第3話
ぐっすり眠った翌朝。早起きをして、みんなでお弁当を作る。
「はい、ミライくんも握ってみようか」
「うん! んしょ、んしょ。できたよ!」
「おー、上手に出来たね!」
ぼくはミライくんと一緒に、おにぎり作りを担当した。他のみんなは、木の葉でお弁当包みを作ったり、持っていくおもちゃを準備したりしている。窓から外を見ると、雲一つない青空。絶好のピクニック日和だ。
「みんな、お弁当入れた?」
「はーい!」
「じゃあ、秋の野原に向けて、しゅっぱーつ!」
「おー! しゅっぱあーつ!」
♢
おとうさんを先頭に、秋の野道を歩いていく。今日は陽射しが眩しくてあったかいけれど、冬が近いのか、時折冷たい風が吹いてくる。
チップくんたちは相変わらず高いところに登るのが好きで、いろんなものを発見してはみんなに報告する。
「きれいなお花、咲いてるよー!」
「ほんとー?」
ぼくもチップくんたちと一緒に木に登り、周りを眺めた。目の前に広がる景色が、宝石のようにキラキラ輝いているように見えた。
林の中の細い道を1時間ほど歩いていくと、開けた場所に出た。そこは地平線が霞むほど広い、一面の野原だった。
「着いたね」
「広いなあ……。いつも遊んでる野原よりもずっと広いや」
誰もいなくて、ぼくらだけのようだ。この野原もおそらく、9匹のねずみたちだけが知っている秘密の場所なのだろう。
「やっほー!」
トム、チップくん、ナッちゃんが、野原の向こうへと走って行く。ぼくも負けずに後を追いかけた。
走っても走っても終わりが見えない、広大な秋の平原。
「あ! コオロギだ!」
「わっ」
ピョーンと、巨大なエンマコオロギが飛んでいった。耳を澄ませば、コオロギやキリギリスの鳴き声が聴こえてくる。上を見れば、赤トンボが青空をのびのびと飛び回っている。
川を渡り、ススキの小道を通り、見晴らしのいい小高い丘へとたどり着いた。
「さ、ここでお弁当にしようか」
「ふう、もうお腹ペコペコだ。あ! おとうさん見て、あの木、僕らの家だよね!」
「よく分かったね、チップ。この森の中でも1番大きなコナラの木が、僕たちの家なのさ」
遠く、遠くまで見える景色。オレンジ色に染まる森が広がる。そこに見える一際大きな樹木が、9匹のねずみたちの家だ。そして森の遥か向こうには、銀色に輝くビルの群れ……ねずみたちの大都会、
ぼくらはあったかい陽射しの下で、お弁当を広げた。
「ねえ、どお? モモねえちゃん。ぼくとマサシにいちゃんがつくったおにぎり!」
「どれどれ……? うん! おいしいわよ、ミライくん!」
「やったやった。マサシにいちゃん、モモねえちゃんおいしいってさ!」
ミライくんはとても嬉しそうだ。ぼくはミライくんの頭をそっとなでてあげながら言った。
「ミライくんが早起きして一緒に頑張って作ってくれたからだよ。よかったね」
「うん! またつくろうね、マサシにいちゃん!」
優しい風が吹いてくる。今日は本当にいい天気だ。お弁当を食べ終わったトムが野原に大の字になって寝転んでいたので、ぼくも同じように、大の字になってみた。
——ただ、ただ、青一面の空。ふかふかで心地いい緑の草のお布団。ぼくは、大自然と一体になった。体にも心にも、みるみる元気が湧き上がってくる。悩みや心配も、もうどこかに吹き飛んでしまっていた。
「マサシ兄ちゃん、はい。これあげる」
「うん? ナッちゃん? これは?」
ナッちゃんが、何かをぼくの手のひらに乗せた。起き上がって手のひらを見ると、そこには丸くて赤くて可愛らしい木の実があった。
「……ありがとう、ナッちゃん。これは〝サネカズラの実〟だね。大事にするよ」
「うん! 大事にしてね!」
真っ赤に熟れたその実の1つ1つは、ねずみたちの世界での思い出の数々を象徴するかのようだった。実の形が崩れないように、ぼくは大事にバッグのポケットにしまった。
「さあ! みんなで遊ぼう! 何する?」
おとうさんがそう言うと、子供たちはみんな一斉に提案する。
「はなちいもんめがいいー!」
「かごめかごめやろうよー!」
「ハンカチ落としにしようー?」
「シンプルにかけっことか?」
「おひるねがいいな……」
子供たちの様子を見ていたおばあさんは、笑いながら言った。
「おほほ、今日はマサシくんが主役よ。マサシくんがお決め?」
「え、えー……?」
ぼくは少し考えたが、日が暮れるまで時間はたっぷりある。
「じゃあ、全部やろう!」
「え、全部⁉︎ ……よおしきた。全部やっちゃおう!」
ぼくと9匹のみんなは、青空の下で時間を忘れ、思いっきり遊んだ。みんなの笑顔が、とっても眩しい。疲れというものを忘れ、ぼくは心と体の全てを解き放ち、はしゃぎ回った。その時の気持ちは——幼い時の純粋無垢な気持ちそのものだった。
「かーってうれしいはないちもんめ!」
「まけーてくやしい! はないちもんめ!」
この時間が、ずっと続いてほしい。そんな思いとは裏腹に、楽しい時間はあっという間に過ぎて行ってしまった。
「さあ、そろそろ日が暮れるから帰ろうか」
「うん! たくさん遊んだね! マサシ兄ちゃん、楽しかった?」
オレンジ色に輝く西日に照らされながら、ぼくは答える。
「うん! すごく楽しかったよ。みんなぼくのために、ありがとう」
嬉しさと同時に、一気に別れの時が近づいた感じがして、寂しさが込み上げてきた。無邪気な9匹の笑顔を見ていると、まだこれからも一緒に生活したいという気持ちが溢れ出てくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます