第26話 懐かしの我が部屋
『以前に獲得した【迷宮制御】というのがあるだろ? それは本来、スキル保有者がダンジョンへと有利に働かせる能力でもある。例えば壁を想像しながら唱えてみろ』
「壁だな。【迷宮制御】」
唱えてみると床が急に盛り上がる。それが一瞬にして壁となって、前方を覆い尽くした。
ほぉ、これは中々すごい!
その一部始終を見ていたリミオさんも「へぇ」と感心そうにしてくれた。
「ダンジョンに直接働きかけるスキルなんて聞いたことがないわ。すごいすごい」
「ありがとうございます! で、こんな感じなのかファフニール?」
『ああ。それで眷属魔物の攻撃などを
「望むもの?」
『簡易的な部屋や寝床。まぁ、限界はあるとは思うが』
「寝床か。寝床なら……」
簡易的な寝床よりも、どうせなら部屋を作ってみたい。故郷にある自分の家のような感じだ。
ただいかに万能そうなファフニールダンジョンでも、果たしてそれが出来るのだろうか。さすがにそういうのは無理がありそうな気がしなくもない。
でも失敗したら失敗したらでいいし、それなら諦めてシンプルなものにしよう。
とにかくやってみて損はないはず。
「じゃあ行くぞ。【迷宮制御】」
今度は壁に向けてスキルを唱えた。
するとまず最初に扉が形成される。
しかもご丁寧に、俺が想像した木製の形。色はダンジョンの銀のままだ。
「扉?」
「何か急に現れたわね?」
レイアたちが戸惑ったあと、扉の奥から工事のような轟音が響き渡った。
その音がしばらくして止んだので、多分これで完成……かな?
「えっと、入って大丈夫?」
『好きにしろ』
では早速。
俺は恐る恐る扉ノブを掴んで開けてみる。さて、魔人が出るか大蛇が出るか。
そしてそこにあったのは、
「…………」
「部屋だ……」
「部屋ね……」
レイアとリミオに言っている中、俺は黙っていた。というか呆気に取られていた。
隅っこに置かれた羊マーク付きのベッド。窓の配置。花瓶が置かれた机。
間違いない。ここは俺の……、
「お、俺の部屋……!!」
そう、ここは俺の部屋そのものなのだ!
もちろん全体が銀色に染まっていたり、よく見ると細部が微妙に違ったりと完璧ではない。また再現できなかったのか、花瓶の生け花やベッドの布団も存在しない。
でもそれを抜きにすれば、懐かしの我が部屋だってのが分かる。
俺のスキルにこんな力があるなんて……やっぱりこれ最高だな!!
「ここ、フユマの部屋なんだ……」
「そうみたいなんだよな……さすがに色が銀色なのがあれだけど」
『色? イメージしながらスキルを唱えればちゃんと付くぞ』
「付くのかよ!?」
やっぱりこのスキル、色んな意味でおかしい!!
とりあえず色のイメージね……。俺の家は木造だったから、全体が茶色で覆われていたな。
「【迷宮制御】」
そう思い浮かべながら唱えたところ、部屋全体が茶色に染まっていった。さらに不透明だった窓がちゃんと透明になる。
おお……細部の色まで完璧。まさに俺の部屋をダンジョンに持ってきたような状態だ。
これを応用したら、ダンジョン宿屋なんて出来そうだな。もしかしたら風呂もイケるんじゃないか!?
「すごい……! フユマの部屋に来たみたい……! フユマ天才……!」
「いやぁ、天才だなんて……。ただ見ての通りの素朴だけど大丈夫?」
「うん、こういうのも好き。というか素朴な方が安心する」
それはありがたいことです。
レイアが一歩前に出たと思えば、壁にある窓を覗いていた。そしてしょんぼりとした顔をする。
「……外の風景、見られない……」
『この部屋はダンジョンの中に形成されたものだからな。フユマ、窓と外が繋がるように想像しながらもう一回唱えろ』
窓は壁で塞がれている。外側から離れているからこうなっているということか。
言われた通りにスキルを唱えると、また轟音が鳴り響く。
その時、壁が広がっていた窓に光が入ってくる。外の森が見えるようになったのだ。
「わぁ……外が見える」
『これでレイアの望み通り、外の風景を眺めることが出来る。あとは好きに使うといい』
「ありがとう、ファフニール……!」
『その代わり部屋を移動させたから、扉の先は通路になっているが。まぁ、そういうものだと思って慣れるんだな』
すぐに扉の先を確認してみる。
なるほど、さっきまではファフニールの部屋があったのに、今は通路が形成されている。これは外側に移動させたからだろう。
とりあえず【迷宮制御】の使い方はこんなものだろうか。
これで雨が降っても心配はないし、自分の家に帰ってきたみたいにくつろぐことも出来る。うむ、初めてにしては良い出来栄えだ。
あとはこのスキルを上手く勉強すれば、快適になること間違いなしだ。
俺、だんだんとこのスキルのことが好きになったよ。
「へへ……フユマの部屋……フユマの部屋ぁ」
レイアが布団のないベッドで、嬉しそうに転がり回っている。
……はぁ……君って何でそこまで可愛いんだ……。そんな嬉しそうな顔をしていたら、こっちが口元が緩んでしまうぞ……。
「…………すごいわ」
「ん、リミオさん?」
彼女がぼそりとつぶやいたのを聞き逃さなかった。
おもむろに振り向いてみると、彼女がバッと俺の方に接近してきた。
「今まで何人もののハンターを見てきたんだけど、君ほどの斬新なスキルを持ったハンターは初めてよ! さすがサーベイ様と盃を交わした子ね!」
「えっ、えっと……ど、どうも……」
リミオさん……褒めてくれるのは嬉しいですけど、近いです……。
やっぱり近くで見てると綺麗な顔立ちだ……。レイアも美人だがベクトルが違うというか……優劣が付けられない。
それに花のような香りが、すんと俺を惑わしてくる。
これは医学の本に載っていたフェロモンというやつか? フェロモンなのか!?
