第6話 異界魔龍増殖迷宮

「よっと……」


 鎧ゴブリンを倒した俺たちは、やっと反対側にたどり着くことが出来た。

 一息を吐かせたあと、俺はレイアにお礼を言う。


「ありがとうレイア。あれって確かスキルだよね?」

「うん……魔法はともかくスキルは使える。【魔力障壁】だけだけど……」

「いや、それで十分十分。とにかく助かったよ」


 俺は微笑みながら、レイアの美しい青髪へと手を置いた。


 ……ハッ! しまった! 

 ついうっかりそうしてしまった! 初対面の女の子になんて失礼なことを!


「ご、ごめん! うちの家に猫がいてさ!! その癖でつい!!」

「……ていいよ……」

「へっ?」

「……撫でていいよ……フユマは命の恩人だから……」


 赤面しながら、彼女がそう言ってきた。

 確かにそうかもしれないけど、だからといって撫でていい理由には……でも本人がいいというなら。


「じゃあ……」


 女の子を撫でてみたいという欲がないというと嘘になる。だって彼女の髪が柔らかいし……。

 俺は恐る恐るレイアの髪を触れて、優しく撫でた。すると俺のと違ってふんわりとしているのが分かる。まるで綿を触っているような感触だ。


 レイアは目をつぶり、唇をキュッと閉じていた。

 その表情が、本当にうちの猫にそっくりだ。そして何よりも可愛い……。


「えっと、大丈夫?」

「うん……フユマの手、あったかいね……」

「そうなんだ……どうも……」


 やけに嬉しそうなのがまた……。

 実を言うと、ピンと立っている黒い獣耳も触ってみたい。きっと柔らかそうに違いない。


 ただ、それはさすがに本人が嫌がるのかも。そういうのはもっと親密になってからではないと。

 

 ……親密か。さっき彼女自身、知り合いが探しに来てくれると言っていた。

 もしその人達が来た場合、彼女とは離れ離れになるのだろうか。


「……ん?」

「うお、動いた」


 急にレイアの獣耳がピクンと動いた。

 少し驚いてしまう。


「……奥から音が聞こえてくる。風の音……?」

「えっ……本当だ、かすかに聞こえる」


 ほんの少しだが、風が吸い込まれるような音が発せられている。

 それにここをクリアしても、通路は奥に続いている。まだ何かあるということか。


 レイアへと振り直してみると、彼女が無言でうなずいてくれる。

 意を決した俺たちはさらに奥に進んだ。この先に何が起こるのか分からないが、もう後戻りは出来ない。


「……扉?」


 やがて俺たちは足を止めた。

 目の前には固く閉ざされた、巨大な扉があったのだ。しかもノブの類が見当たらない異様なものだ。


 さっき聞いた風の音は、空気がこの扉に吸い込まれる際のものだったようだ。

 まるで何かが空気を吸い込んでいるような感じで不気味極まりない。


「これ、どうやって開けるの……?」

「さぁ……でも開けたら……」

「?」


 確定した訳ではない。ただこの扉の奥に、とんでもないものが隠されているのではと思う。ハンターの勘というやつだ。

 それが俺たちにとって幸を呼ぶのか、はたまたは死をもたらすのか。


「……行こう」


 でもここまで来て、今さら引き返せられるものか。

 ハンターは死を恐れていたらハンターでなくなる。俺は今までそういった死と隣り合わせの場所にいたのだ。

 もちろんレイアは最後まで守ってみせる。いざとなったら逃がせばいい。


 扉に近付いたものの、まずノブがない。

 質感が金属らしいから、いっそのこと【メタル斬り】で破壊するべきか。

 

 ――などと思った矢先、扉が独りでに開いた。


 いわゆる両開きじゃなく、扉が左右にずれていった。例えるなら昆虫の顎が開いていくさまだ。

 獣のうなり声のようなきしみ音も鳴り響いている。


 完全に開いたが、中は真っ暗だった。

 恐る恐る中に入っていくと、通路と同じように壁面がほのかに光る。天井や奥行きが広い空間というのが一瞬で分かった。


 そして、中央にあるものが倒れているのも。


「龍……?」


 その真ん中に、巨大な龍が横たわっていた。


 鱗の代わりに、銀色の鎧を纏ったドラゴンといったところだ。まるで誰かに造られたような無機質感があって、おおよそ生物的ではない。

 頭部には後方に生えた2本角があった。瞳があるべき場所は、黒い空洞になっているみたいだ。


 ドラゴンによくある翼は見当たらない。

 代わりに、剣のように鋭く尖った背ビレがいくつも生えて、刺々しい。


「……フユマ。この龍、下半身がない」


 レイアに言われて気付いた。

 確かにこの龍には下半身がない。というよりダンジョンの床に埋もれているみたいだ。

 

 何でなのか……。考えられるとするなら、このダンジョンに封印されたとかだろうか。

 ダンジョンの奥に強大な魔物が封印されているという話は割りと聞く。


『……ついにここたどり着いたか』

「! 誰だ!?」


 突如、部屋中に響き渡る男の声。


 俺は周りを見たが、声を発するようなものはいない。

 ……いや訂正。紛れもなくそいつはいた。俺たちの目の前に。


「今さっきの、あんたの声か?」

『ああ、その通りだ』

 

