第5話 美少女にも悩みがあるらしい

 どうもレイアは魔法が出せないらしい。


 魔力も技術も問題ないし、練習もたくさんしていた。

 それなのにどんなに魔法を放っても、ちゃんとした威力のあるものにならないそうだ。


「体質的な問題じゃないかって言われてるけど……どうやっても出てこない。一生出ないかなって思ったりもして……」


 目に見えるくらいに落ち込むレイア。

 その話には他人事だと思えなかった。全く一緒という訳ではないが、経緯などがよく似ている。


「つまり、俺と同じなんだね」

「……そうなるかも……だからフユマから話を聞いた時、少しレイアのこと思い出しちゃった……」

「……そうか。なんかごめんね。君のことに気付かないで」


 申し訳なく謝ると、レイアが首を振った。


「大丈夫……私の問題だから。それよりも……」

「……ん? あっ、そっか……そうだな」


 早く奥に進もうと言いたかったのだろう。言われた通り、俺たちは再び通路を歩くことにした。


 何というか、彼女も俺と同じように苦労していたことだろう。

 彼女の気持ちが痛いほど伝わってくる。出るはずのものは出ないというのは相当辛いことだ。


 さすがに周りから白い目を見られたかどうかは分からない。

 しかし屈辱を味わったのは確かだと感じる。


 そんな彼女と出会って、その気持ちを知ったのも、何かの縁なのだろう。


「……このダンジョンなら、もしかしたら魔法が使える手段があるかもしれない」


 レイアにとっては気休めに違いない。

 しかしこのダンジョンを攻略すればもしかすれば……そんな期待が俺の中にあった。


「俺だってスキルがやっと付いたんだから、レイアだってそうなると思うんだ。だから……何というか、あきらめるのは早いかなって」

「……そうかな」

「そうだよ。ダンジョンはレベルアップの宝庫だって言われているんだから。俺だって協力するからさ」

「…………」


 レイアがじっと見つめてきた。

 いけない、余計なお世話だったりしたかな……。そこまでしなくていいと言われてもおかしくないかも。


「……その、ありがとう。頑張ってみる」


 と思ったら、彼女は恥ずかしそうにして言った。

 

 ……はぁ……可愛い……! 少し目をそらす感じとか、オドオドしている感じとか! 何で今まで彼女に会わなかったか!


 ある意味リザードソルジャーに感謝すべきなのかもしれない。まぁ、奴らがもう一回来るようなら容赦はしないが。

 彼女は何としてでも俺が守らなければ。


「……うわ、何だこれ……」


 話しているうちに、俺は足を止めた。


 まず通路の幅が広くなっていた。今までのが5人分の幅なら、今回はその倍の10人ほどといったところだ。

 そして通路の下が奈落になっていた。相当深いのか、真っ黒で何も見えない。


 ただ通れないという訳ではなく、点々と足場が存在していた。

 足場はまっすぐではなく、不規則に置かれている。大きさは3人乗っても大丈夫なくらい。


「……一応聞くけど、ジャンプ力ある方?」

「ある方」

「そうか……じゃあ、俺が先にあっちまで飛び移る。レイアはそのあとに付いて来て」

「うん……」


 俺は助走をつける為、少し後ろに下がった。

 その途中で疑問が浮かび上がる。


「にしてもこのダンジョン、一体何なんだろうなぁ……あんなメタルスライムなんて見たことがないし……」

「私も分からない……。ただ、魔物が強すぎて奥に入った人はいないダンジョンがあるって……噂で聞いたことが」

「そうなんだ……。リザードソルジャーが、あのダンジョンから人云々って言っていたのと関係あるかもな」


 現にメタルスライムがあまりにも強かった。

 もしかしたら、この先強力な魔物がいるのかもしれない。奥に入った人がいないというのは、その魔物に殺されたかあるいは追い出されたということだろう。


 それは裏を返せば、どのスキルや魔法を持った人間でも無理だった……ではないだろうか。


 何故ここに来るまでダンジョンの情報を知らなかったかというのは、初めて赴いた場所でもあるということもあるが、ギルド側が何も教えてくれなかったということにある。

 

 これは憶測だが、ギルド側はこのダンジョンがかなり危険だと知って、意図的に広めようとしなかったのではないか?

 もし広めて余計な被害が出たら目も当てられないからな。一応俺みたいに偶然発見した奴もいるだろうが、そういうのは自己責任だと片付けられるだろう。


 そう考えると、俺はとんでもないダンジョンを攻略しているということになる。

 レイアはどう思っているだろうか。


「君はその辺知っていながら付いて来たってことか?」

「うん……フユマの話を聞いたから……私は大丈夫」

「……君は勇気があるな」


 お世辞ではない。本音だ。

 そう口にした時、レイアの口元がはにかんだのを見逃さなかった。ここに来るまで表情が乏しかった彼女が、少し微笑んでくれたのだ。


 何だがこちらが恥ずかしくなった。無表情少女が微笑むのってすごくクるんだよな。


 ともかくレイアの覚悟を聞いた以上、俺も覚悟しなければ。

 このダンジョンを攻略して、スキルと魔法を絶対に獲得してやる。あともう1つ……いや3つくらい欲しい。そして出来ればさっきの【メタル斬り】のような見たことがないやつで!


