第32話 水着はお預け
ジュエルビーストを狩ろうと決めた俺たちだったが、意外なところで情報を持つ人物と接触することができた。
プラチナプレート用の依頼が一つあるとクレアから言われたことを覚えているだろうか。
俺はすっかり忘れていたのだけど、その唯一の依頼こそがジュエルビーストの討伐だったのだ。
依頼主はノイラート領東に位置するクバート領の領主であるクバート辺境伯だった。
有力者と接触することは避けたいところではあったが、プラチナプレートに向けた一般的な依頼であることから変なことに巻き込まれる危険も少ないはず。それ以上にジュエルビーストの情報を得ることができる事の方が大事だと判断したんだ。
クバート辺境伯は変わった物を集めるのが趣味らしく、彼に見せてもらったコレクションはそれこそゴミのような物から希少なモンスターの素材まで様々だった。俺の剣を作るためにジュエルビーストの素材が欲しかった手前上、彼とどう交渉したものか迷っていたんだ。だけど、彼が欲しがったのはジュエルビーストの背中にある七色の宝珠だけであっさり交渉が成立した。
そんなわけで、サーヤの転移魔法で大陸の最南端にあるグレートコーストと呼ばれる海岸に転移する。
行ったことある場所にしか転移できないんじゃなかったって? うん。確かにそうなんだけど、サーヤは転移だけじゃなく遠見の魔法も使う事ができる。
遠見の魔法で場所を記憶して、転移すればどこにだって行くことができるのだ。
最初から教えてくれよと思ったんだけど、彼女自身抜けていたのだから何も言えない。
「それにしても綺麗な海岸だな」
「はい!」
「水着でも着て泳ぐと楽しそうだ」
これほど大規模な浜辺はダイダロスの記憶にもない。
弧を描くようになった海岸線は地平線のかなたにまで続いている。この辺りは熱帯地域らしくサンゴの死骸元になっただろう真っ白の砂で浜辺が形成されていた。太陽の光と打ち寄せる波の音はここに立っているだけで、疲れを癒してくれるようだ。
おっと目的を忘れてそうになっていた。
サーヤもサーヤで波に目を奪われているようで、ぼーっとなっている。
「み、見たいのですか……?」
「見たいのはサーヤじゃ……」
「そ、そのようなことは」
「しばらく波を見ているのも悪くないよな。うん」
「え?」
「波を見ていたかったんじゃ?」
「は、はい……」
拗ねたようにその場で両足を抱え込むように座るサーヤ。
彼女がこのまま波を眺めていたいと思って言ったのに、どうしたってんだろう。
こんな穏やかな海にジュエルビーストが本当に現れるのかな。クバート辺境伯の調査を疑うわけじゃあないけど。
海岸で生活するジュエルビーストは海に潜っていることも多いということだし、このままここで待っているのも手だな。
問題は、グレートコーストが広すぎることだ。
モンスターの気配を感じ取れるといっても限界がある。ジュエルビーストが四魔クラスの気配を持つなら話は別だが。
んー。それにしてもそろそろ機嫌を直してもらえないものかね。
その膨れた頬っぺたを突っつくぞ。
なんて思いながら、冗談交じりに指先を伸ばしたら突如彼女がこちらに顔を向け、キッと目に力が入った。
「……兄さま。空間が揺らいでます。何か……来ます。この気配は良くない感じです」
「魔法的な何かか。俺は実体が出現しない限り感じ取れない。揺らぐということは転移魔法?」
「はい。高度な魔法を操る何者かです。ミネルヴァ様やシーシアスとは異なります」
となればモンスターか。
わざわざ転移してくるってことは狙いが俺たちである可能性が高い。
その時、海の上がゆらゆらと揺らぎ、熱風が俺たちへ吹きつける。
揺らぎの中から登場したのは威風堂々とした筋骨隆々な上半身裸の男だった。
右手に鉄の金棒を持ち、深紅の腰布にサンダルを履いたその姿は人間に近い。
だが、背中から生える炎のような小さな翼と腰から伸びる炎の尻尾が異形の者だと告げている。
炎を形どったような髪に深紅の瞳……この存在感……パロキシスマスと並ぶ。
『貴君らか。パロキシマスを破りし者は』
「アウナス……」
額に大粒の汗を浮かべたサーヤがかの者の名を呟く。
あれがアウナスか。聞いたことがある。パロキシマスや真祖と並ぶ4魔のうちの一体だったはず。
しかし、4魔のうち二体までが舞い出てきたとなると、「たまたま」じゃあなく「必然」であることは確実。
『ほう。我が名を知っているとは、なるほど。貴君らは「生まれ変わり」か』
「あなた方はソウルスティールのことを知っているのですか?」
『盟約で特に口止めされているわけではない……よいだろう。聞かせてやってもよい。だが、どちらが剣士だ? 聞きたければ答えてもらおうか』
アウナスを睨みつけ、自分だと彼に示す。
「グジンシーは剣士を恐れている、だったか。こそこそと剣士を付け回しているそうじゃないか」
『他の者は知らぬが、我は約束を守る方でな。貴君らにしても例外ではない。剣士は男の方なのだな』
「そうだ」
『女。ここで逃げるというのなら追わぬ。我は剣士を滅ぼしにわざわざここへ参じたのだからな。些事はいつでもいいというわけだ』
対するサーヤは首を左右に振り、アウナスの誘いを拒絶する。
「サーヤは俺と共にある。約束通り聞かせてもらおうじゃないか」
『いいだろう。せっかく情報を持ち帰ることができる機会を失うとは、人間とは分からぬものよ。冥途の土産に聞くがよい』
アウナスが大仰な仕草で両腕を広げ、ソウルスティールのことを尊大に語り始めた。
ソウルスティールは魂を肉体から分離させる術で、どのような者であってもあがらうことができない。
だが、魂を抜くことと滅ぼすことは別問題だという。抜けた魂は時を経て再び肉体に宿る。
魂にはその者の記憶が刻まれており、何かのきっかけで思い出すこともあるという。
彼の語るソウルスティールの仕組みはカワウソことシーシアスが予想したものとほぼ合致していた。
「ソウルスティールは回りくどいのだな。抜いた魂をそのまま握りつぶせばその場で相手を滅ぼすことができるというのに」
『それこそグジンシーの限界よ』
「随分な物言いだな。仲間じゃあないのか?」
『奴と盟約を結んではいる。だが、どちらが上も下もないのだ。盟約は守る。奴の思惑通り、剣士は滅ぼそう。我はそうでもないのだが、盟約を結んだ者たちは剣士嫌いが多くてな』
盟約はグジンシーの意思が強く働いているのか。となれば、グジンシーがアウナスを始めとした盟約を結ぶ者に何らかの餌を提示した?
ハッキリしたことはグジンシーが剣士を恐れている。自分を打倒する者だと危険視しているってことか。
だが、何故だ。
シーシアスの言葉から、グジンシーは魔法を反射するか無効化する能力がある。
『相変わらず回りくどいことね。男の矜持? ええと、戦死の矜持だったかしら。あらやだ。戦死だと死んじゃってるじゃない。アハハ』
軽薄な女の声と共に、やたらと露出度の高い服をまとった女が宙に現れた。
濃い紫色の布で体をくるんでいるが、胸と腰回り以外を覆っていない。肉感的な体躯をしておりスラリと伸びた脚が艶めかしい。
もちろん彼女は人ではない。青白い肌に真っ赤な唇から伸びる牙が俺の心をざわつかせる。
俺はこいつを知っている!
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