 俺たちに語りかけたもの。それは上半身しかない龍だ。

 両目に位置する黒い空洞に、まるで眼光のような赤い光が灯っている。


「あんたは一体……」

『私か? そうだな……人間は私に対してこう呼んでいたな……「ファフニール」と』

「ファフニール……?」


 その名前に聞き覚えがあった。どこで知ったのだろうか。

 前に街で読んだ魔物リストじゃないな。そもそもあれは街周辺の魔物しか収録されていない。じゃあどこでその名前を……。




「……そうか!! おとぎ話に出てきた伝説の魔龍!!」




 やっと思い出した!


 あれはまだ幼かった頃、村長から借りた絵本を読んでいた時だ。その絵本は勇者たちが色んな国を旅する冒険ものだった。

 確かそう、いま目の前にいる魔龍がストーリーに出ていたはずだ。その龍が街を荒らしていたところ、勇者たちに打ち破られたとか。


 その龍の名前が『ファフニール』。

 つまり、おとぎ話に出るほどの超古代の存在。伝説の中の伝説という事になる。


「レイア、下がって……!!」


 ともかく魔龍が襲ってくるかもしれない。

 レイアを下がらせてロングソードを差し向けたが、するとファフニールから鼻で笑うような声がしてくる。


『フン……無駄だ。今の私は動くこともままならない。つまり貴様たちとも戦うことも出来ないのだ』

「……動けない? どういうことなんだ?」


 そういえばさっきから一歩も動いていない。下半身がなくても上半身を動かしたりは出来るはずだ。

 何か秘密でもあるのだろうか? そう思っていたところ、俺はダンジョンの色とファフニールの色が同じなことに気が付いた。


 しかもファフニールの鎧のような体表が溶けて、床と一体化している。失っている下半身からも銀色の粘液のようなものがこびりついているようだ。

 

 これはもしかして……いや、さすがにそんなのはありえない。

 でも本人に聞かないことには……。


「これはもしかしてなんだけど……このダンジョン自体があんたの身体の一部なんてのは……いや、それはないかもしれないけど……」

『その通りだ。正確には元々あったダンジョンを、流体金属で融合したというべきか。今やこのダンジョンは私そのものといっても過言ではない』

「……マジ……」


 当たってしまった……。まさかそんなことが出来たなんて……。


 それからファフニールがダンジョンと融合した経緯を語ってくれた。 

 かつて下半身を持っていた頃、ファフニールは自分と敵対する存在を殺しまわり、破壊を尽くしていたという。

 そうして戦いに明け暮れていた時、自分の元に人間の軍隊が現れた。彼らの中には強力な剣術と魔法、そしてスキルを操る者がいたらしい。


 それがおとぎ話に出てきた勇者のことかもしれないと、俺は直感した。あと街を荒らしたというおとぎ話と食い違いがあるが、これは作者が脚色でもしたのだろう。

 

 ファフニールはその勇者と軍隊と戦ったが、やがて下半身を失ってしまった。

 そして近くにあったダンジョンに吹き飛ばされ、ダンジョンに埋もれてしまったとか。


『ダンジョンに埋もれたのが幸いだった。私の中に流れる流体金属がダンジョンを取り込み、長い年月をかけてダンジョンと一体化した。ついでに我が眷属の巣窟になったがな』

「下半身から出ているのがその流体金属なのか……。眷属ってあのメタルスライムと鎧ゴブリンのことか?」

『そう、奴らは私の流体金属から作られた分身でもある。最初に貴様が出会ったのは「アーマースライム」、次に会ったのが「アーマーゴブリン」だ』


 こいつ、どうやら俺たちのことを観察していたようだ。そもそもダンジョンそのものになっているのだから、侵入者の探知や監視など造作もないのだろう。


 それとここの魔物たちは、自然界で目にするメタル系とは別物らしい。それならスライムの異常なまでの戦闘力も納得できる。


 さしずめ『アーマー系魔物』と言うべきか。

 こんな種別も聞いたこともないので、こいつ特有の魔物に違いない。


『それよりも珍しい客が来たものだな」

「客?」

『貴様は見たところ、スキルと魔法がない。今まで生きてきた中でそのような者はあまりいなかった。戦士としては非常に珍しい』

「……そうですね、本当に珍しいよな」


 こいつもスキルゼロ剣士と馬鹿にするつもりか。


 いつもこうだ。スキルがないからと蔑み、見下し、ゴミのように扱う。俺の素性を聞いても変わりなく接してくれたのはレイアくらいだ。

 頭の中が少し熱くなってしまう。自分は今イラついていると自覚した。


『……いや、むしろ好都合かもしれない』

「えっ?」


 都合がいい……どういうことなんだ?

 そう思っていたら、ファフニールがこう言ってきた。


『これも何かの縁だろう。貴様、私の力が欲しくないか?』

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