第15話 レイアには重大な秘密があった!

「お前、お嬢と一緒にいるってことは魔賊ゴルゴンデリアの一味か!?」

「お嬢は返してもらうからな!!」


 ワーウルフたちが鋭い鉤爪を向けながら叫んだ。


 俺はというと、戦う意思があるどころか放心状態だ。

 何故魔物たちがレイアをお嬢だなんて言っている? 魔物が人間をそんな扱いにするはずが……。


「待って……! フユマは命の恩人……レイアをゴルゴンデリアから救ってくれた!」


 考えごとをしている際、レイアが俺の前に出てきた。

 その言葉を聞いたワーウルフたちから殺気がなくなった。互いの仲間の顔を見合わせて、それからレイアを見る。


「お嬢、それは本当の話で……?」

「本当だよ……だから何もしないで……」

「……まぁ、お嬢がそう言うのでしたら……おい人間」

「……はい?」


 呆然としながらも返事をすると、ワーウルフたちが腰を屈めた。

 それは騎士が王に対して行う忠義のポーズだ。


「お嬢を助けていただき、感謝する」

「見る限り世話をさせていたようで。本当に申し訳なかった」


 ……何だよこれは……。


 魔物が人間に対して頭を下げているぞ? 礼を言っているぞ? 普通ならこんなことありえないぞ。

 こんなことがあるとしたら『従魔』だろうか。魔物を服従……あるいは友情を芽生えさせたりして、人間と従魔契約を交わすとか。


 もしかすると、レイアはこいつらと従魔契約でも交わしているのだろうか?

 それなら色々と納得は出来るが……。


「「…………」」

「ん?」


 そのワーウルフたちが何故か俺を見ていない。

 

 視線を辿っていくと、焚火で焼いてあるイノシシ肉がそこにあった。


「……食べたいのか?」

「……恥ずかしながら。我々はお嬢を探すため、飲まず食わずをしていた」

「そんな暇がなかったからな……」


 でもこれ、ほとんどレイアの分なんだけどな……。もちろん俺の分もあるが。

 彼女に振り向いてみると、手で「どうぞどうぞ」といったジェスチャーをしていた。


「……ほれ、食べなよ」

「ほお、助かる!!」


 ワーウルフたちが寄ってたかってイノシシ肉にありついた。

 せっかくレイアのために作ったご飯が、魔物に食べられるというのは複雑な気持ちだ。かといってレイアの仲間(?)らしいので文句も不満も言えない。


「何とも美味い!! 館の獣肉よりも中々!!」

「これはちゃんと丁寧に解体している証拠だ。我らの担当よりも手際がいいのだろう!!」

「確かに……ちょっと血の味がしたかも……美味かったけど」


 絶賛しているワーウルフたちに混じってレイアが言った。

 彼女、一体ここに来るまで何を食べていたというんだ……。少し気になるが、それを質問するのも躊躇ちゅうちょしてしまう。


 結局、俺が焼いたイノシシ肉はワーウルフの腹の中におさまってしまった。

 続いて奴らは近くの川で水分補給し、実に満たされたと言わんばかりの顔をした。


「はぁ……生き返った……。さぁお嬢、そろそろ帰りましょう。親父がお待ちしてます」

「皆が心配していますよ。早くお顔を見せていただければかと」


 その言葉に、俺はハッと思い出した。

 レイアはいずれ自分のことを探してくれる知り合いがいると言っていた。もしかするとこいつらがそうかもしれない。


 それに今言った親父……恐らくレイアの父親だろう。その人がレイアの帰りを待っている。

 これは早く彼女を帰らせた方がいいだろう。


「……フユマ、まさか迎えに来たのが魔物だなんてびっくりした?」

「ま、まぁ……」


 正直、彼女と同じ獣人がやって来るとばかりに。

 そのレイアが俺の手を掴んでくる。


「……一緒に行こ。フユマにお父さんに会わせたい」

「いいのか?」

「うん……ただ、前もっていうけど……ごめんなさい。多分フユマが思っているのと違うと思うから……」


 いきなり彼女が謝ってきた。

 いつも天然だった彼女がそうするのだ、これは訳アリに違いない。そう思った時にワーウルフが俺とレイアへと近付いてきた。


「ではすぐにお嬢と人間を館までにお送りします。【ワープ】」


 ワーウルフがスキルを唱えた。足元にゆっくりと光が包んでくる。


 そういえば魔物の中には、スキルを保有するものもいる。

 常時発動はともかくとして、唱えるタイプは言葉を話せる種族でしか出来ない。そしてスキルを持っているのは1000体につき1体の割合で、誰でも持っている人間よりもかなり少ないらしい。


 このスキルを唱える個体がいるというのは、レイアとその家族は優秀な従魔使いかもしれない。

 そのワーウルフが唱えた【ワープ】によって、俺たちはどこかへと到着した。


「……さて、着きました」

「……ここ?」

「ああ、ここだ」

「……間違ってないよな?」

「何度も言わせるな。ここがお嬢と親父が住まわす館だ」


 てっきり、俺は街か村に着くと思っていた。あるいはワーウルフで人々が怯えるのを懸念して、人里から離れるように置かれた家とか。


 しかし違う。

 周りにはさっきと同じように森と湖が広がっている。その湖の上にそびえ立つように建てられた城。


 それも植物の蔦が巻き付けていて、とても人が住んでいると思えない古城だ。


「……どうみてもダンジョンじゃん……」


 人によって放棄された古城には魔物が住み、それ自体がダンジョンになるらしい……。


 


