第38話 浮上する元凶

 言われてみれば、灰色の髪がワーウルフの体毛にそっくりだ。口からはみ出ている八重歯も、狼特有の牙由来と思うと納得は出来る。


 あとイケメンだ。割と。

 俺でさえ認めるほど顔が整っている。簡単に言えば肉食系のチャライケメンって感じ。


「この子はジン。【人化】と【ワープ】両方を持っているのはこの子だけ」

「というと、ワーウルフってどっちかが欠けているのか?」


 そう尋ねると「うん」と返事するレイア。


「だからジンがワーウルフのリーダー格になっているの。ところでお父さんが帰って来てくれとか言ってきたの?」

「まさか! ただの定期報告です! といっても親父、お嬢がいなくなってから寂しそうにしてまして、食事の獣もあまり食べなくなったみたいです」


 ジンというワーウルフが苦笑する。

 そんな酷いことになっているのか……こりゃあ定期的に顔を出させないと。


「それよりも叔父貴、ここに来る際に妙な光景を見たんです。北の方に位置するダンジョンなんですが」

「……ダンジョン……」


 北にあるというダンジョンと言えば、アンデッド化したレッドオーガの住処だ。

 そこが妙なことになっているなんて聞かない方がおかしい。


「……フユマさん、ワーウルフとはどういう……」

「ああ、混乱すると思いますよね。一旦中に入りましょう」


 ユウナさんからすれば、何がどうなっているのか分からないだろう。こういうときは一気に説明しない方がいい。

 一旦家の中に入る俺たち。ジンが「ほほう、これが女の家。良い匂いだわぁ」とか言っているが、あえて聞かなかったことにした。


「えっとまず最初に、このワーウルフはレイアの部下というか。実は彼女、人間と魔物の間に生まれた半魔なんですよ」

「半魔……確かギルドマスターがそんなこと言っていたような気がしましたが、まさか本当にいたなんて」

 

 知っていたのね。

 半魔は希少だというが、ギルドマスターならそういうの知っているかもな。


「まぁ、このワーウルフは悪い奴じゃないのですが……ところでジン」

「はい?」

「さっきから気になっていたけど、俺が叔父貴って……」


 その呼び方がどうしても引っかかってたんだよな……。

 何だよ叔父貴って……。


「そりゃあ、叔父貴は叔父貴ですよ。前に親父と兄弟の盃交わしたでしょう? だから叔父貴なんです」

「別の言い方にしてくれないかな? 恥ずかしいというか……」

「と言われましてもねぇ、こういう呼び方はきっちりとしなきゃいけないもんでして。変に別の呼び名で言ったら親父が怒りますよ」

「……じゃあそれでいいや。それでダンジョンの話なんだけど」


 俺が尋ねると、ジンが険しい表情を浮かべた。


「あそこはとっくにグランドドラゴンとその部下が棲み着いているので、我々としても不干渉を貫いていました。俺は定期報告の為ファフニールダンジョンに赴きましたが、そこで叔父貴がサージア街に行ったとか何とか言ったので【ワープ】をしてきた訳です」

「【ワープ】したってことは、この街来たことがあるんだな」

「はい、買い出しとかに使ってまして。それで街に入る前、ダンジョンから変わった匂いがしたんです」

「匂い?」

「そうです。あれはまさしく死骸の匂い。『死』そのものだったと思います」


 穏やかじゃない返事だ。

 これは何かあると言っているようなものだ。


「それで、俺は様子を確かめようとダンジョンに赴きました。するとダンジョンの上部には穴が開いていたんで、そこを遠くから見たんです。そして見たんですよ……怪物を」

「怪物……見たことある魔物じゃなかったってことか?」

「ええ、グランドドラゴンでも下級魔物でもない。まるで屍が動き出したかのような怪物が……遠くにいたはずの俺を見たんです」

「…………」

「グランドドラゴンはいませんでしたので、どうなったのかは分かりません。ただ相当ヤバイことがダンジョンの中に起こっているというのは間違いないんです。今さっき起きたっていうアンデッド魔物の襲撃も関係あるかと」


