第3話


 ねずみたちの都会、Chutopiaチュートピア2120にいいちにいぜろ——。

 それはまるで、SF世界を思い起こさせる光景だった。


 駅を出た場所には大きなターミナルがあり、そこにはタクシーやバスがいくつか停まっている。タクシーは全て、地磁気の力で宙に浮いて走っている。バスには車輪がついていたが、タクシーと同じく全自動のようだ。


「自家用車を持つねずみはいないの?」

「今はみんなタクシーやバスで移動するよ。ひと昔前、乗り物を自分で操作してた時代はね、よく交通事故が起きてたんだ。だけど今は全自動操縦システムが出来上がったから、そういう事はなくなったの」

「へえー……」


 やっぱり、ここは夢なんじゃないだろうか。ぼくはまた頬を軽くつねってみた——痛い。


「さあ、あのタクシーに乗ろう!」

「のろー! のろー!」


 スイーッと音もなく、白くて円盤のような形をしたタクシーがこちらまで来て、ぼくらの前で止まった。近くで見ると、本当に車体が地面から数センチほど浮かんでいる。浮かんだまま停車したタクシーの透明のハッチが、フタのように開いた。


「はーい、お客さん3名様、あと荷台ですね。どうぞ!」


 見た目は子供の、おそらくトムと同い年くらいの乗務員のねずみに案内され、ぼくらはタクシーに乗り込んだ。

 再びハッチが閉まる。ふかふかのシートで乗り心地がいい。エンジン音が全くしない。だから、都会なのにこんなに静かなのか。


「たくさんの野菜ですね。今日はどちらまで?」

「Chutopia2120中央市場までお願い」

「OK! 行きますよー!」



 乗務員のねずみは行き先をマイクに向かって言うと、タクシーはスイーッと自動的に動き出した。

 間もなく幹線道路に入り、高速で走り出すタクシー。

 全く操縦していないのに、他のタクシーにぶつからないよう上手くスピードを調整したり車線を変更したりしつつ、走っていく。


「へぇー、別世界から来たんですか? すごい、そんなことってあるんですね」


 話好きな乗務員のねずみさんだったので、ぼくはついつい別世界から来たことを話してしまっていた。


「そうなんです。この車、どういう仕組みで動いてるんですか?」

「中央管制システムに、行き先をこのマイクで伝えるんです。そしたら、管制システムにいるねずみさんたちが手配してくれて、あとは自動的に向かって行くんですよ。僕らのお仕事は、お客さんとお話ししたりして、お互い楽しい時間を過ごすことなんです」

「なるほど……、子供も乗務員になれるんですね」

「僕ぐらいの歳の乗務員もたくさんいますよ。旅するのが好きなら、とても楽しめるお仕事ですよ」


 高架道路を行くタクシー。他に走っているのはタクシーとバス、ダンプトラックだけだ。そのどれもがやはり地磁気の力で走っている。どの車両も速度はほぼ同じで、うまい具合に進路を譲り合ったりしており、完璧なまでの安全運転。全て管制システムからの自動操縦だという。


 そうこうしているうちに、最初の目的地、中央市場に着いた。


「お忘れ物のないようにね!」

「うん! はいこれ、ありがとね!」


 トムは、何やら金貨らしいものを乗務員のねずみに渡した——あ、あれだ。前におかあさんが教えてくれた、どんぐり印の硬貨【エイコン】。やっぱり、決められた金額を支払わなきゃいけないのだろうか。


「じゃあ、いただいとくね。またご縁があれば会いましょう。良い旅を!」

「またねー!」


 “エイコン”を受け取った乗務員のねずみさんは再びタクシーに乗り込むと、すぐにタクシーはスイーッと去って行った。


 ぼくらは荷台をガラガラと引きながら、左右に高層ビルが立ち並ぶ歩道を行く。

 ぼくは、“エイコン”のことが気になり、トムに尋ねてみた。


「ねえトム、さっき渡したあれ、“エイコン”ってやつだっけ?」

「そうそう! よく知ってるね」

「うん、おかあさんから聞いたからね」


 トムは、金色に光る少し大きめの“エイコン”を取り出し、見せてくれた。


「“エイコン”は、ありがとうの気持ちを表すときに渡す感謝の証みたいなものだよ。そうだ! マサシ兄ちゃんにもぼくたちから、はい、これ」

「え、もらっちゃっていいの?」

「うん、もちろん!」


 “エイコン”を手に取ってみる。ほんとに汚れ一つなく金ピカで、どんぐりマークの下に平仮名で“ありがとう”とだけ記されている。

 ぼくは、さらに質問した。


「でもこれ、生活していくために必要なものじゃないの?」


 そう、ぼくらの世界では、“お金”は確かに“感謝の証”的な意味合いもある。しかし、資本主義経済というルールがあり、家賃や食費、光熱費、保険料、通信費など色々と必要で、お金が無いと生活していけないんだ。だから経済的自立をして、働いてお金を稼がなくてはいけない。そして貯金したり、節約したりして、考えながら使わなきゃいけない。

 しかし、トムの答えは意外なものだった。


「ん? 生活に必要なものはみんな無条件にシェアしてるんだよ? これはお礼の気持ちであって、渡したい時に渡せばいいんだよね。これを持ってないからダメだとか、持ってれば良いことだとか、これがないとサービスを提供してもらえず、生活に困ったり……とかね、そういう社会システムは、ずいぶん昔に廃れたんだよ」


 つまり、生活費とか借金とかの心配を一切しなくてもいいってことなのだ。

 必要なもの、欲しいものは、全部タダで手に入るということ。

 こんな理想的な世界、存在していいのだろうか。ぼくは頭の中の整理が追いつかなかった。


「あたし難しい話わかんないや」

「ナッちゃんにもすぐわかるよ。あ、あの市場だよ。行こう」


 トムが指差した先に、大きな市場が見えた。

 外壁が七色に染められ、入口の上に大きな流れ星のマークがあり、星形のいくつもの装飾が光りながらクルクルと回転していて、建物そのものが芸術作品のようだ。

 ぼくらはトムに案内されて、建物の裏口に到着した。

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