第7章〜ねずみの音楽隊〜

第1話

 

 たくさんのねずみさんたちが集まった、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろの夕刻の公園。

 ぼくとトム、ナッちゃんは楽団のねずみさんに楽器を渡され、楽団の演奏に飛び入りで参加することになった。


 ぼくらが飛び入り参加することが前提だったのか、楽団のねずみたちが奏でる音楽は、シンプルで覚えやすいメロディだった。これなら、すぐ吹ける。ぼくは両隣のねずみさんたちを真似て、トランペットのような楽器を吹いてみた。


 音が、心地よく混ざる。楽団のみんなと一つになって、心のこもった音を観客に届ける——。

 生まれて初めて、思いのままに音楽が出来ていることを実感しながら、ぼくは夢中でトランペットのような楽器を吹き続けた。

 時間にして3分ほどだろうか。あっという間に、曲は終わってしまった。観客のねずみたちの拍手が鳴り響く。


「いやー良かったよ。楽しめたかい?」


 声をかけてくれたねずみさんが、そう言いながらニコニコ笑顔でぼくの所に来た。楽団のねずみさんたちもみんな、笑顔でぼくの方を見ている。


「はい! 誘ってくれてありがとうございました!」

「また一緒に演奏しようね。記念にその楽器あげるよ。じゃあねー!」

「あ、え、ちょっと……」


 呼び止める間もなく、楽団のねずみさんたちはステージを片付け、撤収していった。

 まだ鳴り止まない拍手の中、トムとナッちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。トムもナッちゃんも、楽器をプレゼントしてもらえたらしい。


「あ……トム、ナッちゃん。どうだった?」

「あはは、すごく楽しかったよ。今度はチップたちも連れて来たいね!」

「うん! 帰ったら自慢するんだー! えへへ!」


 充実感に満たされながら、ぼくは帰って行く観客のねずみさんたちを見送った。


 この世界に来てから、本当に気持ちがスッキリしていて、とても素直な気持ちで過ごしていることに、ぼくは気付いた。

 いつもなら“初めて演奏する楽器って難しそう”みたいな先入観にとらわれて、楽団のねずみさんたちとのステージに参加するのをためらっただろう。もしもうまく演奏できなかったら、すごくモヤモヤしただろうし。

 だけどずっと気分が良く頭もすごく冴えていたためか、思うままに自由に色々試してみたら、すぐにあの楽団のねずみさんたち並みに、このトランペットのような楽器を吹くことができた。大好きな音楽を、心から楽しむことができた。


 よくよく思い返せば、何かに取り組む時、気持ちが沈んだままだったり、始めから難しく考えすぎることが多かった。その時はいいアイデアも浮かばなかったし、頑張ってもうまくいかないことが多かった気がする。

 そう、何をするにもまず、今の自分の気持ちが大切なんだ。素直でスッキリした気持ちでいられれば、何だって出来る。

 だったらこれからは、いつでも“いい気分でいられる自分”になろう。すぐには難しいかも知れないけど、少しずつ意識してみよう。

 ぼくは、とても大事なことに気付くことができた。


「え、こんなに? 誘っただけなのに……」


 ぼくは楽団のねずみさんに、持っている“エイコン”を全部渡した。あっけに取られるねずみさんを前に、ぼくは深々と頭を下げる。


「ありがとう。お会いできて良かったです!」

「あ、ありがとうこちらこそ。なんだかすごく感謝されちゃって、嬉しいよ」


 トムもナッちゃんも、きょとんとしてぼくの方を見ている。

 になっても、全く気にしなくていいんだ。また“エイコン”が欲しければ、この世界のねずみさんたちに何か感謝されることをすればいいんだから。


「さあ、帰ろう、日が沈んじゃう。おかあさんたち待ってるよ!」


 ぼくはそう言って手を挙げ、タクシーを止めた。


「あ、ほんとだ。もうこんな時間! じゃあ、楽団のみんな、いい夜をー!」


 トムが手を振る。ぼくとナッちゃんも一緒に手を振った。

 楽団のねずみさんたちもみんな、笑顔で手を振り返してくれた。


「うん! 君たちも、いい夜をー!」


 ♢


 夕刻のハイウェイを走るタクシー。

 乗務員のねずみさんと話しながら、ぼくは明かりがともり始めたChutopia2120の街並みを眺める。

 藍色に染まる空の下に広がるねずみの国の夜景に、ぼくらは別れを告げた。


「すごく楽しかったよ、ちゅーとぴあにいいちにいぜろ……だっけ。ほんとに近未来都市みたいだったよ」

「ふふ、マサシお兄ちゃんの世界の都会も、行ってみたいな」

「うん! 機会があれば、招待するよ」


 駅に着き、ぼくらは再び卵形の車両が連なる列車に乗る。

 車内はまた、オルゴールのような心地いい音楽が流れていた。ゆっくりと走り出した列車は、すぐに夕闇の森の中へと入って行く。

 たくさん歩いたから、トムもナッちゃんも、うとうとまどろんでしまっている。ぼくは窓の外に映る真っ暗な森の不思議な景色を眺めながら、ひとつ大きなあくびをした。同時に、お腹が鳴る。車内はぼくらしかいないから、腹の虫の声は誰にも聞かれずにすんだ。

 ほどなくして列車は森を抜け、明かりのともった商店街が見えてきた。間もなく、駅に到着する。


「トム、ナッちゃん、もう着くよー!」

「んあー、寝ちゃってた……」

「……あれ? もお着いたの?」


 チップくんたち、待ってるだろうな。早く帰って、美味しい夕食を食べよう。気持ちよく働いた後のごはんは、とても美味しいことだろう。


「到着でーす! お忘れ物のないようにー!」


 列車を降り駅を出て、夜の商店街を通る。

 ここでも、1日のねぎらいのお祭りをやっていた。道路の真ん中に大きな提灯のようなものを吊り下げ、それを囲いながら、ねずみさんたちが楽しげに歌いながら踊っている。ぼくらは彼らに微笑みかけながら、そこを通り抜けた。

 闇夜に溶ける野原を通り、ヒミツキチのある広場を通り抜けると、ようやく9匹のねずみたちの家の明かりが見えてきた。

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