第13話 迷路の番魔

 まずこの通路は広い。前に遭遇したヴィーヴルが問題なく入れる。


 それでこの魔物は通路にギリギリ収まるか収まらないかくらいの大きさ。まるで壁だ、意思を持った壁みたいだ。


 姿はというと鎧を被った熊と言うべきか。

 ファフニールのように鎧が体表になっているのか、体毛は全く見当たらない。


 爪は普通の熊よりも鋭く、まるで刃のようだ。さらに頭部には青く光る目があって、それが俺たちを正確にとらえている。


《グオオオオオオオオオオ!!!》


 殺意を表したかのような咆哮を上げた。

 俺はともかくとしてレイアが襲われてしまったら……悪寒が走る。何としてでも倒さないと。


「下がって!!」


 レイアを下がらせたあと、まだ持っている爆弾を投げる。

 爆弾は魔物の頭部にカツンと当たったあと、通路全体に広がるように爆発した。レイアが驚いたかのように耳を塞いでいる。


 爆風に押し倒れそうになりながらも何とか耐える。そうして恐る恐る魔物の方へと見てみると、


《グウウウウウ……!!》

「い、生きてる!?」


 黒煙の中から魔物が現れた。何と死んではいなかった!

 一応鎧が黒ずんでいるが、ただそれだけ。目立った外傷などは見当たらない。


『「アーマーグリズリー」は以前の眷属とはケタ違いだ。気を付けないと喰われてしまうかもな』

「そんな悠長なことを言っている場合かよ!? レイア、一旦逃げよう!!」

「うん……!」


 ファフニールの奴、俺たちが危険な目に遭っているというのにぬけぬけと!

 とにかく攻撃が効かない以上、戦略的撤退しかない。


「早く!」


 レイアの手を引っ張りながら迷路を走った。

 対策を練りたいところだが、そんなことを考えているうちに奴に攻撃されかねない。現に奴は俺たちを追いかけているのだ!


「レイア、どっち曲がればいい!?」

「左! 次はそのまままっすぐ!」


 やっぱりレイアがいてよかったよ。こんな時でも空気の音を感じ取って道を進んでいる!

 そう安心したところ、前方から数体のアーマーアイが現れた。こんな時に邪魔する気なのか!?


「くそっ! 【エリアポイントテレポート】!」


 戦闘する暇なんてなかったので、このスキルでアーマーアイの背後に瞬間移動した。

 アーマーアイが振り返るより先に、アーマーグリズリーによって潰される。どうやら主が同じでも同族意識はなさそうだ。


「もう1回テレポートできないの……!?」

「いや、あまり使いたくない!! ここぞという時にやんないと!!」


 実際に6回という使用制限がある。それとここでは言わなかったが、他にも理由がある。


 まだこの迷路の全貌が明らかになってないので、仮に【エリアポイントテレポート】を唱えてしまったら、知らない場所に移動してしまう恐れがあること。 

 それによってレイアの言う空気の抜ける場所を見失うかもしれないということ。


 さらにアーマーグリズリーから逃れることが出来るとはいえ、この迷路をさまよう以上また見つかる可能性もあるということ。


 そういったリスクを考えてから、無闇に【エリアポイントテレポート】を使用するのは控えた方がいいと俺は判断した。


「じゃあどうするの……!?」

「何とかやるしかない!! 【武器形態変化メタモルフォーゼウエポン】!」


 俺はもう一回、爆弾数個を作った。

 走りながらその爆弾を床にばらまいた。点々と数個並べる感じにだ。


 そして曲がり角に隠れて身をかがめた瞬間、連続的な爆発が起こった。爆発が起きるたびに地面が揺らいだ気がした。

 それと微かにアーマーグリズリーの悲鳴も耳に届く。


「……やりすぎたかな。大丈夫レイア?」

「……大丈夫だけど……その……」

「……あっ」


 爆風から守るのに必死で気付いていなかった。

 自分がレイアを抱いていることに……。


「ご、ごめん!! 別にそういうつもりじゃ……!!」

「分かってる……それよりも熊……」

「あっ、そうだ……」


 確認してみると、通路が黒煙で充満していた。

 アーマーグリズリーがどんな状態なのか。そもそも奴の姿形すら確認できない。


「本当にやりすぎたな……しょうがない。奴が動く前に急ごう」

「うん……次はこっち」

「あっ、ここを曲がってよかったんだな」


 ちょうど今いる曲がり角を進めばいいらしい。


 今度はレイアが俺の手を引っ張るような形になった。俺はまたアーマーアイが出てこないか周りを警戒する訳だが、


 何というか……彼女を抱いた時の感触が忘れられない。


 俺、女の子を抱いたの初めてだったよな……。しかもこの子、髪だけじゃなく身体全体も柔らかった。

 もう一回だけでもいいからぎゅっとしてみたい……はさすがにキモイよな。それは確実に嫌われるぞ、フユマ。

 

 というかこれでは童貞丸出しじゃないか。

 ハンターになる為に小さい頃から訓練をしていたものだから、そういう色恋的なものにはあまり気にしていなかったっけか。

 レイアという獣人美少女に出会ったから、その反動が今になって返ってきたのかもしれない。


 というか自分がいた村には可愛い女の子いなかったような気が。

 大体はフツメンだったし、中には太った子なんかも……。


「……ここ。ここから空気の音が聞こえてくる」


 悶々と考えたところ、ようやくレイアが足を止めた。

 ただそこは行き止まりで、壁が広がっているだけだ。扉の類すらない。


「ここなのか?」

「うん、間違いない……」


 俺は壁に張り付いて耳を澄ませてみた。確かにスゥー……という音が聞こえてくる。

 

「ふむ……」


 ここで間違いないとなると、何か秘密があるはず。そう思って試しに壁を叩いてみると、カンカン……音が鳴り響いた。


 ……カンカン? いや、それはおかしいのでは?


