第17話 一緒に風呂に入りましょう

「いやいやごめん……何か突拍子に言っちゃったね……」


 女の子に好きだと滑らせた自分が恥ずかしくなってきた。

 我ながら臭いことを言ってしまったと思う……身体中が炎のように熱くなった気分だ。

 

「う、ううん……別に大丈夫……嫌でもなかったし」

「……えっ?」


 嫌じゃなかったって……。


「本当だよ。ちょっとびっくりしちゃったけど……でもフユマならって……」


 未だに顔真っ赤だが、まるで花が咲くように笑う。

 ドキリとしてしまった。レイアがあまりにも綺麗すぎて、思わず喉を鳴らしてしまう。


「レイア……」


 今までピンと来なかったが、もしかしたらはそうなのでは?

 胸の高鳴りが収まらないこの感じ……そうだ、俺は彼女が……。


 彼女が……。


「お客人、風呂の用意が出来ました! 案内します!」


 と思っていたら扉から声がしてきた。思わずレイアと一緒にびっくりしてしまう。

 全くいいところだったのに!


「い、行こうか……」

「うん……」


 俺たちが部屋を出ると、ワーウルフ1人がそこに立っていた。

 彼によって廊下を歩く際、俺は周りを見回していた。この古城は一体どの時代のものだったのだろうか、そんな興味が湧いてくる。


「立派だっただろうな……栄えた時ってどんなんだったんだろう」

『私はここに来たことがあるぞ。確かに立派な王国だったな』

「うわっ!?」


 剣からファフニールの声!?

 まだサーベイさんたちに紹介していないのに、こんなところで声を出されたら!


「ん? 今の声……」

「ああ、俺の声!! 最近のどの調子がおかしくて!!」


 何とも分かりやすい嘘だが、それしか思いつかなかった。

 レイアもうんうんと嘘に乗ってくれている。そのおかげか「そうですか」とワーウルフが納得したようだった。


 ふぅ、危なかった……さすがにファフニールのことは落ち着いてから話したい。


(あまり大きな声を出すなよ……色々とお前のことを説明しなくちゃならないだろう……)

(そんなにまずいことか)

(今のところは……。それよりも、魔龍のお前が何でここに来たんだ?)


 会話に気付かれないよう、ワーウルフから距離を離してみた。


(というよりは『戦いに巻き込んだ』が正解か。敵の魔龍と戦っている際、この王国に入ってしまったのだ)

(……どうみても滅亡の原因はお前らみたいだな)


 あの万物を破壊しかねない巨大な身体。アーマー系魔物を生み出し、ダンジョンと融合させる流体金属とかいう力。

 そんなので敵と戦っていたら、尋常じゃない被害が生むのは当然だ。


(というか魔龍ってお前以外にいたのか?)

(数百年前まではな。そいつらは私と同等の強さを持っており、そして私にとっての宿敵でもあった。何体かは殺したのだが生き残ったのもそれなりにいてな。今はどうなっているのか私にも分からない)


 というと、どこかで眠っていたりしているのだろうか。

 仮にそんなのが一斉に目覚めてしまったら、ギルドのハンターでも手に負えないのかもしれない。そうならないように祈りたいものだ。


「ハンターさんハンターさん!」


 歩いている途中、1体のプチデビルが近寄ってきた。

 声質からして雌だろうか? その彼女が皿に乗っけられたお菓子を持っていた。


「姫様を助けていただいたお礼です!! どうぞ受け取ってください!!」

「あ、ああ……」


 お菓子はクッキーだ。

 それを手にしてからふと思う。こいつら、魔物討伐を生業なりわいにするハンターを見ても何も思わないのだろうか?


「あんたたち、俺が怖くないのか? これでも……」

「知ってますよ、剣とかが察するにハンターなんだと思います。でもそんなことは関係ないですよ」

「それはレイアを助けたから?」


 そう聞くとワーウルフが振り返る。


「俺たちは親父の主義の元、ハンターと戦わないようにしているんです。抗争相手は主にこの古城を狙う魔物だけ。ギルドも俺たちをターゲットにはしていないらしいのです」

「そうなんだ……でもそうだよな。普通ケルベロスなら真っ先にターゲットにされるだろうし」

「ギルドが全く相手にしていないのかもしれません。稀に親父のことを知ってやってくるハンターもいますが、そういうのは俺らで追い払っています。それでも食い止められなかったら親父が直々に……といった感じです」


 なるほどな……極力関わらないようにしているのか。

 俺は話を聞きながらクッキーを食べた。甘くて美味しい。


「お客人はお嬢の命の恩人。例え魔物と敵対するハンターであってもそれは変わりはありません。ですので何なりとくつろいでください」

「そうですよ! それにあなた、すごいかっこいいと思います! 魔賊を倒したんですから強いでしょうし!!」

「…………」


 強い……かっこいい……。

 レイアに近いこと言われたことがあったのに何だろう。全く響かない。


「ん、どうしました?」

「……いや、何でもないです。クッキー美味しかったです」


 俺はお礼を言って、プチデビルから去っていった。


 この気持ちは一体何なんだ? 例えるなら……そう、「信じられない」と言うべきか? 

