第22話 弱い奴だと、情けない奴だと

 戦闘の間、レイアは間違いなく笑っていた。


 戦いを楽しんでいるような、今までの鬱憤を晴らしているような爽快感。そんな嗜虐的な感情がそこにあった。

 まるで闘争本能に目覚めた獣のように、アーマーワイバーンを蒼炎【砲】で蹴散らしていく。


「すごい……レイアってレベルどのくらいなんでしょう?」

「計ったことがないから分からんが、おおよそ20レベル辺りだな。もちろん蒼炎があるから戦闘力は未知数だが」


 ほう、彼女がギルドに入ったら優秀なハンターになれるだろうなぁ。

 そんな話をしている間、次第にアーマーワイバーンの数は減って2体だけだとなった。


「そろそろ終わりだね……」


 ガントレットを構えるレイア。

 すると2体のアーマーワイバーンが何を思ったのか、互いの身体をくっつけ合う。それぞれの身体が溶け合って1つになろうとしていた。


「何だあれは!?」

「落ち着け、ファフニールの眷属はお互いに融合することで戦闘力強化できるんだ。だから普通の魔物より強い」


 サーベイさんの言葉から「だろうな」とは思った。元々流体金属から生まれたらしいし。


 溶け合った身体が再構成するかのように変化し、以前と少しだけ異なるものになった。

 まず2体融合したからか双頭を持っている。翼の方は4枚になっていて、以前よりも大きくなっている。正面から見れば×バツのようだ。


「レイア、いけるか!?」

「大丈夫。なるべく手出しはしないで」

「……分かった! でも危なくなったら加勢するから!」


 ここはレイアに任せるしかないということか。

 本当のところは手助けしたい。しかしそれはレイアの意に反するだろうし、彼女の為にもならない。


 俺はもしもの場合が来るまで、見守っていなければならないのだ。

 大丈夫だ。きっとレイアならやってくれる。


《キュウオオオオオオ!!》

《オオオオオオオオン!!》


 アーマーワイバーンの双頭が同時に吠える。

 その口から爆弾……ではなく放電が放たれる。融合することで性質が変化するんだ。

 

 まっすぐレイアに向かうも、彼女はガントレットからの蒼炎【剣】ではじき返す。

 曲がった放電は壁に当たり、爆発。


「すごい……! 放電を曲げるなんて……!」


 ワーウルフのその言葉、俺も言いたかったやつだ。

 レイアって本当にすごいよ……。女の子だから機動性はそれほどでもないが、でもそれを補うほどの攻撃力を持っている。


《キュオオオオ!!》


 双頭ワイバーンがレイアに向かい、脚の爪を繰り出す。

 レイアが再び【魔力障壁】で防御。しかしエネルギー切れなのか、それがすぐに消える。


 しかしそれでアーマーワイバーンの動きが止まったし、レイアもその辺理解していたのか、間髪入れずガントレットの腕を突き出した。

 アーマーワイバーンの腹に打突するが、そんなに威力があるように見えなかった……かに思えたが。


「はい、死んだ」


 その一言と共に、蒼炎が噴き出された。

 アーマーワイバーンの腹を抉って、背中もろとも貫通。ぶちまけられる銀色の体液。


 アーマーワイバーンは小さな断末魔を上げながら、ぐらりと倒れ伏した。


「……スッキリした。フユマどう?」


 振り返ったレイアには笑顔が満ち足りていた。

 何というだろう。今さっきは「彼女ってこんな表情すんだ」と複雑な気持ちだったのだが……一周回って嫌いじゃない気がする。


 無表情な女の子が嬉しそうな顔するの……結構萌えるんじゃないかな?

 変態と言われそうだが、割とゾクゾクはしたかもしれない……!


