第3章〜優しい異世界での生活〜
第1話
ぼくはスキップしながら、爽やかな風が吹く森の小道を進んだ。
絵本の世界から出て、元の世界に帰れるかどうか分からない——そんな心配も忘れてしまうほど、ウキウキとした気分だった。
野原に着いた。
誰もいなくて、最初に来た時と同じ、青空の下にただただ緑色のじゅうたんが広がるだけの景色。
野原の周りを歩き回り探索してみたけれど、帰るための手掛かりになりそうな物は、何も無い。もちろん、ワープゾーン的な物も無い。
さて、どうしたものか……。
……よし! あそこでもう一度寝てみよう!
初めてこの世界に来た時と全く同じ場所で、ぼくは体を横たえてみた。
ここでもう一度眠れば、元の世界へと帰れるかも知れない。
陽射しに包まれて、ぼくは
♢
「ん、んー……」
目が覚め、思い切り伸びをする。
目に映ったのは、オレンジ色に染まった夕焼け空だった。
「じゃあね、また明日ねー!」
「またねー!」
遠くから聞こえる子供の声。
見ると、その子供たちには細い尻尾が生え、大きな耳があり灰色の体毛が生えている——。
ここは、ねずみさんたちが暮らす絵本の世界だ。
やはり、元の世界に帰ることはできなかった。
「あ、マサシ兄ちゃんだ。マサシ兄ちゃーん!」
チップくんの声。
ぼくは水筒の水を一口飲んで、しっかりと目を覚ます。
「マサシ兄ちゃん! こんな所でどうしたの?」
「マサシお兄ちゃん、ずっとお昼寝してたのー?」
「……チップくん。ナッちゃんも」
帰り方が分からず困っているのをごまかすために少し笑ってみせたが、チップくんにはすぐに分かってしまったようだ。
「やっぱりおうち、見つからないんだね……?」
「うん……そうなんだ……」
さすがにちょっと不安になる。このままずっと、元の世界に帰れなかったらどうしよう。ねずみさんたちが暮らす絵本の世界は大好きだけど、もう家族とも友達とも会えなくなってしまうのは、やっぱり嫌だ。
作り笑顔もすぐに持たなくなってしまい、俯いて唇を結んでしまった。
すると、チップくんが提案する。
「じゃあ……、マサシ兄ちゃん、もう一度うちに来る?」
「……え?」
「え、また来てくれるの!? わあい、マサシお兄ちゃんともっと遊べるんだね!」
返事をする間もなく、ナッちゃんは嬉しそうに跳び回る。
「こーらー、ナッちゃん。……ねえ、このままだとマサシ兄ちゃん風邪引いちゃうから、おいでよ」
心配そうにぼくの顔を見上げるチップくん。その目を見ていたら、断るという選択が出来なくなってしまった。
まあ、このまま何も手がかりがないままうろついていても仕方がないし。お腹も空いてきたし。
「……うん、じゃあそうさせてもらうよ。ごめんね」
「いいよいいよ! いまおいしいごはん作ってるからさ。暗くなる前に行こ!」
もしチップくんたちが声をかけてくれなかったら、今まさにじわじわと訪れんとする宵闇のように、不安な気持ちがぼくの心を支配していき、どうにかしてしまっていたかも知れない。
ともかく、こうしてぼくは、もう一度9匹のねずみの家族にお世話になることになった。
♢
「ただいまー! マサシ兄ちゃんまた来てくれたよ! おかあさーん!」
再びぼくは、大きなコナラの木の家の玄関の扉をくぐった。
玄関先でチップくんがおかあさんを呼ぶと、エプロン姿のねずみのおかあさんが、台所から顔を見せる。
「おかえり。あら、マサシくん。……やっぱり、おうち見つからなかったの……?」
「うん……」
申し訳なくなり、うつむいた。
それでもねずみのおかあさんは自然な笑顔を見せ、ぼくを安心させようとしてくれる。
「そうなの……。じゃあ、今日からうちで一緒に生活しましょ。ね、マサシくん。今日からうちの家族ね」
「え……? 家族……?」
「ふふ、決まりね。おうちはまた、ゆっくり探せばいいから。今日はゆっくり休んでね」
「……ありがとう。じゃあ、よろしくお願いします」
「ええ。よろしくね」
今日からぼくは、ねずみの家族の一員となった。
ぼくを歓迎するように、木の匂いがほんのりと包み込んでくれた。嬉しさで胸いっぱいになり、家に帰れるかどうかの心配はあっという間に吹き飛んでしまった。
「夕ごはんできるから、ゆっくりしててね」
「あっ、手伝いますよ」
