終章 スキルゼロ剣士と仲間たち

第36話 その腕を握り締める

 ――正体不明の魔物を倒してから数時間後のことだ。


「草原にアンデッド系魔物が出たなんてな……」

「アンデッド系なんて滅多に現れなかったのに……何か不穏なことが起こりそうだわ……」

「下手したら疎開かもな……やだなぁ……」




「……皆、俺のことは話題していないか……」

「ラッキーだったかもね、それは」

「まぁ……でもあいつらが草原にいたってことはこの街に……」


 そうリミオに返事をした俺。

 俺たち3人は、たった今ユウナさんの家にいる。その窓からそっと、外の様子を見下ろすようにしていた。


 見下ろしている先には、人々がアンデッド系魔物の噂話をしていた。付近にそんな化け物が出るなんて話はなかったものだから、一段と不安そうだ。

 しかし彼らとは別に、俺は負の感情に襲われていた。


「……あいつらが……あいつらが戻ってくるなんて」


 あのアンデッド系魔物を倒したあと、それまで戦っていたハンターたちを介抱しようとした。


 旅をしていたとか言われていたから、俺のことを全く知らない無関係な人とばかり思っていたのだが、どうやらそれが誤算だった。


 戦っていたというハンターは、あろうことか俺を捨て駒にしたパーティーだったのだ!


「咄嗟に【エリアポイントテレポート】を使うなんて、よほどあのハンターたちが大嫌いだったのね」

「そりゃあそうだよ……というかこれで使用回数があと1回だな……」

「無制限じゃなかったの?」

「1日に使えるのは6回までなんだ。あまり使いたくなかったんだけど……」


 そいつらと再会してしまった時、思わず【エリアポイントテレポート】と唱えてしまったのだ。

 それでユウナさんの家の裏口に移動したあと、事前に渡された鍵で中に入った訳だ。


 だってあのパーティーと街中で出会ったら、一瞬にして街の皆にバレてしまう可能性がある。というかあいつらとは二度と顔も見たくない。

 街にあいつらがいないからと安心していたのに……本当に忌々しい!!


「……あら、フユマさん、それにお二人とも」

「ユウナさん!」


 ギルドメディカルにいたはずのユウナさんが戻ってきた。

 というか黙って家に入ってしまったな……。


「すいません! あの戦いのあと、スキルでこっちに移動しちゃいまして……。隠れる場所がここしか見当たらなかったものですから……」

「いえ、鍵を渡していたので大丈夫ですよ。それよりもアンデッド系魔物を倒したのですね」

「ええまぁ、倒したのはリミオなんですけど」

「これでもベルセルクドレイクだからね。あれくらい朝飯だったわよ」


 ユウナさんが「なるほど」と感心していたが、次第に眉をひそめて、


「……えっ、ベルセルクドレイク!!? あの凶暴性が高いことで有名な!?」

「ん? 言ってなかったかしら?」

「言ってません!! そもそも理性がないとされているのに!?」

「まぁ、私はイレギュラーだからね。人間に化身できるのは私くらいしかいないわ」


 その通りだ。ここまで理知的なベルセルクドレイクなんて知らない。

 図鑑に彼女の情報が載ってもいいくらいだ。


「それよりもユウナさん、ギルドメディカルの方は?」

「あっ、昼休憩時はこうして家に戻るようにしているんです。それよりも、フユマさんがいるのでしたらちょうどよかった。実はアンデッド系魔物の正体が分かりまして」

「正体?」


 その言葉に俺は食いついた。


「あの魔物は『レッドオーガ』。北に存在する最寄りのダンジョンから出てきたのだと、ギルドマスターはおっしゃってました」

「レッドオーガ!? ということは……」

「はい、何者かの手によってアンデッドにされたのではと推測が立てられています」


 レッドオーガは弱い魔物ではない。それにそいつをアンデッドにしたという存在。

 

 そんな奴が本当にいるとしたら、それは人間ではないかもしれない。


 ――カタカタ……。


「……ん」


 

 変な音が聞こえた。


 どうも近くに置いてあるロングソードが、独りでに小刻みに震えているようだ。一応言っておくが、この部屋に風が吹いている訳じゃない。


 ……もしかして、ソードに宿っているファフニールが訴えかけているのか?


 確かめようとソードに手を伸ばしたが、その時ドアからノック音が聞こえてきた。

 思わず伸ばした手を止めてしまう。


「この時間にお客様? 少し待っててください」


 玄関に向かうレイアさん。


 今いる部屋は玄関から見て曲がり角にあるので、ユウナさんの姿が必然的に消えてしまう。これならファフニールの声が聞かれないだろうと、またソードを手に取った。


 が、


「おお、久しぶり。元気だったか?」

「えっ……何故ここに……」

「街の人から住所を聞いたんだ。探すのに手間がかかったよ」


 ファフニールに話しかけるのをやめ、玄関へと顔を伸ばしていた。


 そこにいたのはユウナさんと……さっきまで再会してしまったパーティーだった。


「……タイガ……ザック……ガリア」


 バンダナをした大剣持ちのリーダー、タイガ。


 小太りをした魔導士、ザック。


 そして眼鏡をした双剣持ちのガリア。


 俺をヴィーヴルを突き出したのがザック。それを命令したのがタイガ。俺にとって絶対に許すべきではない相手。

 それなのに何故ここにいる!? 何故ユウナさんの家にいる!?


「すみません、一体どういったご用件で……」

「最初出会ったときだったかな。俺が軽くお茶でもしないって言ったとき、断ったことがあったじゃん?」


 戸惑うユウナさんに対し、リーダーのタイガがそう答えた。

 その間、レイアもリミオも顔を覗かせる。


「それからはさすがにしつこくなるからやめようって、俺も諦めて声をかけなくなったんだ。そのあと街を出て色んな女の子に声をかけたりしたけど、やっぱ君のことが忘れなくてさ。それでこの街に戻ったんだ」

「は、はぁ……」


 はっきり言おう。言っている意味が分からない。

 タイガ、あんたはユウナさんの一体何なんだ? というかユウナさんが困っているじゃないか。


「何あれ、ユウナちゃんのことが気になって戻ったとか気持ちわるっ」


 リミオも辛辣なコメントを出していた。

 女から見ても気持ち悪いとか言われる男……。


「それで私に何か……?」

「もしよかったら、友達からでいいのでよろしくお願いできるかな?」

「えっ……えーと、申し訳ありません。あまりそういうのは……」

「頼む! 俺には君しかいないんだ!!」

「そんなことを急におっしゃられても……」


 ――無性に腹が立ってきた。


 こいつ、俺を亡き者にしようとするのにも飽き足らず、ユウナさんを困らせようというのか?

 もはや怒りを通り越して軽蔑が出てしまうくらいだ。

 

「なぁ、頼む!」


 タイガがユウナさんの両腕を掴んでいた。







 その瞬間、俺の中で何もかも切れて、いつの間にかそいつの腕を強く握っていた。


「なっ……」

「久しぶりだなリーダー。俺を騙してから随分遊んでいたみたいだな?」

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