 一体、ダンジョンの中で何があったというのか。

 とんでもないことが起こっているのは間違いないが、それが具体的に、そして俺ら人間に対してどんな影響を与えているのかが不明慮。だから厄介だ。


「……しょうがないか」

「はい?」

「ユウナさん、今まで黙っていてすいません。ここには俺たち以外にもう1人……というかもう1体いるんです。そうだろ、ファフニール?」

『やっと話しかけてくれたか。さっきから喋れなくて退屈だったぞ』


 もう隠すのは諦めた。

 いずれはバレる可能性があるし、遅かれ早かれこうなっていたのだ。


 ロングソードから放たれたそいつの言葉に、ユウナさんの開いた口が塞がらなかった。というかそのまま顔が引きつる。


「……ハハッ……今先ほど、ファフニールという単語があったので気になったのですが……フユマさん、本当に今まで何があったのですか……?」

「それは追々語っていきますので。そんでファフニール、お前さっき何かを伝えようとしていたよな?」

『ああ、剣を震えさせて待っていたさ。その前にフユマに面倒事が舞い込んだのが痛かったが』

「悪かったよ……。で、話って?」

『ふむ。では単刀直入に言うが、私はレッドオーガをアンデッド化させた奴のことをよく知っている』


 その一言に、俺は引き付ける思いをした。


しかばねの魔龍「エレシュキガル」。無数の骨で構成された魔龍で、奴のもたらす瘴気は周りの生物をアンデッド化させてしまう。そして、私が殺そうと捜しまわっていた奴でもある』

「捜しまわっていた……?」

『ああ。奴は私が倒した1体……だったのだが完全には滅んではおらず、身体の一部だけで逃走したのだ。奴はどこかで潜んでいたのち、何らかの原因で目覚めダンジョンを襲撃し、魔物たちをアンデッド化させた。それはすなわち、奴が自身のテリトリーを広げていることを意味している!!』

「……ファフニール、何かテンションが上がってないか?」


 何か喋っているうちに気分が上がっている気がする。

 いつも冷静な姿から想像しづらい。


『当たり前だ!! 我が敵が目覚めたというのだ! これを好機と言わずになんという!!』

「……戦闘バカだな、あんた」

『バカで結構。それに奴が目覚めたとなると、貴様たちも無関係だとは言い難い。奴は魔龍の中では下級の存在だが、放っておけば人間共も生きた屍になるだろう』

「そりゃそうだよな……」


 魔龍はファフニール含めて強大な存在だと本に書いてあった。いかにそいつが下級とは言え、人間に多大な影響を与えるのは考えるまでもない。

 これで流れで行くと、俺はこの選択を選ぶこととなる。


「俺にそのエレシュキガルを倒せって言うんだろ?」

『さすがは我が相棒。話が早いではないか』

「街が壊滅してしまったら、寝覚めが悪いからな。レイアもリミオもそれでいいかな?」


 罪憎んで人憎まず。

 俺を見下していたからって、街を見捨てていい理由はならないのだ。


「……正直この街は気に食わないけど、でもユウナさんのような人もいる。レイアは賛成するよ」

「そうね。それに伝説の魔龍を相手をするなんて、滅多にないことよ。身体に流れる魔物の血が騒ぐってね」

「……ありがとう。じゃあファフニール、具体的にはどうしたらいい?」

『それはただ一つ、以前の魔物連戦を再開することだ』


 俺が尋ねるとファフニールが提言した。


「でもお前、俺が制御装置刺すまでスキルの内容分からないって言ったじゃないか。それがエレシュキガルの有効打になるって保証が……」

『いや、そうとも限らない。ダンジョン攻略は難易度が高ければ高いほど強力な力が手に入る。あの魔物連戦ならそれが期待できる。もちろんレベルアップもあり得るだろう』

「レベルアップか……」


 例のダンジョンは30~40レベルじゃないと攻略できない。今の俺は28だから、今すぐにでも上げないといけないのだ。

 ファフニールの言うことはあくまでも可能性の話に過ぎないが、今までそのスキルで何回も救われてきた。今回もだって……。


「信じるよ、お前のことを」

『ああ、そう言ってくれると助かる』 


 ダンジョン攻略再開だな。

 ちっとも悪い気がしない。


「ユウナさん。混乱しているかもしれませんが、でも一刻の猶予はありません。だから……」


 ユウナさんに振り向くも、彼女は唖然とした表情のままだ。

 そうだよな、いきなり人化した魔物がやってくるわ、レイアが半魔だと分かるわ、剣からファフニールの声がするわ。そんなことが立て続けに起きたら思考停止するってもんだ。


 だからユウナさんには悪いが、返事は期待できないと思っていた。


「……よく分かりませんが、事件の元凶と戦うんですね」

「ええ」

「……そうですか……」


 まだ処理できていない表情をしている。

 しかしすぐに変わって、まるで神妙な顔つきになっていた。


「……私には何も出来ませんが、それでもフユマさん……あなたたちの帰還を祈っております。どうか生きて帰ってきてください……」

「……はい」


 その言葉に俺は返事した。

 彼女の為にも、俺たちは生きて帰らないといけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る