「あら、ありがとう。でもたくさん歩いたでしょうから、ゆっくりしてくれて大丈夫よ。あっ、お風呂沸いてるから、入ってきてね」
「……はい、ありがとうございますっ!」
おかあさんの言葉に甘えて、ぼくはお風呂に入らせてもらうことにした。
チップくんたちは昨日と同じように、夕ごはん作りを手伝っている。時折聞こえるトントンと野菜を刻む音、コトコトと煮込む音。
ぼくはねずみたちの料理を楽しみにしながら、お風呂場へと向かった。
♢
ゆっくりお風呂に浸かって疲れを癒し、ぼくは広間に戻った。
ミネストローネのような匂いが、ほんのり漂ってくる。
長方形のテーブルの上には、根菜のスープと葉物の生野菜サラダが並ぶ。ねずみのきょうだいたちは順次、席につき始める。
ぼくはチップくんと一緒に、手を洗いに行った。
「マサシ兄ちゃん、しばらく一緒に暮らすんだね。おかあさんから聞いたよ。マサシ兄ちゃんの家が見つかるまで、よろしくね。僕らはいつでも一緒だよ!」
「ありがとう、チップくん。また今日からよろしくね」
「うん! 明日またみんなで一緒に遊ぼうよ!」
「そうだね! 楽しみにしてるよ」
全員が席についたのを確かめ、ねずみのおとうさんは食前の号令をかける。
「手を合わせて。いただきまーす」
「いただきまあーす!」
夕食をいただきながら、ぼくは9匹のねずみの家族みんなに、ここで一緒に生活させてもらうことを話した。
おじいさん、おばあさん、おとうさんも、新しい家族が増えたことを喜んでくれた。
「マサシくん、今日からよろしくね。みんなで遠足に行ったり、お月見台を作ったり、山へ美味しいものを採りに行ったり、川へ洗濯に行ったり……ぼくらの生活、とっても楽しいよ」
おとうさんの歓迎の言葉に、ぼくの心が踊った。
コナラの森のねずみたちとの暮らし。これからどんな生活が待っているんだろう。ぼくは9匹のねずみたちと語り合いながら、ワクワクした気持ちとホッとした気持ちを同時に感じていた。
元の世界のことは、もう頭の中には
♢
「はい、これマサシ兄ちゃんのパジャマだよ」
「チップくん、ありがとう。ふふ、パジャマなんて小学生ぶりに着るよ」
「え、いつも何着て寝てるの?」
「着古したパーカーとかジャージとかかな」
「へんなのー」
「ええー、そうかなー……」
今夜もおかあさんは、ミライくんたちに絵本を読み聞かせている。
ぼくも一緒に聞かせてもらっていた時、ボフッと何かが背中に当たった。
「あはは、当たったー!」
次いで、ナッちゃんの笑い声。当たったのは枕だった。
「わっ! ……あはは、ナッちゃんは元気だなあ」
「今日はあたしのとこ来てよー、マサシ兄ちゃん」
「そうだね。じゃあ、たくさんお話しようか」
「やったあー!」
ナッちゃんはご機嫌だ。ぼくが一緒に生活することになって、とても喜んでいるのだろう。
パジャマに着替えたぼくは、2階の真ん中にあるナッちゃんのベッドに入った。するとナッちゃんは、すぐにぼくの腕に腕を絡ませぎゅっと抱きつく。
「つきが みている もりのなか♪よいこは おやすみ いいゆめを♪……」
絵本の読み聞かせを終えたおかあさんは隣のミライくんのベッドで、昨日歌ったのと同じこもりうたを歌っている。ミライくんはすぐ、すやすやと幸せそうに眠りについた。
ぼくはそれを見届けると、腕にしがみついたままのナッちゃんに話しかけた。
「ナッちゃん、何話そう?」
「えーと……ねえ、むにゃむにゃ……」
「ナッちゃん?」
あれだけぼくとお話ししたがってたのに、ナッちゃんもすぐに眠りに落ちてしまった。今日もチップくんたちとたくさん遊んで、くたびれていたのだろう。
その様子を見たおかあさんが、微笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「ふふ、マサシくんもこもりうた聴いて寝る?」
「え、うん……じゃあお願いします」
おかあさんはぼくの腕のあたりをトントンとしながら、さっきと同じこもりうたを歌ってくれた。
4、5歳の頃に、母や祖母にこもりうたを歌ってもらいながら眠りについた時の感覚が思い出され、重なる。同時に、その当時の友達の顔、遊んでいたおもちゃ、好きだったおやつなどが次々と瞼の裏に浮かび、
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