第2話
「だったらどうしろってんだ! このままだとボクたち野垂れ死ぬしかないんだぞ!」
「うう……。おなかもすいたし……」
「バカ、泣くな! とりあえず、あいつら泊めてくれるか頼んでみるか?」
「あれ? うわああああ!」
「うお⁉︎ 落とし穴? うわわ!」
妙な会話が聞こえたと思ったら今度は、ズサアーッという音と共に土煙が上がるのが見えた。駆け寄ってみると、ねずみの子供たちが大笑いしていた。
「ねえ、誰かここに落っこちて行ったよ!」
「ぼくがほった落とし穴に誰か落ちたんだよ、あはは!」
イタズラ好きそうなねずみの子が得意げな顔をして笑う。チップくんは心配そうに、落とし穴の中を覗こうとする。
「あらら、こんなに中まで埋まっちゃって」
「大丈夫だよチップ、浅いからきっと自分で出られるよ。早くおやつ食べに行こ!」
そのままねずみの子供たちは、9匹の家の方に行ってしまった。庭のテーブルに、モモちゃんがおやつを準備しているのが見える。……落とし穴に落ちた誰か2匹は、中々出てこない。大丈夫だろうか。
♢
「モモ姉ちゃん、今日もクッキーおいしかったよ! また遊ぼうね! マサシお兄ちゃんもね! じゃあねー!」
「またねー!」
「ばいばーい!」
モモちゃん手作りのクッキーとパイを食べ、ぼくらは夕方まで庭でみんなとお喋りしていた。真っ赤な夕焼け空に、カラスが飛んで行く。
子供たちが帰って行ったのを確かめると、ぼくはチップくんに言った。
「ねえ、ちょっとヒミツキチの方行ってくる」
「え、もうごはんの支度だよ⁉︎」
「さっきの落とし穴に落ちた子たちが気になるんだ」
「大丈夫だよ、気にしすぎだって! きっと無事に出てるよ」
チップくんに止められ、ぼくはしぶしぶそのまま夕ごはん作りを手伝うことにした。——それよりも、あと3日しかいられないことをどう言おうか——今度はそっちが気になり始めた。子供たちと遊んで気を紛らわしたつもりだったけれど、やっぱり9匹のみんなにはちゃんと言うべきだろう。
「いただきまーす!」
おじいさんはいつものように笑顔でお話しながら、夕ごはんを食べている。ぼくが帰る話はおじいさんしか知らないはずだが、この様子だと多分おじいさんは、まだみんなには言ってないだろう。
夕ごはんを食べ終わるとまたいつものように、みんなテーブルの横に輪になって座る。
「今日はなんのお話かなあ」
おとうさんがそう言うと、子供たちは目を合わせながら誰から話すか探っている。その隙に、ぼくは思い切って、あと3日後に帰らなければならないことをみんなに伝えることを決め、話を切り出した。
「実は、ぼくね……」
「マサシ兄ちゃん、なんのお話ー?」
ひと呼吸おいて、ぼくは言った。
「元の世界に帰る方法、わかったんだ」
——それを聞くと、おじいさん以外のみんなは、目を丸くする。ぼくはそっとうつむいた。
「ほんと? やったじゃん! よかったよかった‼︎」
チップくんは嬉しそうに、そう言ってくれた。
「よかった! これでまたマサシ兄ちゃんのおとうさんおかあさんに会えるね!」
「よかったよかった! わーい!」
みんな喜んでくれた。嬉しかった。けれど、別れの時が近いことも、言わなければいけない。
「だけど……、ぼくが帰ったら、もうこっちには戻ってこれなくなる。みんなとは、もう会えなくなるんだ」
「え、え……?」
静まり返る広間。ぼくは再びうつむく。少し間を置いてから、目を潤ませたナッちゃんが問いかけた。
「いつ、帰っちゃうの?」
ぼくは唇を噛みしめてから、答える。
「明後日の夕方に、帰らなきゃいけないんだ」
「やだ! そんなのやだ! うわーん‼︎」
案の定、ナッちゃんは泣き出してしまった。やり切れない気持ちになったが、仕方あるまい。
ぼくはふうっと息を吐き、ひと呼吸してから次の言葉を口にした。
「いきなりの報告で、ごめん。そういうことなんだ」
するとおじいさんが立ち上がり、みんなに頭を下げた。
「わしも、今までみんなに知らせずごめんよ……。ご先祖様の書物に、書いてあったんじゃ。過去にニンゲンが、わしらの世界に訪れた時のことがのう……。ニンゲンがこの世界に居られるのは、14日間だけなんじゃよ」
「あんた、探してた物が見つかったんかいの。そりゃ良かったけども……。ちょっと寂しいお知らせだわね」
おばあさんは心配そうに、おじいさんの顔を見た。
「マサシ兄ちゃん、行っちゃうの?」
「もう会えないの?」
「嘘でしょ、マサシ兄ちゃん? もっと一緒に暮らしたいよ!」
「やだー! もっとあそびたいー!」
「ねえ、もうばいばいなの?」
5匹のきょうだいは、一斉に問いかけた。その悲しげな目線が、ぼくの胸をギュッと詰まらせる。
悲しみを抑え、どうにか笑顔を繕った。
「うん……。みんなと一緒に生活して楽しかったよ。ありがとう。あと2日だけど、よろしくね」
「やだあー! えーん……」
「ごめんね、ナッちゃん……」
ナッちゃんは泣き声を上げ、おかあさんの胸に飛び込んでいった。おかあさんはナッちゃんの頭を優しく撫でる。トムとモモちゃんも、目に涙をうかべていた。
その様子を見ていたおとうさんは、立ち上がって提案する。
「ねえ、マサシくんとの最後の思い出作りに、明日は遠足に出かけないかい?」
それを聞いたトムは、ポンと手を打つ。
「あ! それいいね! じゃあ明日は、朝からお弁当の準備だ!」
「そうしよう、トム兄ちゃん! ステキな思い出になるように、思いっきり遊ぼ! マサシ兄ちゃん、いいよね?」
チップくんも笑顔でそう言ってくれた。……じゃあ、明日は目一杯楽しまなきゃな。
「……うん! ぼくのために、ほんとにありがとうね。じゃあぼくも一緒にお弁当作るよ!」
ありがとう、みんな。明日、晴れますように。
「ほっほ! それじゃあ明日は、最高の思い出の日にしようの。さあ、お風呂の支度しようか」
おじいさんは、晴れやかな表情でそう言った。みんなもすっきりした表情になっていた。ナッちゃんも泣き止み、笑顔を見せている。
ちゃんと言えて良かった。気付けばぼくも、清々しい気持ちになっていた。
♢
「……マサシ兄ちゃん」
居間から出ようとすると、チップくんが話しかけてきた。
「どしたの、チップくん?」
「ぼく、マサシ兄ちゃんと出会えてほんとに楽しかったよ。いなくなっちゃうの寂しいけど、ずっと友達なのは変わらないからね」
「ありがとう。もちろんだよ。チップくんたちのことは絶対忘れないから」
「明日、一緒にいっぱい探検しようね!」
「うん!」
年齢も、種族も、そして住む世界も、関係ない。チップくんは、大切な友達だ。
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