第40話 エピローグ
「……ぐ……」
下腹部に鈍痛を覚え、意識が覚醒する。
どうやら俺は柔らかなベッドで寝かされているようなのだけど、ひと肌の暖かさも同時に。
布団を被せてくれているみたいだが、この暖かさと柔らかさは少し異なる。
薄っすらと目を開けると、見慣れた美しい銀髪が目に映る。
髪の毛しか見えないけど、俺の胸あたりに顔を埋めていると思われた。布団で頭頂部しか見えないので推測になってしまうけど……感触からしてきっとそんな感じのはず。
彼女は俺に張り付いたまま眠っているようで、規則的な息遣いが彼女の体を通じて伝わってくる。
起こさぬよう僅かに身をよじったが、それだけで彼女は覚醒してしまう。
「兄さま!」
サーヤがひょっこりと布団から顔を出して、満面の笑みを浮かべる。
「サーヤ。サーヤが治療してくれたのかな?」
「はい。ですが、兄さまが目覚めず……もう三日経過しております」
「……心配をかけた。治療してくれてありがとう。サーヤ。あの後どうなったのか聞かせてくれるか?」
「はい、こ、このままお聞きしたいですか?」
「あ、そうだな。治療のために俺にくっついてくれていたんだよな。悪かった」
「い、いえ。た、確かに兄さまが目覚めないため、ミネルヴァ様から助言を受けこうしていましたが、サーヤは嫌ではなかったです。む、むしろ」
ワタワタするサーヤが体を揺すると自分の胸にサーヤの体の感触が。
ひょっとしてこれって。
「あ、す、すまん。目を閉じておくから、ふ、服を」
「ひゃああ。あ、あの、これはですね。ミネルヴァ様が、こうしろと。で、でも。でもですね。こうしたことで兄さまが目覚めてくださいました」
「お、おう……」
そう言いつつ、不覚ながら赤面してしまい顔をそむけ目を閉じる。
ひと肌の暖かみが離れ、サーヤがするりとベッドから抜け出したことが分かった。
すぐに衣擦れの音が聞こえてきて、彼女が服をきているのだなと判断する。
「兄さま。もう大丈夫です」
「うん」
パチリと目を開けると、いつもの姿でサーヤが恥ずかし気にはにかんでいた。
どう目を合わせていいものか困惑した俺は後ろ頭をかいて誤魔化しつつ、ベッドから起き上がり一息に布団をはぐ。
「に、兄さま!」
「サーヤ。俺の服を取ってくれ」
「は、はい。す、少しは隠してくださると」
「あ、ごめん」
腹に真っ白の布が巻かれていたが、それ以外は何も着ていなかった。
サーヤには汚いものを見せてしまったかもしれん……ごめん、サーヤ。
心の中で彼女へ謝罪しつつ、服を着る。
その間に彼女は俺のために、水を準備してくれた。
「ごくごく……ふう。生き返る思いだ」
「で、では。兄さまが倒れた後のことをお伝えします」
「うん」
流し斬りが完全に入った結果、グジンシーは真っ二つになって地面に崩れ落ちた。
すぐに奴の体から煙があがり、完全に消滅する。
サーヤはグジンシーの気配を探りつつも、倒れてしまった俺に対し懸命に治療魔法をかけてくれた。
だけど、大魔法の連続で魔力が枯渇していたから、その場で完全に俺の傷を癒すことはできなかったらしい。
しかしすぐに彼女は、戦いを見守っていたミネルヴァとシーシアスのことを思い出す。
グジンシーの気配は完全に消失した。復活してくる様子もない。
グジンシー討伐達成したのだから、きっと二人のうちどちらかは救援に来てくれる。
「ですが、兄さまの止まらぬ血を眺めていることしかできなかったのです」
「救援が来たんじゃあ?」
「兄さまの傷に動揺していた私は、恥ずかしながら自分で構築したアンチゲートフィールドのことを忘れていたのです……」
「な、なるほど……」
待てども助けが来ないことに対しようやくおかしいとの思いに至ったサーヤは、対転移魔法対策魔法「アンチゲートフィールド」を解除した。
するとすぐにミネルヴァが転移してきて、俺に治療を施す。
治療が遅れたためなのか、俺はすぐに目を覚まさず今に至るというわけだ。
「サーヤ、長い間気を失っていたのは、傷だけじゃないさ。魔力切れもあったんだと思う」
「そのようなことは……私がもう少しちゃんとしていれば」
「そんなことはないさ。サーヤが全力で全身全霊をもって魔法を使ってくれたから、グジンシーに対抗できた。二人でなきゃ、絶対にグジンシーは討伐できなかった」
「兄さま……」
そうだ。今なら分かる。
かつてダイダロスが失敗したわけが。
いかな強き戦士であっても、一人は一人。孤高を貫くことは自分を鍛え上げるために必須のことだと思っていた。
でも、違った。
ダイダロスだけでなく、グジンシーでさえも単独では限界があったということだ。
ダイダロス。お前の想いは尊い。
そして、お前は強かった。
個人の強さとしては、ダイダロスの方が現在のヴィクトールより強いだろう。
だけど、ダイダロスは敗れ、ヴィクトールは勝ち残りここに立っている。
それが、答えだったんだな。
「サーヤ、君がいたから強くなれた。君がいたから気づくことができた。かつてのダイダロスは大きな間違いを犯していたと分かることができたんだ」
「兄さま。私も兄さまがいたから、救われました。兄さまがいたから……」
ひしと俺の胸に縋りつくサーヤ。
彼女のサラサラの銀髪を撫で、もう一方の腕を彼女の背中に回す。
サーヤはこんなに華奢だったんだな。でも、魔法を使う時はカッコいいんだぜ。
「ミネルヴァとシーシアスに事の顛末を伝えに行かないとな」
「その必要はない。何故なら、私はここにいる」
『びばもいるうそ』
忽然と俺の目の前に姿を現すミネルヴァとシーシアス。
い、いつの間に来やがったんだ。
あ。そうか転移魔法で部屋に入ってきやがったな。
ここがどこの一室なのか不明だけど、転移魔法があればどこにだって出現することができる。
「すまん。お楽しみ中だったか。わざわざ服を着てからお楽しみを始めるとはお前の趣味か? それともサーヤか?」
「んなわけないだろ! この変態エルフ! 汚いおっさんと遊んでろよ!」
「確かに汚らしい壮年は大好きだが、何でもいいというわけではない。ヴィクトール。三十年後に必ず」
「お断りだ!」
こ、このバカエルフ!
なんて一幕があったものの、グジンシーの消滅を改めて確認しあい、傷が癒えたらまた墓標に行くと彼らと約束する。
再び部屋に残された俺とサーヤだったが、せっかくのいい雰囲気が全て台無しになってしまった。
「でも、ま」
「兄さま?」
「これが俺たちらしいと言えばらしいよな」
「えへへ」
ぽんとサーヤの頭を撫で、立ち上がる。
彼女も俺につられるようにして腰をあげ、つま先立ちになって下から俺を見上げてきた。
あいつらに見られているかもということが頭をよぎるが、構うものか。
そっとサーヤの額に口づけをして、彼女の手を握る。
「行こう」
「はい!」
そういや、ここ、どこにある部屋なんだっけか。
まあいいやと苦笑しつつ、部屋の扉に手をかける。
おしまい
※ここまでお読みいただきありがとうございます。無事完走することができました!
底辺魔法使いの伯爵家長男は「剣聖」の記憶を思い出し最強に~流し斬りで全てを打ち砕く~ うみ @Umi12345
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