第43話 屍の魔龍エレシュキガル
「ガハッ!!」
「……俺を殺そうとした奴が助けてくれと? ……お前らどんだけ恥知らずでいれば気が済むんだよ!!」
周りのことなんて忘れるくらい怒りに満ちてくる。その感情のままに、俺はガリアの胸ぐらを掴んでいた。
頭の中が熱くなっていた。荒い息も吐いている。理性が吹っ飛んでいるとはこのことなんだなと、頭の片隅で思っていた。
「お前らのせいで辛い目にあったのに、何で助ける必要があったんだよ!? ていうかな、あの時放置したのは見殺ししたからなんだよ!! あのまま死ねばよかったんだよ!!」
「なっ、なんて奴……ごわっ!!」
「なんて奴だ? それは俺の台詞だクソが!!」
ザックにも拳を振るった。
どちらも放心した顔でこちらを見ている。なんて醜い面だ。
「……そういえばリーダーさんはどうしたんだよ? 尻尾巻いて逃げたのか?」
「リ、リーダーは自分1人でダンジョンに向かった……。レベルが上がったから元凶を倒すって……」
「へぇ、1人でね。どうせ手柄が欲しいだけだろうがな」
あの外道が皆を守る為とか、そんな目的で動く訳がない。
手柄を手に入れて、周りからチヤホヤされるのがお望みのはずだ。
《グオオオオオオオオオオオオオオオンン!!》
沼から巨大な水しぶきが上がったあと、グランドドラゴンが這い上がってきた。
くそっ、まだ奴が生きていたとは……なんて思っていると、サーベイさんが前に出る。
「フユマ、奴のことは任せろ! お前は中に!」
「はい!! ……そうだワーウルフ、そいつらに話があるから逃げないように見張っててくれ」
「「はっ……?」」
俺の言葉にキョトンとしている二人。
2~3体のワーウルフたちは「はい!」と返事したあと、逃がさないように2人の周りへと集まった。
「叔父貴の命令だ。そこを動くんじゃねぇぞ」
「俺たちを殺して逃げようだなんて思うなよ? その時はサーベイの親父が黙ってねぇからな」
「「…………」」
もはや返す言葉がないと見た。他ハンターも何が起こったのか分からないまま、遠巻きに見ている様子だ。
とりあえずここはサーベイさんに任せて、俺たちはダンジョンへと向かった。
ダンジョンは各所が若干崩落しており、さらにはジンが言っていたように上部には巨大な穴が開いている。
この中にエレシュキガルという魔龍がいると。
かつてファフニールと戦った、奴と同格の魔龍。
それはアーマー系魔物やゴルゴンデリアのボスのデリアとは、全く比べ物にならない。別格とも言ってもいいはず。
奴からすれば、人間なんてアリ程度の存在と言われても不思議じゃない。
『……心配するな、フユマ』
「ファフニール?」
『私の力さえあれば魔龍でも相手できる。それとも伝説の存在を前にして怖がってきたか?』
「……まさか。もう慣れっこだよ、こういうのは」
俺は今まで危ない橋を渡ってきたんだ。
そんなのを思えば、魔龍もそういった橋のようなものだ。
「行けるさ、どこまでも」
自身が溢れてくる、この感触。
何か負ける気がしない!
「行きましょう叔父貴!」
「ああ! リミオ、あそこまで連れてってくれるか!?」
「分かったわ」
ついにダンジョンの中へと突入だ。
俺たち全員がリミオの背中に飛び移ったあと、上部の穴めがけてジャンプしてくれた。
そこに着地した俺たちに待ち受けたのは、外観と同じく所々崩れた通路。
燭台が折れ曲がり、その下に垂れ落ちる蝋。常に舞い上がっている埃と土煙。薄暗いところだが、見るからに酷い有様というのは分かった。
「俺が見た影はここら辺にいたはずですが、どうやら奥に行ったみたいですね」
リミオから降りたあと、ジンが辺りを見回しながらそう言った。
奥に隠れた魔龍ってのは様式美だな。
「……臭い……」
レイアが鼻を押さえている。確かにこの通路全体が臭い。
これは今までに何回も嗅いだことがある……死臭だ。抉り出されたハラワタや肉片が腐敗したような、そんな臭いだ。
今さっき死体こそはあったが、ここが密閉空間というのも手伝って臭いが強くなっているらしい。
「…………」
一瞬、レイアがブルっと震えたのが見えた。
しかしそれとは正反対に、目の方は据わっている。彼女は恐怖しているのに関わらず、それを人前に見せないようにしているんだ。
「大丈夫、俺がいる」
俺はそんな彼女の手を優しく握った。
「俺が君を守る。絶対に」
「……フユマ……」
彼女も握り返してくる。
お互いに繋がっているという絆のようなものが、手の中に伝わっているような気がした。
――……ア゛アアアアアアアアオオオオオオ……――
突如、ダンジョン内に響き渡る声……のような何か。
声にしては異様で、不気味で、おぞましい。
まるで神話の冥界から放つ、死者の断末魔のようだ。
『……奴だ。間違いない』
「そのようだな……」
通路を突き進む。
足元には崩れたレンガなどがあるので転びそうになる。現にレイアがそうなりかけたので、すぐに身体を支えた。
さらに突き進んでいくと、とんでもないものを目にした。
ハンターとアンデッド系魔物の死骸だ。
「俺たちみたく穴に入ったら返り討ちにされたと」
ハンターが何人も死んだというのは考えてみれば異常だ。しかしこれは相手が悪すぎたというのがあるし、ギルドにとってイレギュラーな事態だ。
仕方ないと思いつつも、その異常な敵に果敢に立ち向かったハンターに憐れみを覚える。どうかその魂が救われるのを祈りたい。
「先に進もう」
冥福を祈りながら死屍累々の場所を通り過ぎようとしたが、途端レイアの「キャア!?」という声が聞こえた。
見ると……彼女の足が誰かに捕まれている。
「ア゛ア……ア゛アア……」
ハンター!? しかもこいつ、皮膚が腐って眼球がなくなっている!