 もちろんレイアの魔法を出せる手段も見つけたいものだ。

 引き返すという選択なんてないのだ。


「じゃあ行ってくる」


 俺はダッシュをして、足場に飛び移った。

 着地した瞬間に足場が崩れる……なんてことはなかった。一安心したところで、斜め上あたりの足場に飛び移る。


 何だ。何てことはないな。

 別に罠がある訳でもない。このまま一気に反対側に行こう。


「普通だな。なんだか拍子抜けした……」


 ――「な」と言う前に、反対側の奥から何かが聞こえてきた。

 足音かと思った時には、その正体が姿を現す……が。


「何だあいつら!?」


 俺たちよりも小ぶりな体系、細長い手足、鋭い目つき。一見するとゴブリンだ。

 ただシルエットこそはゴブリンとよく似ているが、頭を含めた全体が銀色の鎧に包まれている。体表が灰色の耳以外、鎧に隠れてしまっていた。

 そして両手には鋭い短剣2本を握っている。


「鎧を着たゴブリン!? そんな奴いる訳……!!」


 あんなの見たことも聞いたこともない! 

 

 ゴブリンと言えば、獣の毛皮を着た緑色の小鬼だ。

 その亜種としてゴブリンの長である『ボスゴブリン』。2倍の大きさを持つ太った個体『ビッグゴブリン』。赤い体色をした上位種『エクスゴブリン』なんてのがいる。これが俺が知る限りのゴブリンの情報だ。


 少なくとも、鎧を着たゴブリンなんて情報は全くない!

 もしかしたら新種という可能性がある。しかし所見で上手く戦えることなんて……というか場所からして戦いにくいぞ!?


《グルルルウウウ!!》


 驚く俺を尻目に、鎧ゴブリンたちが足場に飛び移っていく。徐々に距離が狭くなってきた。

 相手には俺の事情なんて知ったことではないってか。やるしかない!


「来い!」

《グオオオオ!!》


 鎧ゴブリンが短剣を振り下ろす。それをロングソードで受け止める俺。

 そこから力を入れて振り上げ、短剣を破壊する。どうやらこいつらにも【メタル斬り】はいけるみたいだ。


 しかしゴブリンが突然タックルをしかけてくる。

 押された俺は足場のふちに追いやられて、


「おお!? おおおお!!」


 一気に身体がふらつく。

 このままだと落ちてしまう!


《グウ!》


 鎧ゴブリンが右腕を突き出した。

 すると爪が伸びて、俺の胸元へと迫ってきた。


「うわっ!?」


 その伸びた爪を避けて!


 爪を掴んで!


 それを支えに前に進む!


 やっと体勢を取り戻した俺は、すかさず鎧ゴブリンへと袈裟斬りした。

 金属同士がこすれる音の中、胴体の鎧に大きな傷が出来る。鎧ゴブリンはふらついて奈落へと落ちた。


「ふう、間一髪だった……。てか、メタルスライムといいこいつらといい一体何なんだ!? 絶対おかしいって!」


 やっぱりこのダンジョンは普通じゃない。絶対に何かある。

 それを知るには、まずはこいつらを倒してからじゃないと!


「キャ……!」

「!? レイア!?」


 レイアのいる場所にも、鎧ゴブリン2体が降ってきた。

 これはまずい。俺は襲ってきた1体の攻撃を避けて蹴りを入れる。怯んだあとに足場から足場を飛んで、彼女の元に戻った。


《グオオオオ!!》


 レイアへと剣を振るわれてくる。

 それを受け止めて切り倒した。


「急ごう!!」


 俺はレイアの手を握って、鎧ゴブリンのいない足場にジャンプした。

 そのまま一気に反対側に行きたいが、2体とも俺たちの方に迫ってきている。本当にしつこい!


《オオオオオン!!》


 鎧ゴブリンたちが足場を軽やかに飛び移ってくる。

 そして俺が反応するよりも前に、短剣が迫り来た。


 俺の視界が、奴らの剣で埋め尽くされていく……。


 


「【魔力障壁】!」


 レイアが言った時、俺たちの周りに透明な球体が現れた。

 鎧ゴブリンの剣がそれに弾かれ、身体ごと吹っ飛ばしてくれた。


 1体目はそのまま奈落の底に。

 もう2体は辛うじて足場を掴んで、宙ぶらりんの状態になった。


「……あとはお願い」

「えっ? あ、ああ……」


 透明な球体が消えた。

 俺はその足場に飛び移り、しがみつく鎧ゴブリンの指を蹴った。


《ゴアアアアアアアアア!!》


 鎧ゴブリンの悲鳴と身体が奈落へと吸い込まれるのを、俺は最後まで見届けた。

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