 レイアの時はそうならなかったのに、俺はワーウルフとプチデビルの言葉をあまり受け止めきれないみたいだ。

 

 原因があるとすれば、「今までのこと」だろうか。


 今まで俺はギルドや店に行ったりすると、大抵は白眼視されていた。まるで「ここはお前が来るところじゃない」と言っているかのよう。

 もちろん例外はあったが、それをあの悪意に満ちた光景で塗りつぶされてしまう。


 そしてあのクズパーティーの捨て駒扱いだ。あれからレイア以外の相手に対して危機感を抱いてしまう。


 いくら歓迎してきても、いつの日か俺を裏切るのでは――と。


「……スキルゼロ剣士……」

「ん?」

「ううん、何でもない」


 レイアに首を振った。


 俺のスキルはあくまでファフニールからもらったもので、自力で発現したものではない。その証拠としてか、ステータスカードのスキル欄には『なし』が残ったままなのだ。

 本質的にはスキルゼロ剣士であることに変わりない。


 もしもだ、本来の俺がスキルも魔法もなかったと知られたら?

 それが原因でサーベイさんたちを失望させてしまったら?


 思い過ごしだと考えたいが、それでもそんな不安がよぎってしまう。


「着きました。中で服に着替えられますので」


 考えごとをしている間、風呂場に続くという扉に着いた。


 不安がまだよぎっているが、そういうのは後回しにしておこう。それよりも風呂はどんなものなのか気になる。

 もしかすると1個しかない男女混浴だったりして。レイアとは川で水浴したものの、交代交代でお互いの裸は見なかった。


 レイアの裸なんて見たら俺は……いやいや、そんな都合のいいことは……!!







「おお、やっと来たか。さぁ、遠慮なく入りな」


 風呂は男女別。一緒に入るのは先回りしていたサーベイさんだ。

 うん、やっぱりそんな都合のいい話なんてありませんでした。勝手に俺がピンクな妄想をしているだけでした。


「失礼します……ああ、温かいですね」


 この風呂場は真っ白なタイルに包まれている。その真ん中に大きめの浴槽が、周りにはドラゴンの彫像がドカンと配置されていた。


 湯が張られた浴槽に入ってみると、これがまた適温だ。身体全体をほぐすような感じで、中々気持ちいい。

 今までは水浴だったから、こうやって温泉で癒されるのは久々だ。


「サーベイさんも風呂入ることがあるんですね……」

「ああ、儂は湯が好きでなぁ。老いた身体に沁みるのがいい気分だ。まぁ見ての通り、毛が湯に浮かぶのが難点なんだがな」

「ははっ……」


 確かに黒い毛がそこかしこに浮かんでいる。 

 それと風呂に入っているせいか、サーベイさんのふわっとした体毛が垂れてしまっている。なのに威厳とか迫力とかが消えないのがまたすごい。

 

 それよりも、黒い体毛が青髪のレイアと全く似ていない。 

 彼から引き継がれたのは、恐らく黒い獣耳の方だろう。となると青髪はレイアの母親……というよりサーベイさんの奥さんからか。


「もう聞いただろうが、儂はよほどの事がない限り人間とやり合わない主義だ」


 そこにサーベイさんが言う。

 俺の目線が彼を見上げるようになった。


「魔物の間では『力』が重要視されている。それは儂としても例外ではないが、しかし他魔物と違う点がある。それは何だと思う?」

「……さぁ……」

「普通の魔物は自分の力を信じる。しかし儂にとって最も力があるのは『人間』だと思っているんだ。人間には可能性に満ちた力を秘めており、そしてどんな魔物をも打ち倒す強さを持っている。だから儂は人間に対して敬意を払っている。好意を抱いているといってもいい」

「…………」


 意外な彼の哲学に、俺は呆然に似た衝撃を感じた。

 こんなことを思う魔物がいたなんて。


「ある日、儂は1人の人間女性と出会った。魔導士だった彼女はあるパーティーの一員でな、儂と出会った時点でパーティーが魔物によって全滅していた。しかし彼女はそれでも全滅させた魔物と1人で戦い、そして勝ったのだ。

 彼女はまさしく強い。儂は戦いで衰弱していた彼女を保護し、そしていつか互いに求めるようになった」


 ……なるほど。

 話を聞く限り、その人がレイアの母親ということになる。


「彼女は美しい青髪をしていた。とても優しく、清らかな人間で、魔法の力もそれなりに強かった。戦闘の時は頼りになったさ」

「えっと、今は?」


 恐る恐るレイアの母親のことを聞いてみるも、サーベイさんは返事をしなかった。

 まずい、これはそういう意味だ。聞くべきではなかったのだ。


「すいません……そんなつもりじゃ……」

「いや、もう随分前の話だ。ともかく、彼女が残してくれたレイアは何としてでも守りたい。たとえどんな奴が相手だとしても、レイアを傷付けるのなら力づくで排除するまでだ」

「……本当に娘さんが好きなんですね」

「娘を好きにならない親がどこいるんだって話なんだがな」


 やっぱり子煩悩だ。

 でもこれはこれで、サーベイさんなりにレイアを大切にしている証でもあるんだ。こういうのは嫌いじゃない。

 

 そのサーベイさんが一呼吸を入れると、3つの頭部でこちらを見た。


「フユマさん、これは儂らだけの問題だから断ってもいいが、ゴルゴンデリアを倒すほどの優秀さに見込んでお願いがある。これはレイアの為でもあるんだ」

「レイアの……」


 その一言だけで、俺は強く反応してしまう。

 レイアの為と言われてしまうと、何だが居ても立っても居られない。


「……俺でよければ」

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