第16話 ちょっと好きになったよ

「はん……ま?」


 聞いたことがない名前に俺は戸惑った。

 えっと……つまりどういうことなんだ? もしかしてレイアは獣人とかじゃない?


「聞き覚えがないのは無理ないだろう。獣人と見分けが付かない上に希少な存在。それに自分からそうだと名乗り出ないからな」


 サーベイさんが説明をしてくれたが、半魔は文字通り魔物と人間の混血児だそうだ。何らかの理由で獣の因子を獲得した人間……つまり獣人とは似て非なるものということになる。


 魔物と人間の関係は『敵対』『服従』『友情』のどれかが一般的だ。少なくとも俺もそう思っていた。

 ただその中でも稀に起きるのが、種族の垣根を超えた『恋愛』だという。


「えっ、魔物と人間って恋愛するんですか?」

「まぁな。確かに魔物は、人間を敵対対象か補食対象としか見ていない奴が占めている。しかし儂みたいに人間の女性を愛する者もいるのだ」

「その女性とあなたの間で生まれたのがレイアという……」

「ああ。そうして半魔は社会に紛れて生活しているって話だ。見た目が獣人だから経歴を偽ることも出来るし、人間側もそこまで念入りに調べないらしいからな」


 レイアが半魔……。


 今まで彼女を獣人だと思っていたが、それはあくまで思い込みだったのかもしれない。

 しかしこう明かされると理解が追い付かない。


 そうか……レイアは魔物と人間の混血児……。

 うん、まだ実感が湧かないな。


「儂にとってレイアは宝そのものだ。近付く悪い虫は徹底的に排除したいくらいにな」


 一方でサーベイさんが大きな前脚でレイアを抱く。

 ちなみにレイアが「ちょっと暑い……」とか言っていたが、本人には聞こえなかったようだ。


「……悪い虫……」

「ん? ああ、心配せずとも娘を救ってくれた恩人には手を出さないさ。別にレイアを傷付けた訳ではないだろう?」

「ま、まぁ……」


 いわゆる子煩悩だろう。レイアが本当に可愛いから無理もないのだが。

 もし俺がそんな悪い虫に認定されたとしたら、一瞬にして八つ裂きだろうか。いやファフニールからもらったスキルがあるのだが、正直勝てるかどうか……。


「……まさか君、レイアを……?」

「いやいや、していないですよ!? 別に何もしてません!!」

「……本当か、レイア?」


 サーベイさんが尋ねると、こくこくうなずくレイア。

 助かったよ……ありがとうレイア!


「まぁ、半魔の話はそこまでにしてだ。実は5日前辺り、レイアが外を散歩していた時にゴルゴンデリアに攫われちまったのだ。奴らは護衛のヘルハウンドを殺したあと、レイアを自分達のアジトに連れて行こうとしたんだ」

「何の目的で?」

「魔物たちがダンジョンの所有権を巡って争っている。ハンターなら聞いたことがある話だろう。娘が攫われたあと、奴らの使者がこう言ってきたのだ」


 何でも、リザードソルジャーが直々に古城にやってきて、デリアの言葉を伝えたらしい。

 

『娘と引き換えに古城を明け渡せ。早急な返事がなければ娘の命はない』と。


「奴らはダンジョンとも言うべきこの古城を手に入れようとしたのだ。使者を今すぐに殺したかったが、そこで下手に手ぇ出したら娘の命が危うい。そこで密かに奪還しようと部下を送った訳だが……」