 このダンジョンは金属の龍であるファフニールの一部だ。だから壁や床が未知の金属で覆われている。


 この音は金属にしては軽すぎだ。

 念の為に他の壁を叩いたところ、こちらはゴンゴン……と鈍い音だ。


「そういうことか」


 間違いなくこの壁は偽物。ダミーというべきもの。

 それならばと、俺はレイアと一緒に離れてから爆弾を投擲。例の如く爆発すると、何と壁が崩れ去った。


「レイア、君の言う通りだったな」

「おお……」


 ダミーの壁から本物らしき壁が現れた。しかもその壁には穴が開いてある。

 およそ人間が伏せて入れる大きさ。いわゆる隠し通路のようなものだ。


「やっぱり君を連れてきてよかったよ。ありがとうなレイア」

「役に立てて嬉しい……でもさすがに壁を壊すのだけは無理だったけど……」

「そうかもな……このダンジョン、二人で協力すれば何とかなるんじゃないかな」


 レイアがいなければ隠し通路の場所を突き止められなかった。

 俺がいなければこの壁を破壊することが出来なかった。


 お互いの存在がなかったら、このダンジョンの攻略なんてままならなかったのだ。


「俺たちいいコンビだと思うんだけど、その辺どうかな?」

「……コンビ……ということは伴侶……夫婦……」

「いや、それは早いと思う……」


 顔を赤くして何を言っているんだこの子は……。

 とにかく隠し通路が見つかったことだし、さっさとここを通り抜けようか。


《オオオオオオオオオンン!!》

「「!?」」

 

 いきなりの咆哮で、思わず二人で振り返ってしまった。そこにあったのは、アーマーグリズリーがこちらに来ている光景だ!

 銀色の体液か何かを吐きながらだ!


「レイア早く早く!!」

「フユマは……!?」

「俺はそのあとに行くから!! 早く!!」


 先にレイアを潜らせる。それから俺も続いてハイハイ歩行をした。


 うっ、レイアのお尻が目の前に! いうかスカートだから白いパンツが見える。ハイハイするたびに動くのが何とも……。


 ってそんな事を考えている場合じゃなくて!!


《グアアアアアアア!!》

「うおっ!!?」

 

 アーマーグリズリーが顔を突っ込んできた。

 相当な力だろうか、隠し通路がメキメキと強引に広がってしまう。つまり俺とアーマーグリズリーの距離が狭まっているということ!


 恐怖ですくみそうになったが、しかしあることに気付いた。

 アーマーグリズリーの顔を包んでいる鎧が、ボロボロになって剥がれている。体液(?)と同様、銀色の皮膚のようなものが露出していた。


 これは先ほどの爆弾のダメージがあったということか。

 それに今なら攻撃が通るんじゃ……?


「【武器形態変化メタモルフォーゼウエポン】!!」


 ここでは爆弾は使えない。

 ロングソードを槍のように変化させ、アーマーグリズリーの顔を刺し貫いた。


《ガア!! ギャアアアアア!!》


 溢れ出る銀色の体液。やはりダメージがあったのだ。

 奴がもだえ苦しんでいる間に歩を速めた。ゴールまであともう少し!


「フユマ、早く……!」


 その時、通路を出ていたレイアが手を伸ばしていた。

 その手を掴んだあと、彼女によって通路から引きずられる。そして二人同時に一息。


 やっと潜り抜けた……。これでアーマーグリズリーはさすがに……、


 ――バゴオオオンンンン!!


「うわああ!!?」

 

 急に隠し通路の壁が壊れた!?

 

 崩れる瓦礫の中、アーマーグリズリーが顔を出して暴れていた。まさに俺たちを殺そうと這い出ている。

 何という執念。こんな魔物を見たのは初めてだ。


「くそっ!」


 俺はレイアを押しのけて、槍となったロングソードを刺した。

 今度は目辺り。生物にとっての急所を刺されて、アーマーグリズリーが苦しいうめき声を上げる。


 しかし奴は瓦礫から手を出し、俺を引き裂こうとした。


 すぐにかわした俺だが、爪の先端が俺の腕を引っ掻いてしまう。

 赤い血が流れるのが見て取れた。ズキっと痛みが走るも、俺は爆弾を取り出した。


「ほらっ、食えっ!!」


 投げた爆弾が、アーマーグリズリーの口内に入り込む。

 次の瞬間、何度も見た爆発が奴の顔面を包み込んだ。

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