第31話 抱き着いちゃってごめんなさい

 朝食を片付け終わる頃、宿屋に一人の少年がやってきた。

 

「兄ちゃん! よかった! 目を覚ましたんだ!」

「あ、あの時の」

「うん。パパとママはもう……だけど、兄ちゃんに助けてもらったんだ。俺、頑張ってみる」

「おう」


 子供一人でやっていけるほど甘くはないと思ったけど、力強く頷きを返す。

 彼が立ち上がろうとしているんだ。水を差すような真似はしたくない。

 

「お、おお。英雄様がお目ざめか!」

「この子のことはご安心ください。子供を失った親、一人になってしまった子供、多数います」


 髭もじゃのおじさんと法衣をまとった優し気な中年の女性が続けて宿に入ってくる。

 彼らは孤児院を運営していくそうで、親を失った子供たちの面倒を見て行くそうだ。資金はレイティン侯爵直々に出すのだという。

 そうか、レイティン侯爵は無事だったのか。お会いしたことはないけど、壮健でなによりだ。

 

 この後、レイティン侯爵の使者から是非にとのことで彼の居城に招かれるが、またいずれということで謝絶した。

 侯爵の心中は不明だ。彼が心からお礼を申したいだけなのかもしれない。だけど、まだ権力者と接触すべきではないと思ったんだ。

 侯爵の気持ちうんぬんに関わらず、一介の冒険者と侯爵が会談したとなればよからぬことを考える輩も出てくる。

 そういう輩の相手をしている暇は今の俺にはないんだ。

 グジンシー討伐の暁には行くことができなかった非礼を詫びようと思う。

 

 というわけで城にはミネルヴァに向かってもらい、俺たちはノイラートに帰還することにしたんだ。

 サーヤの転移魔法でね。

 転移魔法は一度行ったことのある場所で記憶に残っているのなら一瞬で移動することができる便利魔法である。

 アーチボルトの記憶を持つサーヤにとって転移魔法を扱うこと自体は容易い。だけど、サーヤの時に行ったことのある場所しか行くことができないそうだ。

 それもそのはず、三百年前と今とでは地形はともかく街が様変わりしている。不用意に転移して岩の中とかだと命を落とす(とサーヤのお言葉)。

 なので、アーチボルトが覚えている風景は使えない。

 

 ◇◇◇

 

 ノイラート郊外に転移した俺たちは真っ直ぐ冒険者ギルドに向かった。

 クレアに無事帰ってきたと伝えるためだ。彼女と約束したからな。

 

 お、いたいた。いつものように受付カウンターで頬杖をつくポニーテールが。

 よおと右手をあげたところ、ガタリと立ち上がった彼女がカウンターをまたいで超えたまではよかったけど、足先を引っかけ前のめりに頭から床に突っ込んでしまった。

 そこで背伸びしたサーヤに両手で目を塞がれる。

 

「見ちゃダメです」

「サーヤはいいのかよ」

「余り良くはありませんが、兄さまが見るよりはまだ」


 何てやり取りをしていると、サーヤがようやく手を離してくれた。

 クレアといえば、見事な転びっぷりに顔を赤らめつつもパンパンと自分のスカートを叩き行き場のない気持ちを逃がしている様子。

 

「焦らずとも逃げやしませんよ、うわっぷ」

「ヴィクトールさん! ありがとう、ありがとうございます!」


 がぱっと俺に抱き着いてきた彼女は、俺の胸に顔をうずめる。

 すぐにじわりと俺の胸に広がってくる暖かな湿り気に戸惑うも、彼女が落ち着くまでそのまま待つ。

 この時ばかりはサーヤも何も口を挟んでこず、目を潤ませながら俺たちを見守っていた。


「姉さん……レイティンの冒険者ギルドから連絡がありました」

「本人からだったんですね」

「はい。よかった。よかったです。あと一歩のところで緑の蔦に巻き込まれそうなところだったそうです」

「俺じゃあなく、ミネルヴァに感謝を。彼女の聖域という魔法が緑の蔦を全て消滅させたのです」

「もちろん、ミネルヴァ様にも感謝してもしきれません。ですが、ヴィクトールさんとサーヤさんですよね。パロキシスマスを討伐したのは。誰がとまでは聞いていないのですが、ミネルヴァ様は大魔法を使われておられたのですよね。でしたら、他の方に違いありません」


 ノイラート冒険者ギルドにまではまだ情報が伝わっていないんだな。

 レイティンだと俺とサーヤが仕留めたことは周知の事実になっていたけど……ん? 冷静になって考えてみると、街の人は誰がなんて分かるわけがないんだよな。

 あの状況で誰が誰と戦っていたなんて分かるわけがない。パロキシスマスを討伐して地下から出て来た時、いたのはミネルヴァだけだった。

 あいつか、あいつが広めやがったのか。

 パロキシスマス討伐がどれだけ今後の冒険者生活に影響を及ぼすか分からないけど、その時はその時か。

 騒ぎ立てられるのは好きじゃあないんだけど、その分情報が集まるかもしれないと割り切る。

 

「あ、す、すいません。つい抱き着いてしまいまして」

「落ち着いたのでしたら、それでよかったです」

「サーヤさん、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、クレアさんが謝罪されるようなことでは」


 俺じゃあなくてサーヤに向けた謝罪だっただと。

 サーヤも当然のように返しているし……。

 それならサーヤに抱き着けばよかったんじゃあないかとか変な事を考えてしまった。


「カウンターに来てください。お二人にお渡ししたいものがあります」


 いつもの快活さに戻ったクレアはポニーテールを揺らし、自席に腰を下ろす。

 そのままカウンター下の棚をゴソゴソして二枚の白銀に輝くプレートをテーブルの上に乗せた。

 

「これはミスリル?」

「はい。ミスリルプレートになります。依頼を受けておられなかったとはいえ、今回の功績はオリハルコンプレート級です! 私はオリハルコンでと押したのですが、ギルドが慎重でして……ミスリルプレートになりました」

「ありがたく受け取らせて頂きます。ミスリルプレートなら、受けることができない依頼がなくなるのですか?」

「はい。ミスリルプレートであれば、国をまたいだ依頼もございます。数が少ないのですが、どれも超級の難易度となります」


 首からかけたプラチナプレートを外し、ミスリルプレートと入れ替える。

 更に依頼を受けていなかったにも関わらず、金貨五枚の報酬まで受け取ってしまった。

 

 これだけではない。ミスリルプレートであれば、冒険者ギルドが持つモンスター情報を全て知ることができるのだそうだ。

 なので、剣の素材となるようなモンスターがいないかどうか調べてもらった。

 その結果、杖の宝珠用であるが使えそうな素材を持つモンスターを発見することができたんだ。

 これならサーヤの杖も新調できる。彼女はもう杖を使用しないかもしれないけど……。

 

 モンスターの名前はジュエルビースト。色とりどりの宝石で体が構成された豪華絢爛極まったモンスターである。

 宝石でできて体だけに表皮が非常に硬いらしい。魔法耐性も高く、第七階位くらいの魔法でもまるで受け付けないという。

 今の俺にあるのはこの拳だけ。

 プラチナプレートクラスのモンスターだというから、何とかなるだろう、たぶん。

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