第2話
「やっと帰ってきたー! ただいまー!」
「おかえり、おつかれさま。ごはんできてるから、ゆっくりしてみんなで食べましょ」
玄関の扉を開けたら、エプロン姿のおかあさんが迎えてくれた。
テーブルの上で、美味しそうなクリームシチューが湯気を立てている。
チップくんがこっちに気づき、手を振っていた。ぼくは笑顔で手を振り返す。
トムはいそいそと、おかあさんにお豆のからあげの入った袋を手渡した。
「おかあさん、これ。お豆のからあげだよ。八百屋さんにもらったんだ」
「あらあらおいしそう。すぐに作るわね」
からあげの袋を手渡したトムは、素早い動きで手を洗いに行き、席に着いた。おなかぺこぺこなのが、顔を見たら分かってしまう。食いしん坊トムに全部食べられてしまわないうちに、ぼくが食べるぶんも確保しなくては。
それにしても、こんなに気持ちよく働いたのは初めてだ。ぼくは充実感に満たされていた。
「マサシくんありがとう。ピッカピカの特大“エイコン”をどうぞ」
おとうさんが、巨大な金ピカの〝エイコン〟をぼくに渡してくれた。招き猫が抱えている、小判のような形だ。
「え、でっかい! そして重たい! こんなでっかいのもあるんだ」
「あはは、ずいぶん助かったからね。さあさ、ごはんにしよう」
♢
シチューの美味しそうな匂いが、1階の居間を満たす。
「いただきまあーす」
案の定、トムはテーブルの上のおかずを次々にさらっていく。ぼくも負けずに食べていたら、あっという間に無くなってしまった。働いた後は、お腹が空くもんだ。
「マサシ兄ちゃん、
口の周りにシチューをつけたまま、チップくんが話しかける。
「うんうん、すごく素敵なところだったよ。ほんと、びっくりしたなあ。都会なのに空気が綺麗だったし、道行くねずみたちみんな楽しそうにしてたし。ほんとの
「もしまたこっちに来る時は、マサシ兄ちゃんのお友達も呼んで、みんなでまたChutopia2120へ行こう。きっと楽しいよ」
「うん、ぜひぜひ! それにしてもお豆のからあげ、おいしいなあ」
この世界でのねずみたちとの生活、本当に楽しいし、安心するし、充実している。
だけど、それはいつまで続くのだろうか——。
唐突な不安が、脳裏をよぎった。
出来るなら、ずっとここにいたい。だがそういう訳にもいかない。本当にそろそろ、帰る手がかりを見つけなきゃ。
「マサシくんのお布団、干しておいたからね。お風呂に入ったら、あとはゆっくりおやすみ」
「……うん、ありがとう、おとうさん」
「ん? うつむいちゃって、どうかしたかい?」
「あ、うんん、何でもないよ。ごちそうさま」
……いや、このまま本当にこのねずみたちの世界で暮らし続けるのも、悪くないな。どうせ帰ったところで、ロクな世界じゃないんだ。なら、家族も友達も今までの思い出も全て忘れ去って、ねずみの絵本の世界で新たな人生をスタートする方がいい。
これからは楽しみと喜びと安心に満ちた、絵本の中の平和な世界で、一生のんびり過ごすのもいいだろう。
「マサシおにいちゃん、きょうはいいゆめみれるといいね」
「あはは、ミライくんもね。今日は1人で寝られる?」
「うん!」
「偉いね。おやすみ」
たくさん歩いたからか、ぼくはベッドに入るとすぐに眠気に飲み込まれ、深い眠りに落ちた。
♢
「おはよー、マサシ兄ちゃん! さ、顔洗いに行こう!」
「おはようチップくん。また、おじさんのところへ果物もらいに行くんだよね!」
ねずみたちと生活して6日目の朝。
窓から射し込む朝日を浴びて気持ちよく目を覚まし、おじいさんおばあさんと一緒に朝日に向かってお祈りをしてから、チップくんたちと顔を洗いに行く。
ここでの生活リズムにも、慣れてきた。早寝早起き、栄養たっぷりのおいしいごはん、お昼は目一杯遊び、働く。
以前のぼくは、夜遅くまでダラダラ過ごし、大学の講義のない日はお昼前に起き、食事も即席ラーメンだけで済ませたりしてた。その時に比べれば、身体も心もずっと元気になっていることを実感する。絶対、こっちでの生活の方がぼくに合っている。帰るのはやめて、いっそもうここでこの先ずっと暮らそうかと、ぼくは考え始めていた。
いつものようにみんなと朝ごはんを食べた後、ぼくはチップくんたちと一緒に、川の方へ遊びに出かけた。
川沿いに到着すると——。
「あれ? こんなところにこんな物あったっけ?」
川沿いには、大きなドラム缶や、ビンなどがたくさん置いてある。鉄板や鍋のフタもある。誰かが捨てたのだろうか。
「ねえ、これで遊ぼうよ!」
「え?」
チップくんは木の枝で、置いてあった大きなドラム缶を叩いた。
ドォン!
