第4話
家に着き、みんなでお風呂の準備をする。……最後のみんなとのお風呂だ。
「背中流してあげる、マサシ兄ちゃん!」
「うん、ありがとう。……ねえ、チップくん」
「なあに?」
「チップくんは、その、寂しくは……ないの?」
ぼくはそう言ってから、ザバァーッとお湯を頭から思いっきりかぶった。
「何言ってるの、寂しくなんかないよ」
「……ふふ、そうだよね。さすがチップくん」
「だって、ずっと友達だもん」
危うく、涙腺が緩んでしまいそうになる。チップくんはぼくを見て微笑んでいるが、目を見ると、本当はやっぱり寂しいのがぼくには分かってしまったからだ。ぼくはもう一度お湯をかぶって、大きく頷いて言った。
「そうだね、チップくん。ぼくも寂しくはないよ」
「でしょ? 絶対また遊べる日が来るよ!」
「……だといいね」
「うん! さあ、上がって夕ごはん作ろ! お腹すいたー!」
いつもと変わらないこの感じ。まだまだ9匹との優しく温かい日々が続いていきそうなのに……。
明日、別れの時を迎える覚悟はまだ、出来ていなかった。涙無しで笑って旅立ちたいけれど、今のままだとやはり、辛く悲しくなってしまいそうだ。
お風呂を上がり台所へ行くと、モモちゃんが何やら張り切っている。カボチャ、山芋、ごぼう、かぶ、きのこ……、テーブルの上に、たくさんの秋の食材が用意されている。
「モモちゃん、このたくさんの野菜は一体……?」
「秋野菜のシチューを作るのよ。材料は揃えたから、マサシお兄ちゃんも手伝ってね」
「すごいね、これだけ全部使うんだ。よし、一緒に作ろう!」
最後の夕ごはん、とびっきり美味しいシチューを作るんだ。
モモちゃんの監督の下、ぼくはおばあさんとおかあさんと一緒に野菜を煮る準備をする。おじいさんとおとうさんは野菜を切り、トム、チップくん、ナッちゃん、ミライくんは味付けを担当。
ぼくも将来は9匹の家族のように——毎日みんなで楽しくごはんを作る、そんな温かい家庭を築くんだ。
「モモちゃん、調理師さんになるんだ」
「私の夢なの。まずは今通ってる料理の専門学舎の先生になるのよ」
「そっか、応援するよ。ぼくも、音楽家になる夢があるんだ。家族みんなで音楽したあの日、とっても楽しかったよね。ぼくは、みんなを笑顔にするような音楽家になるんだ」
「ステキね。マサシお兄ちゃんなら、きっとそんな音楽家になれると思うわ。……あ! 火を止めなきゃ」
「あ! いけない!」
慌てて火を消す。少し、煮過ぎたかもしれない。ぼくは恐る恐る、チップくんに味見をしてもらった。
「……どう?」
「あ、いい感じだよ。ほら、マサシ兄ちゃんも」
ぼくも味見をしてみると——野菜の旨味が口の中にとろりと広がった。調味料もいい具合にスープに溶けてくれていたようだ。うん、とても美味しい。
「ふう、よかった。ちょうどいい火加減だったみたいね」
モモちゃんは嬉しそうにニコッと笑った。美味しそうな匂いが、部屋中を満たしていく。
みんなで、居間のテーブルに食器を準備する。9匹みんなとの、最後の夕ごはんだ。
「いただきまーす!」
今日は日が暮れてからは、少し肌寒い。ぼくはシチューを口に運ぶと、優しい味がすると共に、身体の内側からぽかぽかと温まってくるのを感じた。9匹のみんなの優しさと温かさ、そのもののように。
「美味しい! あったかくて美味しいよ、モモちゃん!」
「よかった、だいぶ涼しくなってきたから、あったかいシチューが良かったのよね」
ほっぺがとろけるほど美味しくて、栄養も満点。調理師になる夢を持つモモちゃんの頑張りを見せてもらったぼくは、元の世界に帰っても決してくじけずに、また自身の夢に向かって頑張って行きたい——そう思えた。
「みんな、ほんとにありがとうございました!」
夕ごはんの後の、みんなとのお話の時間。ぼくは9匹みんなに深々とお辞儀をした。
するとチップくんが、寂しそうな目をして言った。
「そんなあ、まだ明日もあるじゃん! 何だかもうおしまいみたいでやだよー! また会えるよきっと!」
「ああ、ごめんね……」
寂しそうにしているのを察したおかあさんは、チップくんとナッちゃんの頭をそっと撫でた後、ぼくの目をじっと見て言った。
「マサシくん、元の世界に帰っても、私たちはずっと一緒よ。もうおんなじ家族なんだから」
「そうだよ。ぼくたちもマサシくんがこれから楽しく夢を叶えていくことを祈ってるからね」
おかあさんとおとうさんの言葉に、ぼくは涙が出そうになった。
「うん、ありがとうね。もうぼくは、家族の一員だもんね」
おじいさんとおばあさんも、安堵に満ちた表情で微笑んでいる。
「マサシ兄ちゃん、明日も、夕方まで思いっきり遊ぶよ! いいね!」
「ああ、もちろんだよ!」
みんな笑顔で、夕ごはんの後のお話はお開きになった。ぼくも、不思議と安心していた。明日は帰る時間ギリギリまで、存分にこの世界を楽しむことにしよう。
♢
子供たちが寝付くと、おかあさんはぼくのところにも来て、子守唄を歌ってくれた。ほんのり木の匂いのする空間、窓の外で瞬く星の光、全てが優しくぼくを包み込んでくれていた。ありがとうという気持ちで、心がいっぱいになった。
「つきが みている もりのなか♪よいこは おやすみ いいゆめを♪……」
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