第35話 リミオの真の姿
「正体不明? それはどういうことです?」
焦る受付嬢に対して、ギルドマスターは冷静に説明を促した。
受付嬢は落ち着こうと一呼吸を入れる。
「そ、それが腐っているとのことです!」
「腐っている?」
「はい、元がどういう姿が分からないくらいに腐敗をしているらしいのです。それでいて脅威度は高く、この街に向かって進行中とのことです」
「ふむ、となるとアンデッド系の魔物に違いないかも」
アンデッド系と言えば、耐久力と戦闘力が高いことで有名だ。前者はもう死んでいる身で痛覚がないから、後者は生前にかけられていたリミッターが外れているからだとか。
ゾンビ系の弱点は炎魔法、あるいはその身体自体を吹き飛ばすくらいの破壊攻撃あたりか。
「ハンターは?」
「実は大半が別のクエストに行ったきり戻ってこないんです。今は街にやって来た旅のハンターが交戦しています」
「そうですか。ハンターがいるとはいえ脅威度は未知数、増援が必要になりますね。という訳であなた、行ってきてくれますかな?」
と、ギルドマスターが俺に振ってきた。
「ギルドマスター、その方は……」
「私の客ですが、行く先々で魔物は退治しているから心配はいりません。あと前もって言いますが、あなたはハンターじゃないので報酬は一切出ないことになっております。構わないですね?」
俺がフユマであることをぼかすような言い回しだ。この人、ハンター1人1人に情を持たないって言ったのに……。
それよりも報酬がもらえないのは残念だが、そこは仕方ないと割り切るしかない。今後からポーションの販売も始まるのだし、それを報酬分として受け取ればいい。
そして何より、魔物が街に進行中ということはユウナさんの身が危ない。
決して俺を落ちこぼれと見下した連中の為ではないが、しかしユウナさんを含めた無実な人が大勢いる。
俺には街を見捨てるという非道なことは出来ない。
「では行ってきます」
「? この声どこかで……」
受付嬢にバレる前に事務室を出た。
あの人は以前から出会っているから、俺の声と顔を覚えているはずだ。
「ユウナさんはメディカルの方にいてください。ギルドの中が安全かもしれないので」
「わ、分かりました……フユマさん、気を付けて」
「……ええ」
ユウナさんの為だ。一皮むくとしよう。
「……やっぱりユウナさん、フユマのこと好きだったのかも……」
「ん? レイア何て言った?」
「何でもないです。リミオ、【アイテムボックス】からザスリア出して」
「はいはい」
ザズリア、どこにしまったんだろうと思ったらリミオが持ってたのか。
すぐさまギルドを飛び出して、魔物が現れたという草原に向かった。あそこは走っていける距離だが、話に出てきた旅人ハンターがもっててくれれば越したことはない。
にしても、ここらにアンデッド系魔物が出るなんて話聞いたことがなかったような……。
一体その魔物はどこから現れたんだ? どこか遠いところ? あるいは既存の魔物が何らかの原因でアンデッド化したとか?
……と、考えている場合じゃない。
既に俺たちはその草原を出て、辺りを散策した。するとレイアの耳がピクピク動いて、左の丘へと指さした。
「あの丘の奥、音が聞こえてくる」
「確かに腐った匂いがプンプンとするわね。嗅ぐだけでも気持ち悪い」
「ああ、魔物だから鼻がいいんだな」
など思いながら丘を登っていくと、次第にその光景が見えてきた。
見えたのだが……何だあのおぞましさは……。
《オ゛オオオオオオオオ……!!》
受付嬢が正体不明だって言う訳だ。
草原の中で暴れている1体の魔物。その姿はあたかも腐ったトマトのようにぐずぐずに崩れている。
さらに背骨が表皮から露出しているという酷い有様だ。
辛うじてそれが巨大な二足歩行をしているというのが分かるくらい。
そいつが骨が丸見えになった両腕を振るいながら、ハンターと交戦していた。
「これ、ハンターさん危ないよね……?」
「ああ……」
レイアの言う通り、そのハンター3人はかなりジリ貧になっているようだ。
3人の中に強力な炎属性魔法がいなかっただろうか。これでは全滅してしまう。
「すぐに行こ……」
レイアへと頷いてから、俺はロングソードを引き抜いた。
しかしその時、リミオが腕を上げて制止してくる。
「いや待った。ここは私に任せてくれないかしら?」
「リミオ?」
「私の真の姿をまだ披露していないからね。あの腐った魔物なら私だけでも十分だわ」
俺らに対してウインクをするリミオ。
リミオの正体か……今までどんな姿だろうと考えていたが、それが分かる日が来るのか。
非常事態というのにどこか期待感が込み上げる中、リミオが俺たちの前に立った。
「……【人化】解除」
その一言と共に、彼女の周りに黒い風のような、あるいは渦のようなものが発生する。
その渦の中で、リミオの姿が大きく……そして全く別物へと変わっていった。
桃色の髪を持った頭部は、それと同じ色の鬣をした爬虫類のそれに。
スタイルのある体は筋肉質で鱗を持ったものに変わり、さらに身丈以上の長い尻尾が生える。
「お……おお……!」
周りの黒い渦が消えたあと、俺はそんな変な声を出してしまった。
龍だ! 桃色の鱗を持った龍! だからファフニールに後輩とかって言ってたのか!