森の中に、低い音が響き渡る。
ぼくはチップくんの真似をして、木の枝で、そばにあった平べったい缶を叩いてみた。
パァン!
甲高い音がこだまする。
チップくんは再びドラム缶を叩く。
ドォン!
ぼくもそれに呼応するように、平べったい缶を叩く。
パァン!
ドォン! パァン!
それを見ていたナッちゃんも、真似して近くの鉄板を適当に叩き始めた。
ドンチキパンチキドンチキパンチキ……。
リズミカルに、音が混じっていく。
ドン、チキチキ、パン、チキチキ……。
少しずつ、リズムが出来上がっていく。キャッチボールのように、音と音が会話しているようだ。
ぼくらは夢中になって、ガラクタを叩いて遊んだ。
「なにこれ! おもしろーい!」
「わーい! 音楽だ音楽だ!」
まるで、ドラムセットのビートのようなリズムが出来上がった。
ぼくらはガラクタをひたすら叩きながらリズミカルに身体を動かし、踊った。
「ねえ何してるの? 楽しそう、僕たちもよせてー!」
しばらく叩いて踊っていると、ねずみの子供たちがたくさんやってきた。そして辺りに散らばっているドラム缶やバケツなどを、みんな真似してリズミカルに叩き始める。
ドンドンチャカチャカドンタンドンタン……。
とても愉快なリズムが、森の中に響く。そのリズムに乗って、小鳥が歌声を乗せる。
ぼくはただ夢中で缶を叩いていたけど、なんだか不思議な感覚だった。まるで音の海で泳いでいるような感じだ。
チップくんたちはリズムに乗りながら、その場で作った歌を歌い始めた。
「♪ぼくらはねずみの探検隊~♪」
「かえるもバッタも友達さ~♪」
「みんなで行こうよ、さあ行こう~♪」
「ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪」
ネズミの子供たちも、便乗して歌い始める。ぼくも一緒に歌ってみた——一体何だろう、体の底から湧き上がる、この不思議な感じは。
大きなビンや小さなビンを並べて叩いてみると、甲高い色んな音が鳴る。歌に合わせながら叩くと、とても綺麗に響く。
気がつけば、みんなで踊って、叩いて、歌っていた。
ぼくらはねずみの探検隊♪
かえるもバッタも友達さ♪
みんなで行こう♪さあ行こう♪
ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪ヤッホッホー♪
森の小道を抜けて♪
野原へ飛び出せ♪ラッタッタッタ♪
いったいどんな冒険が♪
待っているのだろう♪
さあ行こう♪
みんなでどこまで行こう?♪
疲れを知らないぼくらは♪
どこまでも行けるんだ♪
さあ行こう♪
みんなで進んで行こう♪
青空広がるこの道を♪
どこまでも 行こう♪
どこまでも 行こう♪
♢
「あらあら、楽しそうね。もうお昼ごはんできてるわよ」
「あ! おかあさんだ。もうお昼ごはんかあ、早いなあ」
夢中で叩いてたら、お昼を過ぎていた。あまりに帰りが遅いから、おかあさんが迎えに来たみたいだ。ぼくらは楽器を元の場所に戻し、それぞれ解散する。
「またやろうね! ばいばーい!」
「うんー! じゃあねー!」
昨日の楽団のねずみさんたちも一緒に演奏したら、きっとすごく楽しいだろうな。
ぼくらは、再びガラクタと化した楽器たちを後にした。
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