第3話
「はあ、はあ。チップくん、つかまえたー!」
「あちゃー、つかまっちゃった」
ぼくは何とか、すばしっこく逃げ回るチップくんを洞窟の壁際にまで追い詰め、捕まえることができた。
慣れないことをしたもんだから、すぐに息切れしてしまう。
「ふふ、どんなもんだ! はあ、はあ……」
「まいった! マサシ兄ちゃん、足はやいね。そうだ、もうすぐおやつの時間だけど、マサシ兄ちゃんお腹すいた?」
「え、うん……。ちょっとすいてきたかも……」
きっとここは——夢の中なんだ。
「寝る前に子供の頃のような気持ちに戻りたい」と願っていたんだから、それが夢に出てきたに違いない。
ぼくは、チップくんの顔をジッと見てみた。
「ん? どうしたの? やっぱり僕の顔に何かついてる?」
「……いや、何でもないよ。おやつ、楽しみだなあ」
群青色のキャップの似合うねずみの男の子——チップくん。その姿はまさしく、寝る前に目に入った絵本の表紙に描かれていたねずみの子供そのものだった。
きっとチップくんは、現実世界に苦しむぼくを助けるため、夢に出てきてくれたんだ。
「マサシくん? 早く次の鬼決めるよ?」
「あ、ごめんごめん! ボーッとしちゃってたね」
ぼくは、ほっぺを少し強めにつねってみた。
「いてて……!」
ジンジンと右ほっぺが痛む。
つねるのをやめた後も、はっきりとした痛覚が残る。ここは夢じゃない、そう強く言われているかのように。
もしや——ぼくは本当に、絵本の世界に来ちゃったのかも……?
「あ、お姉ちゃんが来た。鬼ごっこはここまでにして、おやつの時間だー!」
チップくんは嬉しそうにそう言って、洞穴の入り口の方へ駆け出した。
後を追うと、今度は桃色のエプロンをつけたねずみの女の子が、洞穴の入り口に来てるのが目に入った。
「あの子も、チップくんの家族なの? お姉ちゃんって言ってたけど」
「そうだよ! やさしくて、いつもおいしいお菓子作ってくれるんだ!」
ねずみのお姉ちゃんは、きつね色に焼けた何かのお菓子がたくさん入った、大きなカゴを抱えている。クッキーだろうか。
「みんなー、おやつよー!」
ねずみのお姉ちゃんが呼びかけると、ねずみの子供たちははしゃぎ声を上げながら、お姉ちゃんの方へ駆け寄って行く。
「わーい! おやつだおやつだー!」
「今日はクッキーなんだね! やったあ!」
ぼくはチップくん、ナッちゃんと一緒に、ねずみの子供たちの後を追い、お姉ちゃんのところへ走った。
お姉ちゃんが持っていたのは、やっぱり焼き立てのクッキーだった。はちみつのような甘い匂いが、ふんわりとぼくらを包み込む。
「あれ? チップくんの新しいお友達? 見かけない姿だけど……」
ぼくを見たねずみのお姉ちゃんが、チップくんに尋ねる。
すぐにチップくんが、ぼくを紹介してくれた。
「マサシ兄ちゃんだよ! さっきお友達になったばかりなんだ!」
「あら、はじめまして」
ねずみのお姉ちゃんはぼくに向かい、小さくお辞儀をした。ぼくも思わずそっと頭を下げる。
「は、はじめまして。マサシです」
「マサシくんね。姉の【モモ】です。よろしくね。よかったらクッキー、食べてね」
「あ、ありがとう。……じゃあ、いただきます」
モモちゃんにハンカチを借りて手を拭いてから、きつね色に焼けた丸いクッキーを1つ手に取り、かじってみた。クッキーの中からとろりと何かがにじみ出て、口の中を満たす。やはり、はちみつだった。
「う、うまっ……!」
思わず言ってしまった。それを聞いたねずみの子供たちは可笑しかったらしく、あははと声を上げて大笑いをする。ぼくは少し顔が熱くなるのを感じた。
「ふふ、マサシ兄ちゃんったら。ぼくも早くたべたーい!」
「ぼくも!」
「あたしもー!」
「ほら、じゅんばん、じゅんばん」
チップくんの言葉に従って、ねずみの子供たちは1列になる。みんないい子だ。
「ふふ、美味しいでしょ、マサシくん」
モモちゃんはそう言ってニコッと笑った。
「うん……! すっごく美味しい。なんていうか……自然そのままの味がするね。体にとても良さそうというか……」
「喜んでもらえて嬉しいわ。おうちがすぐそこなの。また遊びに来てね」
チップくんたちの家は、今いる場所から近いのか。一体どんなお家なんだろう。
「ねえ、おいでよ。遊んだり話したりしよ!」
「マサシお兄ちゃん! うちに遊びにきて!」
チップくん、ナッちゃんも嬉しそうにしながら誘ってくれたので、ぼくはチップくんたちの家に行ってみることにした。
「じゃあ、お邪魔しようかな」
「「わあい、やったあー!」」
「ふふ、じゃあ案内するわ。こっちよ」
チップくんたちの家族、みんな優しいねずみたちだったらいいなあ……。ちゃんと自己紹介できるかなあ……。
少し緊張しながら、ぼくはチップくんたちについていく。
「おやつ食べたら鬼ごっこする子、このゆびとーまれ!」
「ねえ、先にチップたちを見送らなきゃ」
「あっ、そうか!」
ねずみの子供たちは、まだまだ元気いっぱいのようだ。
「チップ、ナッちゃん、モモお姉ちゃん、そしてマサシお兄ちゃん! また遊ぼうねー!」
「うん! また明日ねー!」
眩しい笑顔で手を振ってくれる、ねずみよ子供たち。
ぼくも手を振り返しながら、自然と笑顔になっていたことに気付いた。
♢
“ヒミツキチ”と呼ばれている洞穴から出てくると、土の匂いが混じった秋風がぼくの頬をなでた。
日は少し西に傾いている。
歩いていると、いくつもの木々が立っている中、ひときわ大きなコナラの木が姿を現した。よく見ると木の幹に、2つの扉と小さな窓がある。
「あの大きな木が、私たちのお家よ」
そびえ立つ、巨大なコナラの木。ねずみサイズになったぼくから見れば、100メートルをゆうに超えるような高さに見える。
そんな巨木の幹の中をくり抜いて、ねずみたちが生活をしているようだ。
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