「その部下が俺と出会ったこいつらと……」

「そうだ。ところでゴルゴンデリアどうなっている? やつらがまだいるのならお礼をしてやらないと……」

「フユマが全滅させた」

「……ん?」

「フユマが全滅させた。ついでにボスのデリアも」


 レイアが大事なことと言わんばかりに2回言った。

 それを聞いた途端、ワーウルフが騒然とする。


「嘘だろ!? ゴルゴンデリアを1人でか!?」

「どんだけ強いんだよ、あのハンター!?」

「……ハハハハ!! なるほど、こりゃあ大物が古城に入ってしまったようだな! ますます気に入った!」

「いえそんな……」


 ついでにサーベイさんには気に入られた。

 俺は少し恥ずかしくてそんな台詞を口にしてしまう。こういうのは慣れていないからなぁ……。


「ともかく安心しろ。いくら君がハンターだからといって変なことはするつもりはねぇ。お客人として丁重に扱うつもりだし、好きに城の中を探検してもいいさ」

「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて……」


 何だが妙な気分だ。相手は凶暴な魔獣だというのに。

 レイアを助けたという前提があるからだろうが、このサーベイさんは今まで出会ったハンターがらみのの中で、もっとも紳士的なのかもしれない。


「……お父さん、レイアの部屋に案内させていい?」


 と、レイアがサーベイさんからゆっくり離れながら言った。


「おお、そうだな。じゃあその間に飯や風呂の用意をさせてもらおうか」

「あっ、実はさっきレイアと一緒に食べてまして……食事はいいかと」

「そうか。じゃあ風呂の用意だな。おい、風呂を沸かすんだ!! プチデビルに伝えておけ!!」


 サーベイさんの一言で、「「はい!!」」とワーウルフが慌ただしくなった。

 そんな様子を見ていると、レイアが俺の袖を掴んでくる。


「フユマ、こっち」

「あ、ああ……」


 向かう場所はレイアの部屋だ。この城の最上階にあるらしい。


 彼女に連れられるまま廊下を歩く俺たち。ここもどうやら掃除されているのか埃とかが見当たらない。

 古城なのにどうしてだろうと思っていたら、すぐにその理由が分かった。


「あれは?」


 角を曲がった時、見たことがない魔物に出会った。


 俺の半分にも満たないくらいに小さく、紫の体色をした悪魔。大抵悪魔というと細身のイメージだが、こちらは顔も含めてまん丸としている。

 数はというと率直に言って数えきれないくらい。


 どの個体も、ホウキや布巾などで廊下中を掃除していた。


「プチデビル……お父さんが衣食住与える代わりに召し使いにしてるって……」

「ああ、さっきお父さんが言ってた……だから城の中が綺麗なのか」


 さらに説明をしてくれたが、プチデビルは元々サーベイたちの部下ではなかったらしい。

 彼らはとある沼地に集落を作っていたという。汚さに無頓着な魔物の中では珍しく綺麗好きで、常に集落の掃除をする習性があるとされる。


 サーベイさんがこの魔物を見つけたのは100年ほど前……まだレイアが産まれていないし、奥さんとも添い遂げていない頃だ。

 この時はこの古城を見つけたばかりで、今とは比べ物にならない汚さだった。そこでプチデビルに衣食住の条件を与える代わりに、食事の準備や掃除当番をさせている……ということだ。


「……あっ、お嬢様!! お嬢様が帰ってきたぞ!!」

「おお! お嬢様!」

「お嬢様だぁ!」


 プチデビルが子供みたいな高い声を上げた途端、一斉にこちらに群がってきた。

 こちらと言っても集まったのはレイアだけで、俺は外に追いやられた感じだ。


「ただいま……何か心配させちゃった……ごめんね」

「いえいえ! お嬢様が無事でよかったですよ! 皆心配してました!」

「本当に良かったです、お嬢様!」

「うん、本当にごめんね……」


 レイアが1匹1匹の頭を撫でていく。

 こうしてみると結構慕われているな。サーベイさんの指示があったとはいえ、ワーウルフも必死に彼女を探していた。

 彼女は天然なんだが優しいところもあるので、魔物がこうなるのは当たり前なのだろう。


「ところでこの男は?」

「この人はフユマ……私を助けてくれた人」

「本当ですか!? お嬢様を助けていただきありがとうございます!」

「「ありがとうございます!!」」


 今度は俺の方に群がってきた。

 まるで子供だ……というか下手な子供よりも可愛く見えてきたぞ。こいつら悪魔なのにぬいぐるみ的なユルさがあるし、1匹くらいはお持ち帰りしたい。


 なんてのは出来る訳もないので、そのプチデビルと別れて先に進んだ。




 *********************************




「ここがレイアの部屋」


 あれから階段を上がったあと、レイアの部屋に着いた。

 窓に取り付けられた白いカーテン、ふかふかのベッド、大きな鏡のドレッサー……これはすごい。おとぎ話で見るようなお姫様の部屋だ。

 というより元々の城の所有者が使っていたのを、レイアが再利用しているのかもしれない。


 仮にそうだとすると、ここにあるタンスやベッドといった家具は当時のもののはず。にしてはまるで新品のように綺麗だ。


「綺麗だなぁ……こういった家具ってどっから仕入れたりしたの?」

「というか、プチデビルが補修してくれた。小物とか服も、ワーウルフが人化スキル使って買い出しに行ったりとか」

「そういえば魔物は人間に化けたりするスキル持ってたっけ……って、その買い出しの金ってどうやって?」

「抗争相手の魔物から奪った武器とか鱗とかそういう戦利品。それを人間と裏取引して儲けているってお父さんが言ってた」


 なるほど。どうやらそういう協力者的のがいるみたいだ。


 にしても久々のまともな部屋か……こういうところに入ったのは街の宿以来だ。やっぱり森の中じゃなくて部屋の方が安心感が出る。

 というか待て。そもそも女の子の部屋だよなここ……女の子の部屋……。


「……ところでフユマ……フユマ?」

「えっ!? ごめんなさい!! えっと何!?」


 また悶々と考えてしまった……。

 レイアはベッドに座っていたが、いつになく顔をうつむかせていた。その姿に俺は眉をひそめる。


「レイアが半魔だってこと、会った時に言おうか悩んでた……。でもそれが怖くて、ワーウルフが来るまで言えなかった……」

「…………」

「フユマは……レイアが半魔って聞いて怖くなった?」


 俺を見つめるその目は、確かに震えていた。

 先ほどサーベイさんが、自分から半魔だと明かす者はあまりいないと言っていた。その理由が分かった気がする。


「正直、聞いた時は驚いたな。獣人だと思ってたし」

「……ごめん、獣人だって聞かれた時にうんって言っちゃった……怒ってる?」

「……まさか」


 俺は彼女の隣に座った。

 真っすぐ、そしてそらさないように、彼女の目と向き合う。


「確かに驚いたけど、でもそれで印象がどうとか全然なかったよ。そんなことをする奴なんて、俺をスキルなしだと見下してた連中と大差ないさ」

 

 あれはまさしく悪意だ。屈辱的だ。

 そんなことをレイアに与えたくはない。もしそんなことをする奴がいたのなら、俺は決して許さない。


「俺は奴らのようにならない。なりたくもない。俺はレイアの本当の姿が分かって……ちょっと好きになったよ」

「………………




 ……ふぇ?」


 間を置くような沈黙のあとだった。レイアの顔がボンっと赤くなった。

 一体何で……って俺、今さっきなんて言った? 本当の姿が分かって好きになった……好き……って、これじゃ告白じゃないか!!

 

 そりゃあレイアが恥ずかしそうにするよ!!


「ご、ごめんレイア!! 変な事を言っちゃって……!!」

「……フユマ……大胆……」

「大胆!?」


 まさかそう言われるとは思わなかったよ!?

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