「フユマ君ったら、顔が赤くなっているね」
「えっと……ちょっと顔が近かったからで……」
「フフッ、そういうところも何か可愛いわ。まぁ、これが仮の姿だからこそ言えるのかもしれないけどさ」
「あっ……別にそう思っている訳じゃ……」
「うん、知っているわ。ただ自分でそう言っただけ。それよりも部屋に来たからには、これ出さないとね」
リミオが俺から離れるや
その空間に切れ目が生じ、中へと手が吸い込まれる。
「それはスキルの【アイテムボックス】……」
「そうよ。ハンターは食料や小道具とか入れているらしいけど、私はそういった目的で使ってないな」
「じゃあ、何を入れているんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。それは……これ!」
【アイテムボックス】から取り出したもの。
それは大きな瓶と木製コップ(3つ)。
「……お酒っすか?」
「いやぁ~。実は私、お酒が大好きでさぁ。君がサーベイ様と盃やってた時、それが飲みたくて仕方なかったのよ」
「はぁ……さいですか」
リミオさんが机に座ったあと、酒瓶から直接がぶ飲みをした。
って、コップ使わないのかよ!?
「ぷはぁ! いやぁ、やっぱりお酒は美味いわぁ! ほらっ、フユマ君とレイアちゃんも!」
「レイア、まだ14だから飲めない」
「ああ、ごめんなさい。それはサーベイ様から止められているんだった。じゃあフユマ君は?」
「じゃ、じゃあ一口だけ……」
断れるのもあれだし、飲めない訳でもない。
コップに注がれたお酒を、ゆっくり一口含んだ……
……瞬間、俺は即座に酒を噴き出してしまった!!
「ブハッ!!? キ、キツッ!? 何これ!? 薬物!?」
「あっ、そんなにきつかった? ちょっと火が付くと燃える程度なんだけどね」
「燃えるってそれヤバイから!!? もう飲み物じゃない!?」
それはアルコール度数が異常に高いってことになるぞ!? そんなの飲んで大丈夫なのか!?
……と言いたいところだが、彼女は魔物だった。人間より強くてもおかしくないかもしれない。
「フユマ君、リアクション分かりやすいなぁ。なんだか嫌いじゃないかも」
「リアクション分かりやすくしたのは目の前の人なんですけど」
「ジョークも上手いわね。それよりも度数が低いのもあるから一緒に飲もうよ。どうせダンジョン攻略、明日になるからさ」
【アイテムボックス】からそのお酒を出すリミオさん。
お酒を飲んでいるせいか、彼女から艶やかな印象が出てきた。思わず俺の目が泳いでしまう。
彼女をまじまじ見るのが恥ずかしくなるな、これは……。
「…………リミオさん、レイアが話し相手になる」
「あら、いいの?」
「女の子同士、語りたいこともあるから。フユマ、悪いけど隣部屋作ってくれる?」
「お? おお……」
レイアがそう言ったのだが、何か様子が変だ。
レイアが不機嫌になっているのは分かる(主に俺のせいです)。しかし何となく、リミオさんと話し合おうという雰囲気には見えない。
彼女ならここで拗ねた顔をすると思うが……。
「じゃあ作っておくな」
でもそう言われたからには、隣部屋を増設するしかなかった。
考えるのも面倒だったので、俺の部屋のコピーペーストにすることに。その部屋に入ろうとするレイア。
「リミオさん、入ろう」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えて」
「フユマ、レイアたちそのまま寝ちゃうと思うから。おやすみ」
「ああ……はい」
彼女達の姿が隣部屋へと消えてしまった。
気になったので扉に近付いたのだが、防音でもあるのかボソボソとした声しか聞こえない。
聞いたところでどうこうという訳でもないが。
「……まぁ、大丈夫かな」
さっきの台詞から察するに、リミオさんがレイアに飲ませることはないと思う。
諦めて俺はそのまま寝ようと思った。……このあとに起こることを知らないまま。
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