻みに震えていた。
「はあはあ……わ、分かりました。グジンシーは魔力だけを飛ばしたのです。魔力は攻撃性を持ちません。兄さまも私も自然に取り込むものなのですから」
「魔力に指向性を持たせてなぞるのか」
「はい。そのような形です」
「となると……俺が見切るのは難しいか……」
「私ならば。ですが、私には赤い線が見えません。ソウルスティールの発動準備がなされた時に赤い線が奔るはずです。そこに魔力が流される前に絶つのです」
「うーん」
腕を組み、どうしたものかと首を捻る。
俺では魔法と魔力の扱いに問題があり、サーヤはサーヤで赤い線の問題があるのかあ。
「手はあります……」
何故か頬だけじゃなく耳まで真っ赤にしたサーヤがうつむきながら言ってのけたのだった。
「おお! なら今すぐ試してみよう」
「ここでは……少し、恥ずかしいです。宿じゃあダメですか?」
「俺はどこでも」
「では、移動しましょう」
この後すぐに俺たちはサーヤの転移魔法でノイラートの街へと戻る。
◇◇◇
街外れに転移した俺たちは冒険者ギルドへ寄ることもなく、真っ直ぐ宿に入る。
時刻はまだお昼過ぎのことであった。
昼間っから宿に籠るなんて、初めてことで少し戸惑うものの、いざ部屋の椅子へ腰かけたら「なるほど」と膝を打つ。
宿屋の部屋の中というのは、存外ゆっくり話をするに向いているものだと思ったんだ。
屋敷を出て以来、ずっと根無し草で野宿か宿屋で夜を過ごしていた。こうやって昼間からゆっくりと部屋で過ごすなんて久しぶりだよ。
たまにゆっくりするのも悪くない。
なんて思いつつんーっと伸びをする俺とは対称的にベッドにちょこんと腰かけたサーヤは緊張した面持ちで両手を握りしめうつむいていた。
彼女の提示しようとしている「解決手段」とは、そこまで言い出し辛いことなのだろうか?
よし、ここは。
「サーヤ」
「は、はい!」
うわあ。とっても挙動不審になっているぞ。
「と、とりあえず。水でも飲んで落ち着こう、な」
「は、はい」
サーヤがこくこくと水を飲む、まだ飲む、あ、コップの水を全部飲んでしまった。
ちょっとこれは、ただ事じゃあないな。飲み終わった後、ため息をついているし。
「サーヤにとって、それほど大変な条件なら他の手を考えよう」
「い、いえ。そのようなことは。手段というのは、『感覚共有』の魔法なのです」
「感覚共有……?」
「はい。私の見えているものと兄さまの見えているものを共有すると言えばいいのでしょうか。物理的に目に映るものではなく、赤い線や魔力の流れといったものを感じとる力を共有するものです。口で説明しても分かり辛いと思いますが……」
「なるほど。感覚共有すれば、サーヤが赤い線を見ることができるようになるってことだな」
「はい。その通りです。ですが……そ、その。媒体が必要なのです……」
「媒体?」
「は、はい。感覚共有をするにはお互いの体液を交換する必要が……」
「俺からだけじゃあダメなのか? 今回の場合、サーヤが見えればいいわけだろう?」
「そ、それでも、だ、だい……兄さま! な、何を!」
「ん? 嫌かもしれないけど、これが手っ取り早いかなと」
ナイフを手のひらに当てようとしたところで、サーヤにナイフを持つ手を掴まれてしまった。
俺の血を飲んでもらうのがいいだろうと思ったのだが、やっぱり血を飲むことには相当抵抗があるものだよなあ。
逆に俺が飲むことは構わないのだけど、サーヤが傷つくのはいや……ちょ。
「む、むぐ」
逡巡していると、不意にサーヤの唇が俺の口に重なる。
そのまま彼女の舌が……。
「ん、んん」
「……ん……」
サーヤの唇が離れ、ささっと彼女は俺から背を向けた。
彼女の頭からはぷしゅーと湯気があがっている。
「サ、サーヤ」
「な、何も言わないでください! し、仕方なかったんです! け、決して私がく、口づけをしたいからというわけではありません。ありませんのでええ」
「す、すまない。まさか、こうくるとは思ってなくて」
「に、兄さまはい、嫌でしたか……」
「いや、そんなことは。むしろ嬉しかったけど……」
「に、兄さま……」
ずぶずぶとベッドに顔をつけふとんをかぶってしまうサーヤなのであった。
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