第5話

 

「いつもありがとね。おとうさんたちによろしくね」


 ぼくらが茶店を出た時、女性のねずみさんは笑顔で見送ってくれた。

 日は西に傾き、外に出ると街は黄金色に輝いている。

 さあ、あとは帰るだけだ。


「お茶おいしかったです。ごちそうさまでした」

「また来ますねー!」


 これで、今日の仕事はおしまい。

 空っぽになって軽くなった荷台を引いて坂道を下っていると、トムがまたお洒落なお店を発見し、指をさして言った。


「あの川沿いのカフェでケーキ食べて行こうよ」

「え、また食べるの?」


 トムの食いしん坊っぷりは凄まじかった。さっきもドーナツを食べたばっかりなのに……。でも仕事もちゃんと終わらせられたことだし、いいか。

 ぼくらは丘を下り、大きな川沿いの大通りに出た。


 横断歩道では、歩行者が渡る時は車が突っ込んでこないように、歩道の左右両端に地面から柵が現れる。車が通る時は歩行者が渡れないように、歩道の始点に柵が現れる。車が曲がってくるときは、専用のレーンが形作られる。

 ぼくらの世界だと横断歩道を渡る時、曲がってくる車が怖かったりするけど、ここではそんな心配もない。そもそも車も全自動だし、交通事故もゼロだという。これだけのシステムをよく作ったなあと、ぼくは感心した。


 ♢


「今日もおつかれさまー! いただきまーす!」

「いただきまあす!」


 川沿いのカフェのテラスで、美味しいいちごケーキとフレッシュジュースを味わいながら、景色を眺める。

 川の向こうの広い公園に、ねずみたちがたくさん集まっていくのが見える。キャンプファイヤーらしきものをみんなで準備している。出店が、次々と出来上がっていく。


「トム、あれはなにしてるの?」

「あれは、1日のみんなの働きをねぎらうお祭りなんだ。毎日やってるよ。みんな今日も1日ありがとう、おつかれさまという意味合いで、地域ごとにやってるんだ」

「へえー……」


 軽やかなリズムの音楽が聴こえてきた。ねずみたちが演奏しているようだ。楽器は、ぼくらの世界で見かけるものととても似ている。ギターのようなもの、トランペットのようなもの……。それにしても、演奏がとっても上手だ。


「ねえ、あそこまで行って、近くで聴かない?」

「ふふ、じゃあ行こうか」


 ぼくらはカフェの店員さんにエイコン3枚を渡して店を出た後、橋を渡って公園の近くまで行ってみた。

 だんだん、演奏の音が大きくなってくる。聴いていると、身体が自然に動き出してしまう。


「ねえねえ、彼らも音楽のプロなの?」

「プロって? あのねずみたちは、音楽が大好きなねずみたちなんだよ」

「すごく上手じゃん。あんなふうになるには、何年もかけて練習して上手くなるんだよね?」

「そおかな? あ、ほらマサシ兄ちゃん、楽団の人が呼んでるよ」

「え!?」


 振り返ると、楽団のねずみさんがトランペットのような楽器を持って、話しかけてきた。


「やあ! 君も一緒にこれ吹く?」


 知らないねずみさんに話しかけられ慣れていないぼくは、少し警戒してしまう。だけど、ねずみさんたちの朗らかな表情を見ると、変に気遣う必要もないんだなと思えた。

 とりあえずぼくは、トランペットのような楽器を受け取った。


「え、えーと……。どうやって吹くんですか?」

「ふふふー。思いのままに遊びながら色々やればいいよ」

「あ、はい……」


 ぼくは言われるまま、思いのままに色々やってみた。始めは音が出なかった。だけど、色々試しているうちに、プー! プァーー! と、ハリのあるラッパの音を出すことができた。


「おお、いい音だね!」


 楽団のねずみさんたちは、拍手をする。

 5分ほど色々思うままにやってみたら、音を変える仕組みなどがすぐにわかった。とても面白くなって、夢中で色々吹いてみる。


「おお、上手だね! いい音だよー!」


 段々と思いのまま吹けるようになってきた。これ、ねずみさんたちの演奏にもう混ざれるんじゃないか……? みんなで一緒に演奏したら、絶対楽しいだろう。

 楽団のねずみさんは、トムとナッちゃんにも声をかけてきた。


「さあ、一緒に君たちも!」

「わあ、笛だ!」

「あ、これかわいい楽器! やったあー!」


 楽団のねずみさんは、トムに横笛のような楽器を、ナッちゃんにはカスタネットのような楽器を渡し、ぼくらを案内する。

 トムは、横笛を試し吹きした。


「うん! きれいな音してる。早く楽団のところへ行こうよ!」

「叩いたらパカッパカッて鳴るー! おもしろーい!」

「さあ! 行くよ! 一緒に、喜びの歌を奏でよう!」


 ぼくらは、楽団がスタンバイしているひな壇に案内された。

 両隣には、ベテランの演奏家ねずみさん。目線の先には、たくさんの観客のねずみさんたち。ぼくは思わず身構える。

 指揮棒を振り上げる、楽団のねずみさん。ぼくは戸惑いながら、とりあえず楽器を構えた。

 ところが、楽譜が無い。他のねずみさんも、楽譜をセッティングする様子はない。……どうすればいいのだ。

 ぼくは隣のねずみさんに思い切って話しかけた。


「あの、楽譜、無いんですか?」

「あはは、雰囲気に合わせて吹いたらいいと思うよ!」

「ええ……、そんな……!?」


 あたふたしている間に、曲が始まってしまった。こうなったら、思いのまま、やるしかない。ぼくはリズムに身体をゆだね、周りの音を聴きながら、思い切ってトランペットのような楽器を吹いてみた。

 間違えたっていい。肩の力を抜いて、楽しむんだ。


————————


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