第7話 卒業する時が来たんだ
「……えーと悪い。話がよく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれないか?」
実際はこいつの話をちゃんと聞いていた。これは方便だ。
しかし聞き間違いの可能性もあったので、俺は念の為に尋ねてみることにした。
『聞こえなかったのか? 貴様に私の力を授けてやろうと言ったのだ』
「……それなんかの冗談だろ?」
相手は伝説の魔龍だ。
しかもダンジョンそのものになったり、その内部に魔物を生み出したりと厄介な存在になっている。
そんな奴が俺に力を? 絶対冗談だろ、馬鹿も休み休みに言ってほしい。
「そう言って俺たちをだまし討ちにするんじゃないのか? 魔龍の言葉なんて信用できない」
『……ほぉ、強かだな』
「ついさっき酷い目に遭ったからな。それよりもお前を倒した方がスキル獲得が出来るんじゃないのか」
伝説の魔龍とはいえ、今は脱け殻のように動かない。
ここで強大な奴を倒せば、新しいスキルが増えるかもしれない。もちろんレイアの魔法を出せる方法も……、
『【メタル斬り】……』
「!」
『貴様にそのスキルに宿っているはずだ。それもアーマースライムから経由してな』
その言葉に、掲げていたロングソードを少し下げた。
「……まさか」
『そのまさかだ。先ほど言ったように、アーマースライムは私の分身。つまり貴様はもうすでに私の力を受け継いでいるということだ』
「……だって」
そう振ってきたレイア。
ということはつまり、もうファフニールの手のうちということか! 奴はそれを利用して俺を取り込もうとしているのでは!?
『不安に思っているだろうが、別に取って食うつもりはない。安心しろ』
「か、考えていることを読み取るなよ!? というか信用できるかよ!?」
『落ち着け。順を追って話す……剣はしまえ』
魔龍にしては穏やかな口調だった。
まだ警戒心がない訳でもない。しかしその話がどういうものなのかという興味もなくはなかった。
俺はゆっくりとロングソードをしまった。
『かつて下半身があった頃の私は、戦いと破壊に明け暮れていた。人じゃない私にとってそれ以外の選択肢がなかったのだからな。そうして私の元に人間の軍隊が現れ、戦いの末に下半身を吹き飛ばされた。こうしてダンジョンと一体化した訳だが、見ての通り動く事はままならなくなった』
だろうなと一瞬思った。
これでダンジョンが動き出したらそれはそれで怖い。ハンターやギルドも仰天するはずだ。
『未だ私の中には戦闘本能が渦巻いている。しかし出来ることと言えば、このダンジョンに潜り込んだ侵入者の排除だけ。しかしそうしてハンターを排除していくうちにあることが浮かび上がった』
「あること?」
『人間でも魔物でもいい。侵入した輩に私の力を与えられるのでは……というものだ。私の流体金属や分身の魔物には、ある程度の私の意思が込められている。つまりそういった力を侵入者が行使するというのは、私が戦えるのと同義でもあるのだ』
「ああ、なる……ほど」
言いたいことは何となく分かった。
そして同時に、こいつは色々な意味でとんでもない奴だと確信してしまう。今言った特性なんて他の魔物が持っているはずがないし。
『そうして私は、自身の力を獲得できる者を求めていた。ここに来る前の魔物たちはその試験のようなものだ。ただ弱い奴はアーマースライムの時点でリタイア。逆に貴様みたく順当に力を得て、私の元にたどり着いた者もいる。……が、それも徒労に終わった』
「……何でなの?」
黙って話を聞いていたレイアが聞いた。
するとファフニールがとんでもないことを言い出す。
『ここにたどり着いたというのは、強力なスキルや魔法を持った者。そういった人間が私の力を得ると、元々持っていたスキルとその力が相反する。結果としてその者は力に耐え切れなくなり、身体ごと消滅してしまうのだ』
「「…………」」
『貴様たちの近くに、甲冑が埋もれているのが見えているはずだ。それが今言った人間の残し物だ』
足元に目を落とすと、確かに床から出っ張ったものがあった。床と同化した甲冑らしい。
そうか。だからこのダンジョンに関する情報が少ないんだ。生還者は精々「見たことがないタイプの魔物を見た」と言うだろうが、それが与太話として片づけられる。
そして運よくファフニールの場所にたどり着いても、そいつの力に耐え切れずに死亡。だからファフニールの噂があまり広まらない。
もしかしたらギルド側が秘密裏に調査しているのかもしれないが、その辺は俺には関係ない。
「……ん、待てよ。じゃあ何で俺は無事なんだ?」
それが本当の話なら、もうとっくに俺は消滅しているはずだ。
しかしダメージがある訳でもなく、異常もない。
『言ったはずだ。貴様はスキルなしだから好都合だと。何もない身体だからこそ、私の力を授けられても異常は見当たらない。そしてその力はスキルとして表示されたのだ』
「……そういうことなんだ。まさかスキルゼロに救われたなんて」
『皮肉な話だろうがその通りだ。そして貴様……』
「フユマだ。『貴様』じゃあ話しにくいだろ」
さっきから貴様が気になっていたので、それを訂正させた。
『ではフユマ。貴様はまさしく最適な人物でもある。それに先ほどスキルを行使して非常に嬉しがっていたはず……貴様としても悪い話ではないはずだ』
「……嬉しくないというと嘘になるけど、でも俺が意にそぐわない行動をしたら殺す……とかあるんじゃないか?」
「……もしそうなったら……レイアが許さない……」
俺の隣でレイアがうなり声をあげていた。
ますます家に飼っている猫を思い出して可愛いったらありゃしない。
『殺すなんてとんでもない。先に言った人間の末路は私の意思でもない上に、わざわざ最適な人材を殺すなんて真似はしない。さて、ここからが本題に入るが、この奥の部屋にあるものが置いてある。そこに向かえ』
「あるもの?」
『ああ、それさえあれば、貴様の望むスキルが獲得できる。どうするかはそちらに任せるがな』
ファフニール越しから覗いてみると、壁に1つの通路があった。一応部屋の周囲にも他通路があるのだが、恐らくファフニールが言っているのはその真っすぐの方だろう。
あそこに俺の望むスキルがあると。俺の望むスキル……それはファフニールの力……。
……欲しい。
胡散臭くも感じるが……それでも欲しい。
「フユマ……」
「……乗ってやろうじゃないか」
レイアに心配されながらも、俺はそう口にした。
頭の中で色々な記憶が蘇ってくる。すれ違う人の白い目。捨て駒にしたパーティー。そして悲観に暮れた自分。
「俺は馬鹿にされていた。見下されていた。でもそういう自分から卒業する時が来たんだ。好きなスキルが獲得できるなら、伝説の魔龍とだって魂の契約をしてやるさ!」
俺はレイアを連れて真っすぐ奥の部屋に向かう。ファフニールはこの時何も言わなかった。
その部屋の中に入っていくと、大きなものが目に入った。
形状としては縦長の結晶といったあたりか。隙間から赤い光が灯っている。
「これは……」
『ダンジョンの制御装置だ。いかにダンジョンそのものになったとはいえ、これだけ広大な建造物を制御するのは私自身でも難しい。そうした問題を解決するため、この制御装置を至るところに配置した。そしてこの制御装置には私の力が込められている』
「とすると、これを起動するなりすればスキルが獲得できると?」
『察しがいい。やり方はその制御装置に持っている剣を突き刺すだけ。そうすればスキルが芽生えるはずだ』
何とも至って簡単なお仕事だこと。
俺は制御装置の前に立った。
ウズウズとした感触が全身を襲う。これは間違いなくワクワクしているんだ。念願のスキルが増えることに興奮している!
ちゃんとスキルが芽生えて欲しい。そう祈りながら、
「フン!」
そこにロングソードを突き立てた。
その瞬間、刃を入れた切れ目から赤い光がこぼれた。
次に刃自身も赤く光った後、その光が俺の腕を通して身体の中に入り込んだ。
妙な感覚が俺を襲った。特に痛みとかはない。むしろ興奮のような熱さだった。
――複数スキルを獲得。
頭の中の報告を聞いて、俺はすぐにステータスカードを確認してみた。
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ハンター:フユマ Lv26
職業:剣士
属性:なし
スキル:なし
メタル斬り
エリアポイントテレポート
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「……フフフ……フフ……やったああああああ!!」
増えている……増えている! 俺にとってのスキル!!
新しいスキルが増えたことに、俺は猛烈に感激をした。
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