こいつもアンデッドになっているというのか!?
「今助ける!!」
ともかく咄嗟的に、レイアの足を掴んだハンターを【
その直後、今まで倒れていたハンターたちがゆっくりと立ち上がってくる。皆例外なくアンデッドになっているようだ。
「叔父貴! ここは俺に任せて、先に行って下さい!」
「ジン!? でも……」
「大丈夫ですよ、俺はこの『ソードガン』があります……しね!!」
ジンが合体武器から矢を放ち、アンデッドに直撃させる。
矢の破裂で、何体かが肉片をまき散らしながら飛び散った。
「ソードガン?」
「こいつに名前を付けたんです! それよりも早く!」
「……あ、ああ!」
合体武器の性能は俺が一番よく知っている。ここはジンに任せて先へと進んだ。
走っている間にアンデッド化したハンターたちが立ち上がってくるが、それを背後にいるジンが銃撃してくれる。
戦闘する必要もなく、ただ先へと進むだけだ。
「……っ!」
薄暗いからか、目の前に誰かが立っていることに気付くのを遅れてしまった。
俺が足を止めて確認してみると、そいつは……。
「オ゛オオ……ア゛アア……」
「……タイガ……」
朽ちた身体をして大剣を引きずっているタイガ。
こいつもまたアンデッド化され、エレシュキガルの手駒になったと……。
「邪魔だ、どけ!!」
【
よし、これで邪魔者はいなくなった。さっさと進むか。
「随分と容赦しなかったのね。アンデッド化して清々してた?」
「してたね。正直あいつがああなってよかったと思うよ」
「なるほどねぇ」
リミオに返事したあと、彼女が納得した顔をした。
俺的にタイガは社会的に抹殺するべきとか思っていたので、あんな形で最期を迎えたのは割と好都合だった。
俺を間接的に殺そうとした報いが、アンデッドという形で返ってきた。
皮肉ではあるが、あいつに相応しいとは言えば相応しい。
これで一応復讐は果たしたので、もうあいつに思い残すことはない。
あとはエレシュキガルを倒すだけだ!
「……ここか」
そう思っている間に広間に到着した。さしずめダンジョンマスターの間だろうか。
通路と同じく薄暗いが、それがとんでもなく広いということだけは分かる。以前のデリアと戦った場所とは比べ物にならないほどだ。
――カラカラ……。
そして、明らかにそこに存在する蠢く巨大な影。
その影が身震いするたびに変わった音がする。
まるで軽いもので叩き合っているかのよう。
――カラカラ……カラカラカラカラ……。
やがて巨大な影が上体を起こしてきた。
その時に見えてきたのが、闇の中で輝く一対の赤い光。それが両眼だというのに気付いたあと、全貌も把握できた。
そいつは長い胴体を持っていた。というか大蛇型だ。
この広間に囲むようにぐるりと囲んでいる。俺たちはいつの間にかそのとぐろの中にいたのだ。
身体全体が灰色で固い物質に覆われている。それは間違いなく骨……あるいはそれに似たもの。
その長い身体の先端に、異形の頭部と一対の腕が備わっている。
骨で覆われた腕には3本の鉤爪。そして頭部の方には先ほど見えた赤い両眼と、2つに割れた下顎を持っていた。
これがファフニールと戦った魔龍エレシュキガル……。
《ア゛アアアアアアアアオオオオオオ……!!!》
そいつは俺たちを認識した時、高らかに咆哮した。
それはまさしく、ダンジョンに入った時の地獄のような声そのものだった。
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