第34話 奥義 抜刀つばめ返し
生首は真っ白のぼさぼさ頭に白い髭を蓄えた壮年の男のものだった。
無念なのか、満足して散っていったのか生首からは読み取ることができない。
それにしても……この剣……。
戦闘中であることは分かっている。だけど、理性ではなく本能が俺を惹きつけてくるのだ。
薄紫の鞘に収まった身の丈ほどもある反った刀身に、鮮やかな朱色が巻かれた柄。鍔はなく、無骨で飾り気もない。
これは剣ではなく、刀だ。
『ジュウベエよ。某は確かに、お主より優れた剣士に「月下美人」を託したぞ』
生首と共に刀を放り投げた声の主が一人呟く。
そいつは額から二本の長い角が生えた鬼だった。身の丈は一メートル80くらいで鬼としては小柄な体格をしている。
それでも何も着ていない上半身はしっかりと筋肉がついており、細身ながらも内に秘められた力をハッキリと感じとることができた。
赤みがかった肌色に伸びっぱなしの銀髪。鋭い糸のような目と口から伸びた一本の牙……。
真祖やアウナスと並ぶ存在感を持つ、この男をダイダロスは知っている。
突然刀を投げてよこしたことで、アウナスと真祖もあっけに取られてしまったのか次の魔法を準備できていない。
いや、できていないのじゃあなくできないのか。大技を放った後だから、行動できないというのが正しいところか。
一方で肩で息をしていたサーヤは多少落ち着いてきたようだ。
彼女は鬼を横目でチラリと見やった後、形のいい眉をひそめた。
「見た事がありませんが、アレも4魔で間違いありません」
「うん。俺の推測が正しければ、あいつが一番厄介だ」
「それは心して挑まなければなりませんね」
「なあに。よく分からないけど、刀が手に入った」
どんな理由があったのか知らぬが、俺は託されたらしい。
だけど、本能で分かる。この刀は名品だということが。
吸い寄せられるように柄を握った俺は、一息に刀を抜き放つ。
こいつは……。
思わずため息が出てしまう。
刀身の
刃こぼれ一つない刃は、吸い寄せられるような蠱惑的な怪しい輝きを放っていた。
「月下美人」というらしいこの刀は、思った以上に素晴らしい刀だったのだ。
『ちょっと! セキシュウサイ! 何、ダイダロスに剣を恵んであげてるのよ!』
俺が刀を握りしめた段階になってようやく、真祖がセキシュウサイと呼ばれた鬼に向け金切り声をあげ抗議する。
セキシュウサイ……あの鬼の名はセキシュウサイだった。ダイダロスの記憶と合致する。
鬼の異端児セキシュウサイは、自らが最強だと示すため鬼の男をだれかれ構わず斬り捨てたという。
人間に対し中立的な立場をとっていた鬼族はセキシュウサイを追放した。
更に鬼は同族を斬りまくった彼に追手を向ける。しかし、その全てを逆に一刀の元に仕留めてしまう。
斬った、斬った、斬った。
最強を求めるために戦う。
彼の目的はダイダロスと似ていたが、その在りようはまるで違った。
彼は相手を本気にさせるため、子供であろうが斬り捨てたのだ。首を見せつけ、挑発し、斬りかかってきたところを逆に斬り伏せる。
常軌を逸した彼の行動は人間社会にまで及び、帝国を恐怖へ陥れた。
俺とは決して相容れない最強を目指した存在……それがセキシュウサイである。
彼は怒り心頭の真祖に向け、こともなげに返す。
『盟約に違反はせぬはずだが? 某は剣士を斬った。某は女狐とは違う。剣士の誇りは護らねばならぬものだ。ジュウベエはそれほど強くはなかった。だが、矜持を持つ剣士だった故、彼の遺志を伝える役目を某が承ったのだ』
『意味が分からないわ! ダイダロスに剣を持たせて、裏切りよ!』
『それは異なことを。そも、盟約に盟約を結んだ者同士がどうあるべきか、の言はない』
『うるさいコバエだこと! そんなに死にたいのなら構わないわ!』
真祖の右手に魔力が集められ、どんどん大きくなっていく。
これに合わせるかのように、アウナスも再び魔力を溜め始めた。
ち、ちいい。
幸いと言うか何というか、セキシュウサイは二メートルほどある木の棒を腰だめに構えたまま動く様子が無い。
だが、奴は奴で油断ならないんだ。
どうする? どう動けばいい?
「兄さま。護りは私にお任せください。必ず、お護りいたします」
迷う俺にサーヤが一切の迷いなく告げる。
そんな彼女の様子に迷う気持ちが冷えていく。
ギリギリまで攻撃を見極め、斬る!
そもそも俺には斬る以外のことはできない。ならばこそ、機会を逸することなく責務を果たすのみ。
『あの時、お主は見えていたのだろう? ダイダロス。今なら分かる。某も見えるようになったのだから』
『剣士なんて、寄せ付けなければ何もできないものなのよおおお! オーバードライブ・ナインスマジック デッドリードライブ』
赤黒い刃が……セキシュウサイに向かう!
言い争っていたが、まさか俺たちを置いてセキシュウサイに攻撃をするとは……。
っと、こっちはこっちで。
アウナスが操る灼熱の炎が飛んでくる。
これに対し、サーヤがアイスストームの魔法を放ち灼熱の炎に向かわせた。
ここで決める! 目標はアウナスだ!
『奥義 抜刀つばめ返し……』
「剣技 第一の理 流し斬り!」
俺とセキシュウサイの言葉が重なる。
セキシュウサイが木の棒を引っ張ると、中に仕込まれた刃が現れ斬撃が飛ぶ。
それは、真祖の放ったデッドリードライブを切り裂き、そのまま真祖をも真っ二つにしてしまったのだった。
こちらはこちらで、赤い線にそってアウナスを斬り伏せる。
真祖とアウナスの絶叫が響き、二体とも煙をあげながら海へ落下し藻屑と消えた。
セキシュウサイが真祖を滅ぼすとは……その事実より俺が衝撃を受けていたことは別にあったのだ。
今の攻撃は居合の一種だろう。
そこはいい。研ぎ澄まされた居合の斬撃で真祖を斬った。
だが、真祖は完全に消滅させるまで打撃を加えないと滅ぼすことはできないんだ。
それが、真っ二つにされただけで真祖が滅んでしまう。
俺もリッチに対し、同じことをした。リッチは真祖ほどではないが、それでも単に斬るだけでは滅ぼすことなどできない。
「ま、まさか。見えたとは……」
『死線とでも言えばよいのだろうか? ダイダロスよ。死者だろうが霞だろうが、滅ぼすことができる秘技……』
「赤い線を見たのか。だから、真祖を」
『然り。お主より数年早く目覚めた。なればこそ、成ったのだ。某も神域に踏み込むことができた』
やはり、赤い線が見えていたのか。セキシュウサイ。
背筋に冷や汗が。肌が粟立つ。
※24時まで起きていられなかったのでアップします!
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