 *********************************



 

 いわく、ワーウルフたちはここから2日間かけてファフニールダンジョンの森に向かったらしい。【ワープ】は【エリアポイントテレポート】みたく一度来た場所じゃないと機能できないからだ。


 ちなみに俺を見捨てたゲスパーティーも持っていたこの【ワープ】。 

 これは【エリアポイントテレポート】のように、敵の後ろに瞬間移動とかは出来ないはずだ。さらに発動にはさっきのように、数秒間のタイムラグもある。


 そういった意味では、俺のこのスキルは上位互換とも言える。少し愉悦を感じる。


 なんて話は置いといて、この古城は太古の王国のものだったらしいが、それが何らかの原因で滅んでしまい、人がいなくなってしまっているらしい。 

 よく見ると、森の中にボロボロの住居などが確認できる。恐らく人がいなくなったあと、長い年月をかけて森に呑み込まれたのだろう。


 またこの古城は湖の中央に建っているが、ちゃんと陸地までの橋は存在する。

 

「親父のところに案内する。付いて来い」


 俺はワーウルフたちによって中に案内された。


 まず城門から中に入り、エントランスらしき場所を進む。

 きっと煤けた装飾や穴が開いた壁が待ち受けている……なんて思ったが、意外にも内装はそうでもなかった。ある程度は掃除でもしているのだろうか。


 ただよくあるきらびやかなイメージとは違い、どこか殺風景だ。

 シャンデリアは垂れ下がっていないし、カーペットも灰色……いや、どちらかというと元々の赤色が劣化して色抜けしたようだ。

 ともかく王国にありがちな綺麗に見せようという感じじゃない。


「ん、えっ?」


 目の前から赤黒い狼が向かってくるではないか。

 あれは『ヘルハウンド』だ。ワーウルフのように言葉は話せないが凶暴性は高いという。


 それが2体もいて、俺たちとすれ違うように横を通り抜けてきた。

 しかもどっちも俺に振り向いてきたのがまた……。

 

「あのヘルハウンドも私の友達。この城の警備兵みたいなもの……だから気にしないで」

「……そうなんだ。レイアって本当にここに住んでいるのか?」

「うん、そうだけど?」

「……そうか」


 ……何だろう。割と彼女には深刻そうな経緯があるのか?

 そんな疑念を抱きながら階段を上がっていくと、いつしか玉座の間に繋がる扉が見えてきた。


 その扉が開いた時、俺の目に巨大な物体が飛び込んできた。


「親父、ただいま戻りました!! お嬢は無事です!!」

「何……レ、レイア!? レイアなのか!!」


 ――この時、俺に金づちで叩かれたような衝撃が走った。


 玉座の前に1体の獣が座っている。

 さっき戦ったアーマーグリズリーやヴィーヴルより小さいが、それでも見上げるほどの大きさがある。


 全身を纏った漆黒の体毛。鋭い牙としきりにうなり声を出す3つ首の狼。

 

 こいつは間違いない、見間違うはずがない。

 魔物の中で10本指は入る強力な魔獣……ケルベロスだ!!


「お父さん!」

「お父さん!?」


 しかもレイア、ケルベロスをお父さんって言ってる!?

 俺が唖然としている間、レイアがケルベロスに駆け寄って抱き付いた。


「お父さん、ごめんなさい……! レイアが……」

「分かっているさ! 何も言わなくていい! とにかく無事で本当によかった!」


 このケルベロス、言葉を話しているのは真ん中の首だけらしい。残り2つの首はレイアの頬を舌で舐めていた。

 一方でワーウルフたちが目を押さえながら涙をこらえている様子。よほど嬉しいようだが……、


「えっと……」

「ん……ああ、すまねぇな。もしかすると君なのか、レイアを助けてくれたのは?」

「……あっ、はい」


 うっかり敬語で返事してしまった。

 ケルベロスがレイアを離したあと、ゆっくりと俺に近づいてきた。その圧巻までの大きさが目の前にやってきて、思わず息を呑んでしまう。


 ケルベロスは先ほど言ったように強力な魔獣だ。たった1体で軍隊を滅ぼしたなんて伝承もある。

 少なくとも普通の魔物以上、ファフニール以下くらいの強さだろう。


 それに動かなかったファフニールと違い、こちらは五体満足だ。

 もし戦うことになったら……勝てるか俺!?


「……お父さん、そんなに見つめたらフユマが……」

「あっ? ああ、すまんな……いや、儂を見ても表情一つ変えないとは、そこら辺のハンターよりは度胸あるな」


 内心ドキドキしていましたけどね。

 なんてことは言えないので、相手にはそう思わせておこう。

 

「儂の名はサーベイだ。娘を助けてくれて、本当にかたじけない」

「あっ、どうもフユマです……。それよりも娘って……レイアは獣人じゃ?」

「獣人? ああ、やはり勘違いしていたか」


 サーベイ……いやサーベイさんか。彼が何故か納得をしている間、レイアが目をそらしていた。


 そういえば俺、彼女の家族構成を聞いたことがない気がする。

 そう思っていると、レイアを見ていたサーベイさんがやれやれとばかりに息を吐いた。


「よく聞くんだ。レイアは一見似ているようだが獣人じゃねぇ。儂と人間との間に生まれた『半魔』だ」

「……えっ?」 

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