「すごかった! 本当に君は強いよ!」


 とまぁ、そんなことを口にしたらサーベイさんたちにドン引きされそうなんだけどね。

 ともかく、これでならダンジョン攻略も難なくやっていけるはずだ。本当に強くなったと実感したくなるよ。


「ありがと……頑張ろうね、ダンジョン攻略」

「ああ!」


 俺はレイアの成長にただ嬉しく思った。

 今まで彼女は魔法を出せないことに苦しんでいた。そしてそれを解決することが出来た。


 俺がスキルを手に入れたことへの喜びを、彼女は間違いなく感じ取ったはず。

 その喜びを分かち合うのがとても心地よかった。


「フユマさん」


 サーベイさんの声に振り向いてみると、彼がこちらへと近付いていた。

 

「サーベイさん」

「……儂はあらゆる方法でレイアの魔法を解決しようとしたが、それが徒労に終わった。しかも儂の目の届かない場所でゴルゴンデリアに攫われる始末。本当に父親として情けなく感じる」

「……お父さん、そんなことないよ……」


 レイアの擁護が出たが、対してサーベイさんが首を振る。


「いや、あれは儂の責任だ。恥だと思っている。それに引き換えフユマさん、君は娘をゴルゴンデリアから守っただけではなく、こうして魔法を発現することに成功した。改めて礼を言う……ありがとうな」

「いえ……俺はただどうにかしたいって思っただけで」

「そんな謙遜にしなくていいさ。とりあえず城で宴をしようと思うんだが、ぜひとも君も参加してくれ。遠慮することはないさ」

「そこまで言うなら。ありがとうございます」


 何かここまで歓迎されるとは、恥ずかしくなるな。

 でもサーベイさんがそう言うのなら楽しまなければ。


「じゃあ、そろそろここから……」

「――ただその前に、君に一つ聞きたいことがある」


 その時、サーベイさんの穏やかな表情が一変、無表情に近いものになった。


 突然の切り替えに俺は絶句する。今の彼の目は、何かを探ろうとしているかのようだった。

 とてもじゃないが返事が出来ない。


「君はさっき【迷宮制御】というスキルを唱えていたな? ダンジョンに作用するスキルなんてのは、儂ですら聞いたことがねぇ。さっきのは流れで騙されてしまったが、今になって違和感が出てきたよ」

「…………」

「それに、ファフニールの眷属魔物がはびこるダンジョンを1人で攻略していた……それが引っかかる。いくらスキルを持ってしても、レイア以外仲間がいない君が攻略するとはどこか解せない。いやレベルが異様なほど高かったら話は別なんだが」


 疑われて当然だ。

 勘が鋭い人間なら、俺のことを不審に思うだろう。


「君を疑っているように聞こえてしまうだろうが許してくれ。でもレイアを助けてくれた君だからこそ、その辺のことを聞きたいんだ。一体どんな秘密があるっていうんだ?」


 これはもう、全部話さないと駄目だということか。しかもここではぐらかしても、いずれはボロが出てくる。


 正直怖い。

 この事実を知って、あのパーティーと同じようなことをするのではと思っている。あまり話したくないという気持ちでいっぱいだ。


 でもここで話さなかったら不審がられてしまい、レイアを遠ざけられてしまう可能性がある。

 色々と考えすぎかもしれないが、でもそういうのが起こるとするなら、


「お父さん、あまりフユマに……」

「レイアいいよ。あの、恥ずかしい話なんですが……俺は本当はスキルゼロなんです。このスキルはあくまで俺のじゃないんです」


 言ってしまった。それから自分の過去や経緯を流すように話していた。

 感情的ではなく、淡々とした感じだ。恐らく話したくないという気持ちがそうさせてしまったのか。


 やがて話終えると、サーベイさんたちが神妙な顔つきで見続けてきた。

 ああ……これは引いている。ステータスを見たギルド職員と同じだ。これはもうだめかもしれない。


「……フユマさん」

「はい……」

「言っておくが人間はともかく、魔物の間でスキルも魔法もないってのは珍しくないぞ?」

「……えっ?」


 意外な言葉に唖然としてしまった。そんなことあるのか?