それと背中には翼を持っていない。さらに両肩や肘や背中、尻尾にまで鋭い棘が生えている。
この特徴からして彼女は、
「上位種の『ベルセルクドレイク』!!」
「ご名答。皆、この姿を出した途端、驚くかビビるかのどっちかするのよね」
ドラゴンやワイバーンなどをひっくるめて『龍』と呼ぶが、その中に『ドレイク』という種類がある。
翼と手足があるのが『ドラゴン』。両手が翼になっているのが『ワイバーン』。そして『ドレイク』は翼がなく手足があるタイプだ。
翼もないファフニールも本来ならドレイクっぽいのだが、あいつはその範疇にあるとは言い難い。あいつは『魔龍』としか言えない分類だ。
ドレイクはバランスのあるドラゴン、空戦に特化したワイバーンと比べて陸戦に特化している。
しかも彼女の正体が凶暴性の高いことで有名なベルセルクと来た。
「戦場がとんでもないことになるな……」
「ん?」
「さぁって、派手に暴れますか!!」
レイアが俺に向いたと同時に、真の姿になったリミオが駆けた。
何せ好戦的を通り越して戦闘狂だと有名なベルセルクドレイクだ。彼女が敵と対峙したら……。
「キュオオオオオオオオオンン!!」
《!!?》
アンデッド系魔物が振り向いた時には、リミオがその顔を掴んでいた。
それを豪快にもぎ取り、
頭部を持ち主に叩き付けて怯ませ、
鋭利な棘の生えた尻尾を叩き付け、地面に倒れさせた。
「キュオオオオオオオオンン!!」
やっぱり強い……! そして戦い方がえげつなくて凶暴的……!
そしてあろうことか、アンデッド系魔物の上半身を掴んで地面に叩き付ける。それも何回もだ。
そうして元からグジャグジャだった魔物が、さらにグジャグジャになってしまった。
そこからリミオがグッと力を入れて、上半身をバラバラに引き裂く。その際、ブチブチっと酷い音が聞こえてきた。
「……終わったね」
「ああ……終わったな。数分も経ってないよ」
残ったのは魔物の残骸である肉片だけ。
なんとまぁ、秒殺だよ。というか蹂躙だったな、まさしく。
でも何か違和感あるな。確かベルセルクドレイクは何らかの魔法を使えた気がするけど……まぁいいか。
リミオは転がっていた魔物の肉片を踏み潰したあと、仮の人間の姿に戻っていく。何とも清々しい顔をしながら髪をかき上げていた。
「リミオ、ありがとうな」
「どういたしまして。それよりもハンター介抱した方がいいかも」
「ああ、そうだった。そこのハンター、大丈夫ですか!?」
俺は未だ腰抜かしているハンターたちに駆け寄った。
受付嬢が旅をしていたとか言ってたので、俺の正体は知らないだろう。一応マントは付けているのだが。
「……その声……お前まさか……」
「…………!?」
嘘……だろ……?
バンダナを付けた男、小太りの男、眼鏡の男。……忘れようがない、忘れるはずがない。
こいつらは……こいつらは……。
「な、何で生きているんだ!? どういうことなんだフユマ!?」
俺を見捨てたクズパーティーだ!!
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