 ……あっ、でもそういえば。


「オーガとかそういうのですか?」

「ああ。そういう頭悪い奴は、スキルと魔法持ってなくても強いからな。ドラゴンの中にも、己の力で敵を倒す奴もいるし」


 そうだった。


 大地を縄張りにする『アースドラゴン』がいい例で、こいつはどちらも持っていない代わりに力が凄まじいという。

 人間が例外なくスキルなどを持っているのは、脆弱ぜいじゃくな身体能力を補う為、あるいは創造神から寵愛されている為とも聞いたことがある。


 というかスキルを唱えられる魔物は言語能力を持った一握り……自分で以前そう思ったじゃないか。


「確かに、別にスキルが使えないからって問題にしていないよな」

「人間界隈が異常なだけなんだな。奴らはスキルを重視して本質を見ていない。呆れた連中だよ」

「……ほらな。別にスキルゼロだからって気にすることはないさ。むしろファフニールの力をスキルとして制御しているのが、儂としてはすごいと思う。フユマさん、もっと誇りを持つんだ」


 次々に言うワーウルフたち。それに便乗するサーベイさん。

 スキルがないことでどうなるのかなんてのは、魔物界隈ではあまり問題にされていないということか。


 ……でもそれでも……それでも。


「俺のこと、弱い奴とか情けない奴とか思っているんじゃないんですか? 何も出来ない落ちこぼれだって」



『しかもスキルがほとんど使えないなんてな、こいつハンター界隈では相当みじめだったんだろう。全く哀れな奴だ!!』



 以前に戦ったデリアにこう馬鹿にされたんだ。

 気にすることはない? 誇りを持て? 人間界隈が異常なだけ? 今さらそんなことを言われても信じられる気がしない。


 サーベイさんの言っていることなんて気休めにしか聞こえないよ。

 全く俺には響かない。







「あっ? 今なんつった?」

「えっ?」


 サーベイさんへと見上げた時。

 俺は自分の身体が浮かされるのを感じた。次の瞬間には壁に叩き付けられる。

 

 背中が痛く感じた中、俺はサーベイさんの左頭部によって壁に叩き付けられたんだと認識した。

 左頭部がそのまま俺を押さえ付けているので、宙に浮いた形になってしまっている。


「お父さん……!」

「儂らがいつ君を弱い奴だと思った? いつ情けない奴だと思った? あっ?」


 真ん中の首が俺の目と鼻の先にある。

 しかもその表情は、まさに怒り狂う野獣そのものだ。


「君はゴルゴンデリアからレイアを救い、そして倒したんだろ? その時にファフニールからもらったスキルを使った。……なるほど、確かに他者からもらった力なんてのは自分のものじゃないかもな」

「……なら」

「だがな。君はレイアを守りたいという気持ちがあって、そのスキルを使ったんだろ? 他人の為に何かしたいと思ったんだろ? そうやって戦った人間に対して、弱い奴だ情けない奴だなんて口が裂けても言えるのか?」


 何だこの人……本当に魔物なのか? まるで人間と対峙しているかのようだ。


 ……いやむしろ、今まで俺を見下してた連中が魔物だったのか?


「もし仮に、ファフニールのスキルを自分の欲の為に好き勝手使っていたなら、儂は弱い奴と思っていただろうな」


 左頭部がそっと俺を離した。

 そのまま地面にへたり込んでしまう。


「でも君はそんな奴には見えねぇ。娘を助けたという事実を抜きにしても、君はスキルの使い道を熟知し、それを上手く扱っている。情けないどころか、立派な奴だ」

「……サーベイ……さん……」

「だからフユマさん、儂らの言葉をもっと素直に受け取ってくれ。儂らは君が思っている以上に、君を評価している。くよくよするな」

「…………」


 あれ、どうしてだろ。何でこんなに目が濡れてくる?

 こんなにも本心から俺を認めてくれたのに、何で素直に受け取られないんだ。何でこんなに俺は泣いているんだ……?


 これはもしかして嬉しく思っているのか? 

 こんなにも自分を見てくれる人がいて、やっと安心しているのか?


「……俺……俺……」


 言葉がつっかえて、よく喋ることが出来なかった。

 そこにレイアがやってきて、俺の頭を撫でてくれた。まるで意趣返しだ……もちろん悪い意味じゃなくて。


 どっと気持ちが膨れ上がって泣いてしまった。ハンターになってから初めて評価されたんだと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 人目はばからず泣き崩れている時、ファフニールの声が聞こえた気がする。


『あくまで自分のじゃない……か。その通りかもしれんが、何故人間はそんなことをこだわるのだろうなぁ』

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